腹黒王子の愛は、激甘でした。

36話 焦り Side 東条 颯汰

昼休み。

いつもと同じように優と待ち合わせをしているはずなのに、今日はやけに落ち着かない。

(……なんだろうな、この感じ)

胸の奥が、ざわついている。

理由は分かってる。

――廉だ。

昨日のあの会話が、ずっと頭から離れない。

『俺も、本気になっちゃうよ?』

言葉にはしていなかったけど、あいつの表情で分かった。

長い付き合いだ。

嫌でも気づく。

(本当はもう、好きなんだろ)

ふっと息を吐いたそのとき、

「颯汰先輩!」

明るい声が耳に届く。

顔を上げると、少し小走りでこちらに来る優の姿。

その瞬間――

(……ああ、やっぱり)

胸が一気に締めつけられる。

可愛い、とかじゃない。

そんな軽いものじゃない。

もっと、どうしようもないくらいの何か。

「お待たせしました!」

「いや、今来たところ」

そう言いながら、自然に笑う。

……つもりだった。

でも。

(近い)

優が、いつもより近く感じる。

いや、違う。

“近づけてる”のは自分だ。

気づけば、無意識に距離を詰めていた。

「……颯汰先輩?」

不思議そうに見上げてくる優。

その顔が近くて、

思わず手を伸ばしそうになる。

(……何やってんだ、僕)

ギリギリで踏みとどまる。

今までなら、こんなことなかった。

もっと余裕を持って、優と接していられたのに。

「どうかしましたか?」

「いや、なんでもないよ」

誤魔化すように笑う。

でも、内心はぐちゃぐちゃだった。

(……落ち着け)

ただ一緒に昼ごはんを食べるだけ。

それだけなのに。

どうしてこんなに意識してるんだ。

どうしてこんなに――

(取られたくない、なんて思ってるんだ)

その考えに、自分で少し驚く。

今まで、こんなふうに思ったことはなかった。

でも今は違う。

優が他の誰かと笑っているところを想像するだけで、胸の奥がざわつく。

「颯汰先輩?」

「……ん?」

「今日、なんかぼーっとしてません?」

「そんなことないよ」

即答する。

でもきっと、バレてる。

「本当ですか?」

くすっと笑う優。

その無防備な笑顔に、心臓が大きく跳ねた。

(……やばいな)

完全に、余裕がない。

気づけばまた、距離が近づいている。

「優」

「はい?」

名前を呼ぶだけで、こんなに意識するなんて。

「……最近さ」

言葉を選ぼうとするけど、うまくまとまらない。

本当は聞きたい。

廉のこと。

どこまで仲良くなったのか。

何を話しているのか。

でも――

(そんなの、聞けるわけないだろ)

「どうしたんですか?」

首を傾げる優。

その仕草に、思考が止まりかける。

(……ダメだ)

このままじゃ、ボロが出る。

そう思った瞬間、

「お!、今日も仲良しだね~」

軽い声が横から入った。

振り向かなくても分かる。

「廉」

そこには、いつものように余裕そうに笑う廉が立っていた。

でも、その目は。

――ちゃんと見てる。

さっきからのやり取りも。

距離感も。

全部。

(……見られてたか)

内心、舌打ちしたくなる。

「廉先輩!」

優は嬉しそうにそっちを向く。

その一瞬で、優の意識が離れる。

それだけで、胸の奥がチクリと痛んだ。

(ほんと、分かりやすいな俺)

自嘲気味に思う。

「お昼ごはん?」

「はい!」

いつもの調子。

でも――

(距離、近すぎだろ)

優の隣で楽しそうに話す廉。

当たり前みたいに。

それを見た瞬間、

胸の奥がざわっと波立つ。

(……落ち着け)

ただの幼なじみだ。

ただの後輩だ。

そう言い聞かせるのに、

視線がどうしてもそこに向いてしまう。

楽しそうに話す二人。

その空気に、自分だけ少し置いていかれているような感覚。

(……こんなの、初めてだ)

いつもなら、こんなことで揺れたりしない。

もっと余裕でいられた。

全部コントロールできていた。

でも今は――

(全然、余裕ないな)

ふっと、小さく息を吐く。

そのとき、

廉と目が合った。

その目ははっきりと何かを伝えようとしていた。

「……」

しかし何も言わずに視線を逸らす。

(……急がないと)

廉の言葉が頭をよぎる。

『早く付き合えって』

(……そうだな)

こんなふうに焦るくらいなら。

こんなに余裕なくなるくらいなら。

いっそ――

そこまで考えて、

ふと優の笑顔が視界に入る。

無邪気で、何も知らない笑顔。

(……まだ、だめか)

その笑顔を見た瞬間、

踏み込むのを躊躇ってしまう自分がいた。

でも。

胸の奥のざわつきは、消えない。

むしろ、どんどん大きくなっていく。

(ほんと、厄介だな)

自分でも苦笑したくなる。

こんなに余裕を失うなんて。

全部――

優のせいだ。

そしてきっと、

この状況を一番冷静に見ているのは。

(……廉なんだろうな)

少し離れた位置で、

何も言わずに笑っているあいつを見ながら、

颯汰は静かに拳を握った。

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