悪役令嬢は転生ヒロインから退散します ~チートの恩恵に乗っかっただけのはずが、どうやらヒロインが自滅したようです~

プロローグ 悪役令嬢は転生ヒロインから退散します

 異世界転生したら悪役令嬢だった。
 まさか自分がそんなベタなモノローグを語る羽目になろうとは。

「今日、私は十六歳の誕生日を迎えた。つまり、小説のヒロインである異母妹の登場まで二年を切ったということね」

 滅多なことでは機会のない父ドミニクとの夕食を終え自室に戻った私は、溜め息とともに独りごちた。その間も、机に広げた個人事業関連の書類には休まずペンを走らせる。
 前世日本で読んだ小説『聖女のポーションは世界を救うようです』。それがこの国、ガイスラー王国が在る世界の正体だ。
 小説のヒロインは元平民のメラニーという、現時点で十四歳の少女。二年後に私、ルイーゼ・イェーガー伯爵令嬢の異母妹として、同居することになる。
 メラニーの母親は昔、王都にタウンハウスを持つ子爵家のメイドだった。それがイェーガー伯爵家で行うパーティーの助っ人として貸し出され、そこで私の父、ドミニク・イェーガー伯爵に手を付けられてしまったというわけだ。ちなみに父と子爵は友人で、メイドの貸し借りはよくあることだったそう。しかし、父がメイドに手を出したのはこれが最初で最後であったため、メラニーの母親は訴えたところで信じてもらえないと口を(つぐ)んだと書かれていた。
 ヒロインは日本からの転生者という設定で、伝説となっている『浄化ポーション』を作成できるチート能力を持っていた。加えて、中身が大人であった彼女は母親との会話から自分は貴族の婚外子と推測。母親が亡くなったのをきっかけに父親探しを始め、貴族と思われる父親を介して『浄化ポーション』を普及させようと考える。
 けれどヒロインが当たりを付けたのは、母親が勤めていた子爵家の関係者だった。本家は勿論、分家筋まで調べたものの該当者が見つからない。父親探しは難航し、イェーガー伯爵に辿り着いたのは二年後だった。

「まあそこまで苦労して探した甲斐はあったわよね。期待通りお父様は浄化ポーションを広めるのに一役買うし、何よりメラニーをとても可愛がることになるから」

 書き終えた書類の束をトントンと整え、机の隅に寄せる。それから私は、手紙を書くために引き出しから便箋を取り出した。
 知人への挨拶文を書きながら、思わずふふっと笑みが零れる。

「私も感謝しているわ。まだ見ぬ異母妹さん」

 原作の悪役令嬢ルイーゼは、個人事業などやっていなかった。それどころか、金儲けのことなど考えたこともなかっただろう。裕福な伯爵家の娘で、ルイーゼが欲しいといえばすぐに何でも手に入る環境であったし、実際、私も自分の小遣いだけで今の事業を始めることができたのだから。
 そう、私は原作の彼女とは違い、真っ先に金儲けについて考えた。生まれて間もなく、悪役令嬢だと悟った瞬間から、世の中の悪役令嬢転生に倣って自分も独り立ち資金を貯めるのだと決心した。
 そして、では何の事業をやろうかと考え、目を付けたのが薬草園運営だ。
 小説『聖女のポーションは世界を救うようです』はそのタイトル通り、ヒロインであるメラニーの作り出すポーションが物語のキーとなっている。
 彼女が作る浄化ポーションは、瘴気を(はら)うことができるアイテムだ。この世界において瘴気とは、地表または地中に埋もれた魔物の死骸から発生する自然災害の一つ。吸い込むと身体に不調をきたし、酷くなれば死に至る。
 通常、瘴気を祓うには神官たちによる大がかりな儀式――それも原因が原因なだけに定期的に行うことが必要で、そのため王都や主要都市以外は儀式の対象外となっている。そんな状況での浄化ポーションの存在は、誰もが待ち望んだ奇跡だった。イェーガー伯爵から献上された浄化ポーションの効果を確認した王家は、メラニーに聖女の称号を与え、支援することになる。

「その支援の一環こそ……薬草の大量購入よ!」

 メラニーは従来の方法で浄化ポーションを作りつつも、改良版の研究がしたいと申し出る。それを受けて王家――ヒーローの王太子グラシアノ・フォン・ガイスラーは、全国から薬草を掻き集めることになる。
 文字通り、各所から「掻き集め」た。というのも、原作では本格的な薬草園による大規模生産は行われていなかったからだ。ガイスラー王国における薬草は、薬師が自分用に育てるものがほとんどで、市場に出回ることはほぼない。
 そこで、私の薬草園というわけ。
 作中でグラシアノは高価な薬草さえ山のように買い込んだとあった。浄化ポーションに必須の薬草となれば、「あるだけ買おう」と言い出すに違いない。その売り上げが一時的なものでも、王家御用達の箔が付けば上等だ。
 メラニーのように試作用の薬草を買いたい薬師もそれなりにいるので、実は今もなかなかの利益がある。これまで薬師でない者が薬草を育てることはなく、市場はブルーオーシャンなのである。
 最近、そのことに気づいたのか同業者がちらほら出てきたものの、こちとら物心ついた頃から薬草のことを学んだ本職ばりの知識。年季が違う。薬師たちもそれがわかっていて、私を選んでくれている。グラシアノが薬草購入先として目を付ける第一候補は、間違いなく私の薬草園だろうと自負している。

「順調に乾燥が終わった在庫が増えていっているわ。ヒロインの登場でそれが全部お金に換わるのよ……!」

 薬草園事業は、家名のない平民ルイーゼの名義で土地を借りている。原作でルイーゼは伯爵家から籍を抜かれ平民になるため、先取りしておいた。

「でも、ワンチャン同じ転生者として仲良くなれるかもって可能性はあるのよね。原作のルイーゼは転生者じゃなかったから」

 さてさて二年後、どう転ぶか。
 手紙の本文を書き終え著名をして、近い未来に思いを馳せる。
 そして手紙を封筒に仕舞ったところで、メイドが血相を変えて部屋に飛び込んできた。
 驚きに固まって、彼女を見遣る。
 しかし、本当に驚くべきことは次に彼女が発した言葉だった。

「お、お嬢様! お嬢様の異母妹だという少女が邸を訪ねてきました!」
「は?」



 私は二階から玄関ホールを見下ろした。
 赤毛に緑の瞳という、私と同じ色を持つ父ドミニクの姿が目に入る。私はそれに吊り目という特徴が加わるが、その部分は亡くなったお母様からの遺伝だ。
 メイドが言った異母妹らしい少女は、肩まであるふわふわしたピンク髪をしていた。原作通りだ。となれば、ここからはよく見えないが私たちと同じ緑の瞳をしていることだろう。

(本当にメラニーがいるじゃない)

 原作でメラニーは二年、父親探しに(ほん)(そう)することになる。それが二年早くイェーガー家にやって来たということは、彼女の母親が亡くなって一ヶ月も経っていないということ。

(これはあれか。転生ヒロインに転生しているパターン?)

 「小説の世界に転生」という共通点ができたなら、原作より彼女は私と近い境遇といえる。これは先程考えていたワンチャン仲良く展開が本当にあるかも?
 僅かな期待を胸に、私はいつもより少し早い歩調で玄関ホールへと向かった。
 私の存在に気づいた彼らが、こちらを振り返る。

「お父様」
「ああ、ルイーゼか。今日からこの子はお前の妹になるメラニーだ。仲良くしなさい」

 やはり二年早く登場しても、ヒロインのメラニーではあったようだ。ついでに言えば、父の台詞も小説と変わらない。
 父が急に訪ねてきた彼女をすぐに認知したのは、メラニーが母親の生き写しだったからだ。父は今でも、政略結婚だった母ではなくメラニーの母親の肖像画をロケットに入れて持ち歩いている。そしてそのことは、原作のルイーゼも知っていた。
 そんな事情もあり、ルイーゼはここで「仲良く」という父の言葉に反発する。母から妹がいるとは聞いていない、よって自分はメラニーの姉ではないと言い捨ててその場を去る。
 そんな態度を取ってしまったルイーゼの気持ちはわかる。伯爵夫人である母が亡くなったのは、まだ去年の話だ。それなのに自分と二歳しか違わない妹など、父の裏切りの証拠を見せつけられたわけだから。そして、その後も彼女は父の不貞に対する怒りを日々メラニーにぶつけて行く。

(そうして悪役令嬢が出来上がるわけだけど、私は中身大人だから父への怒りはそのまま父に向かうわ)

 まあその怒りにしたって、緩い下半身への呆れに変わっているけれど。
 とにかく私はメラニーに思うところはない。父の言葉に素直に「はい」と答えるつもりで、私は彼女に視線を移した。
 途端、メラニーがさっと父の後ろに隠れる。

(うん?)

 私は予想外の彼女の行動に戸惑った。
 原作ではルイーゼが怒って場を去るまでに、メラニーが無邪気に「よろしくお願いします、お姉様」と挨拶する場面が入る。ルイーゼの「姉ではない」発言は、それを受けてのものなのだ。

(やっぱり原作のヒロインじゃないんだわ)

 転生ヒロインに異世界転生のパターンで合っていそう。ただ、それにしては彼女の行動がわからない。知らない人を前に隠れるなど、まるで本当の子供のような――

(あ、そういうこと? 異世界転生ものは大体大人が転生するものだけど、もしかして原作の転生ヒロインよりずっと幼い子が転生しちゃった?)

 原作メラニーの中身は、前世の私と同じ二十四歳だったはずだ。だから彼女は、自分が複雑な立場だと理解しつつも、どうにかルイーゼと仲良くなろうと試みた。でも、例えば前世が小中学生くらいで異世界転生したことも最近思い出したなら? イェーガー伯爵家に引き取られるという流れだけは覚えていたために、今日ここへ来てしまったのだとしたら?

「……お父様」

 メラニーが父の服の裾を掴み、うりゅっとした涙目で父を見上げる。
 これは相当お子様な転生者が来てしまったのでは。何ならこの世界の十四歳よりも幼いかもしれない。
 でも、それならそれで上手く誘導してあげればいいだけの話だ。私は伯爵令嬢として、定期的に孤児院を慰問している。そしてそこで子供の扱いを学び、皆に結構懐かれていると自負している。だからこのメラニーとも、想像していた形とは違えどワンチャン仲良く展開に期待が持てそう。
 メラニーが母親と住んでいた街は子爵領のある隣町。おそらく彼女は、元の家を大家に追い出された後、真っ直ぐにここに来ている。つまり原作の記憶は(おぼろ)()でも、一人で(のり)(あい)馬車を乗り継いでここまで来られるほどの思考力と行動力はある。それならきっと、私が原作の情報部分をサポートしてあげれば、この子でも浄化ポーション作成まで辿り着けるはず。
 となれば、メラニーがルイーゼに苦手意識を持っていない初対面の今が肝心だ。私は穏やかに微笑んで、いつも孤児院の子供相手にやっているようにメラニーと目線を合わせるため屈もうとした。が、屈む間もなく目が合った瞬間、彼女はさらに父の後ろに隠れてしまった。

「ごめんなさい、みすぼらしくてごめんなさいっ。でも、あたしはお姉様の妹なんです! だから虐めないで……」
「え?」

 二度目の戸惑いは、今度は声となって私の口から漏れた。
 今メラニーが何と言ったのか理解できず、彼女の台詞を(はん)(すう)する。
 そしてようやく至った理解に、私は思わず小さく「あっ」と声を上げた。

(違う……このメラニーは何も知らない子供なんかじゃない)

 よくよく考えてみれば、父は常に眉間に皺が寄っていて、間違っても初めて会った子供がすぐに懐くような容姿をしていない。ここでワンアウト。
 次に「みすぼらしい」という台詞。これは後日ルイーゼがメラニーに言う台詞であり、そしてそれを聞いた父が彼女に新しいドレスを買い与えることになる。よって、私が口にしてもいないのに唐突にそのワードを出したその心は、彼女のドレスの催促と思われる。ここでツーアウト。
 極めつけは「あたしはお姉様の妹なんです」からの「虐めないで」。これ、完全に原作を意識してるでしょ。ルイーゼを煽るとわかっている台詞を敢えて言って、怒れる姉に嫌われる()(びん)な妹ポジションを確立しようってわけだ。今も私を険しい目つきで見ている父にその(へん)(りん)が出ているが、父はこの先、私よりメラニーを可愛がることになる。原作が朧気どころか彼女はしっかりと覚えていて、だからこそ初手で父の影に隠れたのだ。はい、スリーアウト。いやスリーどころじゃないわ。突っ込みどころが多過ぎだわ。

(この容赦なさ、中身大人確定。ついでにこれ、仲良くなれないどころか(えん)(ざい)で処刑コースだわ)

 絶対この転生者、ルイーゼを改心させる方向でなくて「悪役令嬢なんて返り討ちにしてやんよ!」っていうタイプのヒロインでしょ。
 よし、逃げよう。

「新しい環境に酷く混乱しているようですね。彼女が慣れた頃に改めて挨拶しますわ。今はこれで失礼いたします」

 二階にある自室へ戻るため、私はくるりと(きびす)を返した。
 原作ルイーゼと違った静かな去り方ではあるが、先に原作と違う反応を見せたのはメラニーだ。これだけでは私が原作と違うとは判断がつかないだろう。

(向こうがやばい転生者なら、こちらが同じ転生者だと知られない方がいいわ)

 初対面で今回のような反応を見せてくるメラニーだ、警戒させたなら早々に私を(おとしい)れる虚言を、これまたでっち上げの証拠とともにかましてくるに違いない。警戒させなくとも遅かれ早かれ、そんな展開には持って行きそうではあったが。

(これは日を追うごとに安全レベルが下がって行くわね。一刻も早く、この家から脱出しないと。さて、どうするか)

 自室に戻り、部屋を出る直前までいた机へと向かう。椅子に浅く腰掛け、片肘をついて物思いに(ふけ)れば、メイドの心配そうな視線が私に突き刺さった。
 どうやら私を呼びに来た後、お茶の用意をしてくれていたらしい。窓際にあるティーテーブルの上に、焼き菓子とともに置かれていた。動揺しただろうから一息ついて欲しいという気遣いだろうか。後でありがたくいただくことにする。
 メイドに礼と湯浴みの準備を言いつけ、私は一人になった部屋でグッと一度伸びをした。
 原作のルイーゼはメラニーに強く当たり、それを見ていた使用人たちがメラニーを虐げることになる。ところがメラニーに聖女の称号を与えられ手のひらを返した使用人たちは、今度はルイーゼの悪評を広めるようになるのだ。
 ルイーゼが悪役令嬢になる前提に、メラニーの不遇がある。現時点ではその条件を満たしていない。けれど――

「どうも今のメラニーは、そういうのすっ飛ばして私を悪役令嬢に仕立て上げそうなのよね」

 今の彼女は母親を亡くした後、擦った揉んだする二年間を綺麗にスキップしたような相手だ。伯爵家での不遇もスキップして美味しいところだけ得ようとする可能性が高い。今日明日にでもここを脱出せねばと、本能がガンガンに訴えてくる。

「できればこちらが転生者だと悟られない方法で、ごく自然に消えたいんだけど……。突然の家出は百パーセントバレるから、出先で行方不明っていうのがよさそう」

 ふむ。と、口元に手をやって考える。
 私の外出先といえば、孤児院の慰問とごくたまに街歩きするくらい。婚約者がいたならお互いの家を訪問などあっただろうが、そういった相手は生まれてこの方いない。
 実はこの国、そんな令嬢が私と同世代には多い。というのも、王太子がまだ婚約者を決めていないせいだ。有力家門であれば伯爵令嬢でもぎりぎりチャンスがあるかもしれないという、親の野望に振り回されている令嬢の多いこと多いこと。まあ実際に原作では、伯爵令嬢――それも庶子であるメラニーが王太子の婚約者の座に収まったわけだけれども。

「家から逃げる身としては、自由になるための足枷が一つでも少ないというのはありがたいことね」

 さて、そうなると自然さを装うのに最適なのは、孤児院の慰問と絡めることになる。伯爵領で一番遠い、あるいは最も悪路を通る場所にある孤児院を訪ねるとか……?

「ん、待って。そういえば……」

 孤児院といえば、原作のルイーゼも孤児院の慰問をしている場面があった。実はヒロインと異母妹とは知らずに出会っていたというエピソードだ。
 原作のメラニーはしっかり者なので、職人街にほど近い孤児院を選んで入っていた。そこで彼女は見事、薬師見習いとして働き口を得ることに成功する。

「時期は母親を亡くしたメラニーが孤児院に入って半月後ということだったから、丁度今頃よね。うん、いいわ。これを利用しましょう」

 私は姿勢を正し、まだ封をしていなかった封筒から手紙を取り出した。
 追伸を書き加え、改めて手紙を封筒に入れて(ふう)(ろう)を押す。それを私は、湯浴みの用意ができたと呼びに来たメイドに、明日の朝、速達で出すよう言付けて手渡した。



 いよいよイェーガー伯爵家を脱出する日がやって来た。
 メラニーが邸に来てたったの半月、案の定、私は既に悪役令嬢に片足を突っ込んでいる状況にある。
 この半月メラニーは、私の行く先々に現れては一方的に怯えるといったことを繰り返した。幸い私の方が嫡子であるので、現時点で使用人に白い目で見られているのは彼女の方だ。とはいえ私は不干渉を貫いているので、その使用人たちも彼女を(しいた)げるような真似はしていないはず。
 そんなふうに原作とは変わっているはずが、ここでもまた父の態度はどうしてか原作通りとなっていた。
 あの日以来、父とメラニーは毎日一緒に朝食を摂っているらしい。その席に先日は珍しく私も呼ばれたかと思えば、「メラニーに優しくしろ」と父からお言葉を頂いた。普段は私に声も掛けてこないくせに、わざわざ呼び出してまで言ってきたのがそのたった一言なのだから、笑ってしまう。そんな父の態度のせいで、私側にいたはずのメイドがちらほら日和見派に変わってきているのは、笑えない状況ではあるが。
 ただ、メラニーがフライングで来たことで助かった面もあった。というのも何と彼女、未だ浄化ポーションを作れていない。薬師の元で働く過程を例によって例の(ごと)く、スキップしてしまった弊害だろうと思われる。
 原作のメラニーは浄化ポーションを広めるために、貴族である父を利用しようとしたのに。現実の彼女は本当に何もかも話の流れをすっ飛ばして、とにかく貴族になるためにここに来たようだ。それでも自分がちやほやされるには浄化ポーションが必要とわかっていて、現在、父におねだりした最新器具の到着待ちの様子。それが届いたなら大雑把な彼女でも作れるようになるだろう。
 そしてそのときが、きっと私が優位でいられる最後の日になる。

「結局、まったくメラニーを虐めてなくても、彼女が聖女になった時点で原作の展開になりそうね」

 悪役令嬢ルイーゼの最期は、ヒーローである王太子グラシアノへの横恋慕が過ぎての不敬罪による修道院行きだった。私はまったく彼が好みではないけれど、これまた父の色眼鏡によってそんな流れに持って行かれてしまう可能性を否定できない。
 好きでもない男に振られたあげく、ますますメラニーを(ひい)()した父の態度を見た使用人たちが彼女に付き、ありもしない私の悪評をでっち上げて広める未来……。絶対に避けなくては。

「そんな前途多難な(みち)だというのに持ち出せるのが小さなトランク一つとは、何とも心許ないわね」

 明るいクリーム色をした小型トランク。華美な物だと盗難の恐れがあるからという建前で、裕福な平民の女性が持っていてもおかしくないシンプルなデザインを選んだ。
 これだけを手に、私は今から片道切符の馬車に乗る。
 トランクの中身は、たいしたものは入っていない。貴族の女性が、ちょっとそこまで出かけるだけの手荷物だ。何故なら私はこの後、予期せぬ不幸に見舞われるのだから。
 私のイェーガー伯爵家脱出計画はこうだ。
 私はこれから、隣町である子爵領にある孤児院を訪ねる。
 通常、孤児院の慰問で他領は行かない。原作のルイーゼがそこを訪れたのは、転勤になった顔馴染みのシスターに会うためという理由があった。今回の私もその建前を利用させてもらう。
 さて、その子爵領。距離的には馬車で半日ほどなのだが、都合の良いことに深い森を抜ける場所がある。孤児院からの帰り道、そこを野盗に襲ってもらうことにした。
 勿論、危険な野生の野盗を呼び込むわけではない。闇ギルドで依頼させてもらった。御者と護衛を縛り上げた(時間を掛ければ解けるように)後、本当の目的地である辺境伯領まで送ってくれる()(はず)になっている。預けておいた事業関連の書類も、そこで受け取れるようにしておいた。
 ちなみに闇ギルドの建物がある場所も合言葉も、原作のグラシアノが教えてくれた。有能なロマンスヒーロー様様である。

「それじゃあ、行ってくるわ」

 玄関を出て、私は何も知らない見送りの使用人たちにそう声を掛けた。
 やはりこれから野盗(役)に襲われるとは露知らず、笑顔で護衛が馬車へ乗り込む私へ手を貸してくれる。
 孤児院からの帰り道であれば、間もなく日が落ちる時間帯。行方不明の届けが出されたとしても、本格的な捜索はおそらく翌朝以降となる。

(その頃にはもう、平民ルイーゼとして辺境伯領にある家に到着しているわ)

 馬車の窓から辺境伯領の方角を見て、私はこれから始まる新生活にワクワクと心を(おど)らせた。
 私が消えたことで、メラニーは二つの可能性を考えるはず。
 一つは私が転生者であること。
 もう一つは、件の孤児院にメラニーがいなかったことでストーリーが狂ったのではないかという疑い。
 彼女の前で私はかなり言動に気を付けていたつもりだ。だから私は、彼女が後者と判断すると見ている。
 私は御者に孤児院に着いたら声を掛けるように言って、夜に備えて少し眠ることにした。
 そしてその後、私は予定の日程をこなし、順調にまんまと行方不明となって平民ルイーゼに転身したのだった。
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