四神に愛され注意報
カメ吉の首元から顔を出した蛇を見た瞬間、私は反射的に息を止めた。
「……!?」
蛇は不思議そうに私を見ている。
「他の人にバレたらどうしよう……てか、蛇って取れないの?」
「ああ。身体にくっついているからな」
「くっついてるの!?」
思わず声が裏返る。
蛇はというと、私の反応が面白いのか、首を傾げるようにしてこちらを見ていた。
「私の本来の姿は亀と蛇が合体した姿だからな」
ネットの検索バーに急いで『四神 玄武』と打ち込むと、確かに蛇が巻き付いている亀の壁画が出てきた。
確かに亀の時も小さい蛇が巻き付いていたっけ。そういう種類なんだと思ってたけど、違うんだ……。
「朱雀と青龍は飛べるぞ」
卵焼きを食べていたひややっこがそう言った。
「え、すごっ!!」
「凄いでしょ〜!」
胸を張るねぎま。
「空飛べるんだ〜!ちょっと羨ましいかも……」
空を飛ぶなんて、ファンタジー世界の物語だけだし、小さい頃は本気で手をパタパタすれば空を飛べると思ってた。
目を輝かす私に、にょろ丸は何かを考えたような表情をしながら手をポンッと叩いた。
「それなら放課後、僕と一緒に飛んでみますか?」
「良いの?」
「はい!こーちゃんと一緒に飛べるなんて夢みたいです」
「やった!」
「やった!」
思わず両手を上げると、ねぎまがすかさず身を乗り出してきた。
「えっ、放課後!?ずるくない!?俺も行く!!」
「お前は今日の炊事係だろう」
ひややっこが卵焼きを口に運びながら、容赦なく突っ込む。
「うっ……それは、その……」
ねぎまは視線を逸らし、項垂れた。
カメ吉は相変わらず無言で、私の方を向いた蛇はしゅんと表情を浮かべ、カメ吉の襟元に少しだけ引っ込んだ。『うるさくて、ごめんね』ということだろうか?
(いやいや、()は可愛いからそんな顔しないで!!)
お昼ご飯を食べ終えて教室に戻ると、クラスの女子達からすごい剣幕で質問責めされた。
「どういう関係!?」
「同じ名字だけど……親戚だったり?」
「ねぇねぇ、彼女さんとかいないのかな?」
「良かったら、聞いてきてくれない?」
一気に浴びせられる質問に、思わず一歩引いた。
「え、ちょ……!」
机にお弁当を置く暇もなく、前後左右を女子に囲まれる。
さっきまでのほのぼのした昼休みとの差が激しすぎて、頭が追いつかない。
「で、どうなの!?」
「やっぱ親戚!?」
私は一度深呼吸してから、真央にも言った答えを口にする。
「えっと……親戚、だよ。ちょっと遠いけど」
「やっぱり!」
「遺伝子強すぎない!?」
「四人とも顔面偏差値東大クラスだよ!」
ざわざわと教室が色めき立つ。
どうやら『親戚』というワードは、変に納得されてしまったらしい。
「アイドルとかしてないの?」
「サイン欲しい!!」
「してないから!ただの一般人だから!」
思わず声が大きくなって、教室の空気が一瞬止まる。
でも、女子達は止まらない。
「え〜、勿体ない!」
「一般人であの顔面は反則でしょ」
「推す!絶対に推す!!」
その温度差に、私は乾いた笑いを浮かべるしかなかった。
「ほんとに……普通の人達だから……」
―――普通(神獣)だけど。
誰かが言い出すと、それに次々と頷く声が重なっていった。
「というか、全員タイプ違うのに全員クセが強いのズルくない?」
「それな!」
「分かる!」
「元気系・保護者系・癒し系・無口系だよね!」
共感の声が次々に飛び交い、教室の熱量はむしろ上がっていく。
私は内心で頭を抱えた。
(やばい、親戚設定の耐久値がゴリゴリ削られてる……)
私は必死に笑顔を貼り付けながら、どう誤魔化すかを考えていた。
その時、教室の前方から声が飛んだ。
「はいはい、そこまで」
落ち着いた、よく通る声。
振り向くと、社会科担当の先生が教室に入ってきていた。
どうやら昼休みが終わり、次の授業の準備に来たらしい。
「次、社会だからな。席に戻れー」
ぶーぶーと不満を漏らしつつも、女子達は渋々散っていく。
(助かった……)
私はそっと息を吐いた。
先生は黒板に大きくチョークで書く。
「前回でテスト範囲が全て終わったから、自習―――と言いたいが、今日はリクエストされた中国の『四神』についての動画を観るぞ!テストには出ないから内職してても良いぞ〜」
教室のあちこちから、ほっとしたような空気が流れた。
「内職OKだって〜」
「ラッキー」
ざわつきながらも、皆それぞれノート出したり仲良しグループで集まっていく。
動画が再生され、教室の照明が少し落とされた。
スクリーンいっぱいに映し出されたのは、古代中国の壁画や想像図。
『―――四神とは、東西南北を守護する神獣であり……』
落ち着いたナレーションが流れた。
ねぎまはすでにノートに落書きを始めていて、やたら筋肉質な鳥を描いている。
にょろ丸は真面目に動画を聞いていたが、隣のねぎまと一緒に落書きをしだした。
ひややっこは目を瞑りながら腕を組んで、話を聞いているのか聞いていないのか分からない。すぐに首がカクカクしだしたので多分眠っている。
カメ吉は近くの席の子達にテスト範囲の勉強を教えていた。
(ま、まぁ……同名の人なんて世の中に沢山いるよね……うん)
中国と日本って距離近いし……。
真央が私の方を向きながら「名前かっこいいよね〜」と小声で言う。
「うんうん」
私も小声で頷いた。
「青龍とか朱雀とか……厨二心くすぐられるっていうか」
「分かる」
真央の言葉に私は小さく笑いながら頷いた。
スクリーンでは、ちょうど青龍の解説が始まっていた。
『青龍は春と東方を守護しする神獣で、水の流れを司ることで土地に潤いを―――』
雲間を縫うように飛ぶ青い龍の映像。
その瞬間、にょろ丸の背中が、ほんのわずかに強張った。
『白虎は秋と西方を守護する神獣で、勇猛果敢(ゆうもうかかん)戦神(いくさがみ)としても崇められており――』
画面に鋭い眼光の白虎が映ると、教室の後ろの方から「かっけぇ……」という声が小さく漏れた。
当の本人のひややっことは言うと、静かに爆睡していた。
『朱雀は夏と南方を守護しする神獣で、厄災や困難を跳ね除け福を招くとされており―――』
ねぎまが落書きの手を止め、ちらっとスクリーンを見る。表情は何故かドヤ顔だ。
『玄武は冬と北方を守護しする神獣で、他の神獣に見劣りしない為に蛇を味方につけ―――』
カメ吉も、ひややっこと同じように興味なさげに黙々と問題を解いている。
紹介が終わるとスクリーンの映像は四神の相関図へと切り替わった。
東西南北に配置された青龍・白虎・朱雀・玄武。その中心には、陰陽を表す円が描かれている。
「ねぇ、小春」
「どうしたの?」
「四神の名前と転校生の四人の名前、同じだよね」
「え、う、うん。親戚のおばちゃんがそういう神話好きで……」
真央は一瞬だけ私の顔をじっと見て、それから納得したように笑った。
「へぇ〜。そのおばちゃん、相当ガチだね」
「あ、アハハ……」
(ありがとう真央、深掘りしないでくれて!)
真央はやっぱり良い人すぎる。
今更「実は彼ら、飼っていたペット達でもあり神様なんです〜」なんて、言い出せない空気だ。
「私まだ推しが決まってなくてー。みんなかっこ良くて決められないんだけど、強いて言うなら朱雀くんかな〜。元気で明るそうだし」
転校初日、ねぎまにファンが増えた模様。
「ファンクラブとかできたりするのかな?」
「できそう!」
そして、その予想は見事に的中することになる。
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