八年執着されましたが、幸せです ~傷心のホテリエですが、イケメン御曹司と契約恋人になりました~
「いつも私に見張られていては気が休まらないでしょうから、勿論個室で寝起きしてもらいますし、休みになったらご家族やご友人と過ごして構いません。ただ、もしも恋人役として一緒に過ごす必要ができた時は、有給でお付き合いください。その際に必要な服や美容代などがあれば、こちらで用意します」

 滔々と言われ、私は困惑する。

「あの……」

 そもそも私は〝エデンズホテル東京〟に面接しに来たのであって……。

「勿論、この事は面接に響きません。公私混同するつもりはありませんので」

 肝心な事について言及され、私はホッと安堵の息をつく。

「……でも、三峯さんは採用されると思いますけどね。ここだけの話、面接直後も皆さん『いいですね』と好感触でした。私は用事があってすぐ面接会場を出たところ、エレベーターホールの前でしゃがみ込んでいるあなたを見つけた流れになります」

「えっ……、も、もしかしてそこからベッドまで……」

 今まで失念していた事を口にすると、副社長は「はい」とにっこり笑う。

「僭越ながら、私が運びました」

「すっっっ……! すみません! 重たかったでしょう!」

「女性一人運べないような鍛え方はしていませんから、大丈夫ですよ」

 副社長の笑顔が眩しくて目に痛い……!

(父の事があって食べられなくなったとはいえ、その前までは、帰国して日本食が美味しくてバクバク食べまくってたから、絶対増量してる……)

 私は両手で頭を抱え、悶えそうになる。

 いくら彼が気を遣って大丈夫だと言っても、脱力した人間は起きている時以上に重たいと言う。

(申し訳ない……っ!)

 私は両手で顔を押さえ、真っ赤になった顔を隠した。

「女性が気絶しているというのに、勝手に触れてすみません」

「いっ、いえ! 重くてすみません!」

 私はこれ以上ないぐらい恐縮し、下手をすれば土下座しそうなぐらい頭を下げている。

 副社長はそんな私を見て、クスクスと笑っている。

「一人で勝手に感じているんですが、私たちは気が合いそうな予感がします。契約、結びましょう。決して三峯さんが損をする事はありませんから」

 結論を促され、私はまだ顔を火照らせたまま手を放す。

 副社長は多忙な方なのに、ずっとこのスイートルームで私の世話をしていていい訳がない。

 早く結論を出さないと、彼だって次の予定があるだろう。

「……本当にいいんですか?」

 恐る恐る尋ねると、副社長はゆったりと笑んで頷く。

「できない事なら提案しませんし、確かにこちらに二億というデメリットが生じますが、契約恋人になってくれれば、私としてもそれを補えるメリットがあるんです」

 確かに、彼が言うならそうなんだろう。

「……では、宜しくお願いいたします」

 母や健太に相談すれば、「そんなうまい話はない」と言われるのは分かっている。

 けれど、私たちに残された道はそう多くない。

 三人で力を合わせて寝る間も惜しんで働いたとしても、返せる額は微々たるもの。

 仮に副社長に今提示された以上の事を要求されたとしても、私さえ我慢すればすべて丸く収まる。

(覚悟を決めないと。今までアメリカで働けていたのも、家族が支えてくれていたから。今度は私が家族を助ける番だ)

 私は顔を上げ、表情を引き締めて副社長を見つめた。

「……意志が固まったみたいですね。……じゃあ、これから宜しく。芳乃」

 副社長は微笑み、――いきなり私を呼び捨てにしてきた!

「~~~~っ!」

 ブワッと顔を赤くすると、彼は私の反応を見ておかしそうに笑う。

「では、追って契約書を作ります。……一応〝外と内〟では呼び方や態度を使い分けましょう。そのほうがメリハリが効くと思いますから」

「はい、副社長」

 もう、こうなったらなるようになれ!

 私は背筋を伸ばして両手を腿の上に載せ、深く頭を下げる。

「連絡先を交換してもらってもいいですか? 今住んでるのはご実家? 荷物が纏まったら迎えに行くので、教えてください」

「ずっとアメリカにいて帰国したばかりなので、私個人の荷物はとても少ないんです。スーツケースに入れたら収まる程度なので、その気になればいつでも……」

 まるでノリノリで同棲しようと思っているみたいで、言いながら恥ずかしくなってくる。

「それなら助かりました。では次の週末に迎えに行きます」

「いえ、私が最寄り駅まで向かいます。ご多忙な副社長にお手間を掛けさせる訳にいきませんので」

 私は固辞したが、彼も引かない。

「けど、大事なお嬢さんを預かるのに、何も言わないという訳にいかないでしょう」

「そ、それなのですが……」

 私は声のトーンを落とし、ボソボソと言う。

「急になぜ〝エデンズ・ホテル東京〟の副社長が、茨城の蕎麦屋を買収するのか、母も弟も親戚も、納得できる理由がなければ頷かないと思います。……その代償が契約恋人になる事と知ったら、……心配して反対するに決まっています」

「確かにその通りですね。……でも、れっきとした理由がありまして、……実は私、〝手打蕎麦 みつみね〟のファンなんです」

「ええっ!?」

 いきなり実家の蕎麦屋の名前が出て、私は声を上げる。
< 12 / 68 >

この作品をシェア

pagetop