八年執着されましたが、幸せです ~傷心のホテリエですが、イケメン御曹司と契約恋人になりました~
 至近距離で美形に微笑まれ、私はカーッと赤面して俯いてしまった。

「……私にとってはこの上ない条件ですが、副社長にとってあまりにも不利で……。申し訳ないです」

 彼が善意で提案してくれているのは分かるけれど、見返りなしではないだろう。

〝ある事〟に思い至った私は、図々しいと思いながらも尋ねる。

「あの……、仮の恋人役って、ただの〝役〟でいいんでしょうか? デートしているふりとか、ご両親の前で演技をするとか、他にも……」

 キスをしたり、体の関係も求められるのかと尋ねようとして、私は黙り込んでしまった。

(こんな素敵な人が私を女として求める訳がない。……だって私はウィルに弄ばれ、簡単に捨てられた女だもの。都合のいい存在にはなっても、本気になる人なんていない)

 NYでの失恋は、私の心に大きな傷を作った。

 渡米する前の自分なら、頑張って難関大学を出たし、ホテルの顔と言えるフロントで働くため、それなりに外見に気を遣って、ある程度のレベルには達したと自負していた。

 けれどアメリカに行けば目が大きくて鼻がスッと高く、モデルのように高身長でスタイルのいい人を大勢目にした。

 ラテン系、黒人の女性はとてもグラマラスだったし、男性から見ればあの肉感的な体が堪らないのだろう。

 アジア人が劣っているとは思わないし、私にも良さがあると感じている。

 でも堂々と意見を主張して自分らしさをアピールする彼女たちに対し、私はいつも一歩後ろで控えめに笑っているだけだった。

 確かにNYでの日々は刺激的でとても楽しかったけれど、日常の端々でコンプレックスを抱いていたのも事実だ。

 だからウィルにフラれた時は『日本人の私じゃ駄目なんだ』と思ったし、美しい白人のレティとの仲を見せつけられた時は、『やっぱりそうなるんだね……』と感じた。

 日本に戻ってもその傷は癒えず、同じ日本人同士と思っても「こんな劣った私を、誰も求めるはずがない」と思うようになっていた。

 だから神楽坂グループの御曹司である副社長が、私に本気になる訳がないし、この提案だってただ私を憐み、何らかの利益があるついでに言っているとしか思えなかった。

 副社長は少し黙ったあと、曖昧に微笑んで言う。

「本当は相応に恋人らしい事も求めたいと思っていました。……でも初対面の男に触られるのもおぞましいと思うなら、無理強いはしません」

「おぞましいなんてありません!」

 過激な単語が出て、私はとっさに否定する。

「じゃあ、私と〝恋人ごっこ〟をしてもいいんですか?」

 ニコッと微笑んだ副社長に見つめられ、私は困り切って視線を逸らす。

(~~~~っ! なんか今の、うまく誘導された気がする……!)

 フツフツと変な汗を浮かばせた私は、副社長の顔を見られずにいる。

「少し試してみましょうか」

 副社長はそう言ったあと、私の手を両手で包むように握ってきた。

「ふぇっ……」

 驚いて情けない声を漏らすと、彼はニッコリと笑う。

「拒否感はありますか?」

「……な、ないです……」

「ドキドキします? 私を意識する?」

「……は、はい……」

 チラッと副社長を見ると、とても嬉しそうな表情をしている。

(うう……、なんだかこの人、人当たりが良くて優しそうでいながら、実はとんでもない策士に思える)

 確かに二十五歳にして副社長をしているなら、頭脳だって度胸だって相当なものだろう。

 親が用意したレールに乗ったと言う人もいるかもしれないけれど、私が調べた限り、彼が副社長に就任してからも、神楽坂グループの業績は右肩上がりになっている。

 少なくとも、今までの経営の邪魔をするような事はしていない証拠だ。

(そんな〝できる人〟が、どうして私なんかを仮初めの恋人にしたがるんだろう……)

 戸惑っていると、副社長はキスしてしまいそうなぐらい、顔を近づけてきた。

「わっ……」

 驚いて身を引くと、彼はクスクス笑って私の手を放した。

「生理的な嫌悪や、男性への恐怖など、そういう感情は抱きませんでしたか?」

「……だ、大丈夫です……」

 呆然として答えると、副社長は「よし!」と言って笑い、立ちあがってまた元の場所に座った。

「私と契約しましょう。あなたは二億の負債をなかった事にできる上、お父さんのお店、ご家族を守れます。その代わりに私は三峯さんに家庭料理を作ってもらい、たまにハグをするなど、恋人的な役割を負ってもらいたいです。契約期間中は同棲し、生活費などを払う必要はありません。恋人役をしている事で、もしかしたら嫌な想いをするかもしれないので、そのための手当てや基本給も出しましょう」

「で、ですが……」

 副社長はなおも言いよどむ私を見つめ、笑みを深める。
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