八年執着されましたが、幸せです ~傷心のホテリエですが、イケメン御曹司と契約恋人になりました~
買収に向けての相談
帰宅した私は、母に今日あった出来事を打ち明けた。
勿論、恋人契約の詳細については触れなかったけれど、副社長が言っていたような伝え方をした。
母は案の定、戸惑っている。
「……いくら店のファンだとはいえ……、二億もの借金を肩代わりしてもらうなんて……」
「気持ちは分かるよ。私も困惑したもの。……でも、これ以外に道はないと思うの。私が〝エデンズ・ホテル東京〟へ面接に行き、副社長と出会ったのは、お父さんを亡くした私たちに、神様が与えてくれた幸運だと思ってる。地獄に仏って言うじゃない。……縋れる時に縋っておこうよ。こんなチャンス、もう二度と巡ってこないと思うよ? 副社長は何とかして店を守って、お父さんの味を継いでくれようとしてる。……私たちの生活だって助かるんだよ?」
私は必死に母に訴える。
「どれだけ頑張ったって、私たちはお父さんみたいに蕎麦を打てないし、二億ものお金を返せない。『他人に迷惑をかけたくない』とか『関係ない人を巻き込むべきじゃない』と思ってるのは分かる。……でも、向こうもビジネスとして買収すると言ってるの。経営に行き詰まって老舗ホテルが、素晴らしい立地そのままで買収されて生まれ変わり、従業員はそのまま雇用してもらう事例だって沢山あるんだよ。……個人として『申し訳ない』とか思う前に、私たちの生活と店の未来を考えて」
語気を強めて言うと、以前よりずっとやつれた母は少ししてから「……そうね」と頷いた。
「店がなくなる訳じゃないし、私たちもこの家を出なくて済む。……副社長を信じよう?」
母は小さく頷いたあと、緩慢に顔を上げて私を見た。
「……芳乃は家政婦として働く事を了承してるの? あなたはずっとホテリエとしての自分にプライドを持っていたでしょう? ……無条件で二億ものお金を出せないのは分かるけど、これじゃあまるで娘を売ったみたいだわ」
母は最後にそう言ったあと、涙を滲ませる。
「私の事は気にしないで。もう大人だよ? 自分の事ぐらい、自分で決めるよ。そもそも私たちを助けようとしてくれている副社長が、人の道を外れた事をするはずがない。ちゃんと契約書を作ってくれるみたいだし、ちゃんとそれを確認するから安心して。……それに家政婦として働く事で副社長が満足するなら、問題ないじゃない」
私はあえて明るく言う。
すると少ししてから、母はゆっくりと頷いた。
「分かったわ。……神楽坂さんのお話を受け入れる」
「良かった……!」
私はホッと安堵し、あとは私と副社長の問題だと感じた。
確かに母が言ったように『娘を売ったみたい』と感じるのは仕方がない。
実家の店を悪く言うつもりはないけれど、副社長のお気に入りの店とはいえ、茨城にあるちょっと古いだけが自慢の小さな蕎麦屋なんて、彼にとって旨みはないからだ。
副社長ならその気になれば、都内のいい立地にある店を買収する事だって可能なのに、彼はあえて私たち親子を助けるために二億ものお金を出そうとしてくれている。
(私はそれに報いるために努力しなければならない)
副社長は契約書を作ると言ってくれたけれど、もしもその中に〝恋人ごっこ〟の延長で体を求めても拒否しないと書かれてあっても、私は受け入れるしかない。
スイートルームで副社長と接近し、確かに拒否感は感じなかった。
とても素敵な男性だし、むしろドキドキしたぐらいで……。
でもいくらイケメンの副社長でも、初対面であり雇用主とプライベートな仲になると思うと、微妙な気持ちになる。
(彼の申し出を嫌々受け入れる訳じゃない。……でも、もしもそういう事をするなら、段階を踏んでくれたらいいな……。我が儘を言える立場じゃないけど)
私は心の中で呟き、これで一つ心配事が減った事に安堵した。
**
その週末、副社長がわざわざ実家まで来てくれた。
休日でも、彼はビジネスの話をするからスーツ姿だ。
「初めまして。神楽坂グループの副社長をしております、神楽坂暁人と申します」
副社長は母と私、弟と叔父に感じのいい笑みを向け、名刺を配る。
「芳乃さんからお話は窺っていると思いますが、私のほうから改めてご提案をしたいと思います」
彼はそう言ったあと、話が分かりやすくするように、私たちに資料を配った。
経営に関して素人と言っていい私たちに、ここまでしてくれるとは思わず、私は副社長の細やかな気配りに感謝した。
副社長は資料を用いて〝みつみね〟再建に向けての計画を説明していった。
店は暁人さんが個人で買収する事にし、蕎麦の打ち手はかつてうちの店から独立していったお弟子さんの所から、筋のいい人を紹介してもらえないか当たるつもりらしい。
まったく別の職人が来て違う味になってしまったら元も子もないので、〝みつみね〟を大切に思ってくれる、父の味を理解してくれる人を迎えたいと言った。
二億の負債については肩代わりしたあと、再度店を再開して利益が出てから、無理のないペースで五パーセント――一千万円を目指して地道に返してくれたら上々だと言ってくれた。
「失礼ですが、それで神楽坂さんに何か旨みはあるのでしょうか?」
おずおずと尋ねた母に、副社長は微笑む。
勿論、恋人契約の詳細については触れなかったけれど、副社長が言っていたような伝え方をした。
母は案の定、戸惑っている。
「……いくら店のファンだとはいえ……、二億もの借金を肩代わりしてもらうなんて……」
「気持ちは分かるよ。私も困惑したもの。……でも、これ以外に道はないと思うの。私が〝エデンズ・ホテル東京〟へ面接に行き、副社長と出会ったのは、お父さんを亡くした私たちに、神様が与えてくれた幸運だと思ってる。地獄に仏って言うじゃない。……縋れる時に縋っておこうよ。こんなチャンス、もう二度と巡ってこないと思うよ? 副社長は何とかして店を守って、お父さんの味を継いでくれようとしてる。……私たちの生活だって助かるんだよ?」
私は必死に母に訴える。
「どれだけ頑張ったって、私たちはお父さんみたいに蕎麦を打てないし、二億ものお金を返せない。『他人に迷惑をかけたくない』とか『関係ない人を巻き込むべきじゃない』と思ってるのは分かる。……でも、向こうもビジネスとして買収すると言ってるの。経営に行き詰まって老舗ホテルが、素晴らしい立地そのままで買収されて生まれ変わり、従業員はそのまま雇用してもらう事例だって沢山あるんだよ。……個人として『申し訳ない』とか思う前に、私たちの生活と店の未来を考えて」
語気を強めて言うと、以前よりずっとやつれた母は少ししてから「……そうね」と頷いた。
「店がなくなる訳じゃないし、私たちもこの家を出なくて済む。……副社長を信じよう?」
母は小さく頷いたあと、緩慢に顔を上げて私を見た。
「……芳乃は家政婦として働く事を了承してるの? あなたはずっとホテリエとしての自分にプライドを持っていたでしょう? ……無条件で二億ものお金を出せないのは分かるけど、これじゃあまるで娘を売ったみたいだわ」
母は最後にそう言ったあと、涙を滲ませる。
「私の事は気にしないで。もう大人だよ? 自分の事ぐらい、自分で決めるよ。そもそも私たちを助けようとしてくれている副社長が、人の道を外れた事をするはずがない。ちゃんと契約書を作ってくれるみたいだし、ちゃんとそれを確認するから安心して。……それに家政婦として働く事で副社長が満足するなら、問題ないじゃない」
私はあえて明るく言う。
すると少ししてから、母はゆっくりと頷いた。
「分かったわ。……神楽坂さんのお話を受け入れる」
「良かった……!」
私はホッと安堵し、あとは私と副社長の問題だと感じた。
確かに母が言ったように『娘を売ったみたい』と感じるのは仕方がない。
実家の店を悪く言うつもりはないけれど、副社長のお気に入りの店とはいえ、茨城にあるちょっと古いだけが自慢の小さな蕎麦屋なんて、彼にとって旨みはないからだ。
副社長ならその気になれば、都内のいい立地にある店を買収する事だって可能なのに、彼はあえて私たち親子を助けるために二億ものお金を出そうとしてくれている。
(私はそれに報いるために努力しなければならない)
副社長は契約書を作ると言ってくれたけれど、もしもその中に〝恋人ごっこ〟の延長で体を求めても拒否しないと書かれてあっても、私は受け入れるしかない。
スイートルームで副社長と接近し、確かに拒否感は感じなかった。
とても素敵な男性だし、むしろドキドキしたぐらいで……。
でもいくらイケメンの副社長でも、初対面であり雇用主とプライベートな仲になると思うと、微妙な気持ちになる。
(彼の申し出を嫌々受け入れる訳じゃない。……でも、もしもそういう事をするなら、段階を踏んでくれたらいいな……。我が儘を言える立場じゃないけど)
私は心の中で呟き、これで一つ心配事が減った事に安堵した。
**
その週末、副社長がわざわざ実家まで来てくれた。
休日でも、彼はビジネスの話をするからスーツ姿だ。
「初めまして。神楽坂グループの副社長をしております、神楽坂暁人と申します」
副社長は母と私、弟と叔父に感じのいい笑みを向け、名刺を配る。
「芳乃さんからお話は窺っていると思いますが、私のほうから改めてご提案をしたいと思います」
彼はそう言ったあと、話が分かりやすくするように、私たちに資料を配った。
経営に関して素人と言っていい私たちに、ここまでしてくれるとは思わず、私は副社長の細やかな気配りに感謝した。
副社長は資料を用いて〝みつみね〟再建に向けての計画を説明していった。
店は暁人さんが個人で買収する事にし、蕎麦の打ち手はかつてうちの店から独立していったお弟子さんの所から、筋のいい人を紹介してもらえないか当たるつもりらしい。
まったく別の職人が来て違う味になってしまったら元も子もないので、〝みつみね〟を大切に思ってくれる、父の味を理解してくれる人を迎えたいと言った。
二億の負債については肩代わりしたあと、再度店を再開して利益が出てから、無理のないペースで五パーセント――一千万円を目指して地道に返してくれたら上々だと言ってくれた。
「失礼ですが、それで神楽坂さんに何か旨みはあるのでしょうか?」
おずおずと尋ねた母に、副社長は微笑む。