八年執着されましたが、幸せです ~傷心のホテリエですが、イケメン御曹司と契約恋人になりました~
[……分かりました。最初から遊びだったんですね]

 そう言うと、ウィルは首をすくめた。

[僕が悪い男みたいな言い方はやめてくれないか? 君の純情を弄んだつもりはないよ。君も大人の女性だから、分かっていると思っていたんだけどな]

 何を言っても、一言も伝わらない。

〝こう〟なった以上、ウィルは自分が私を弄んだ事を決して認めないだろう。

(こんな男を愛していたなんて、バカみたい)

 百年の恋も冷めるとは、こういう事を言うんだろう。

 私の全身から、あらゆる温かな気持ちが消え去った。

 このホテルで働く事を誇りに思っていた気持ちも、すべてなくなった。

 ――辞めよう。

 決意した私は、ウィルやこのホテル、そしてNYという街に失望する。

[……残念です]

 同意の言葉を呟くと、すべてが終わったのが分かった。

[仕事は辞めます。近日中に支配人にご連絡しますね]

[残念だよ。君は優秀なスタッフだったのに]

 ウィルは首を竦め、皮肉げに笑う。

(もうこの男の顔なんて見たくない)

 私は重たい足を引きずってドアに向かい、[失礼いたしました]と言って廊下に出た。

 何も考えないように廊下を歩き、エレベーターホールでボタンを押した時、私を呼ぶ声がした。

[芳乃、どうかした?]

 声を掛けてきたのは、ウィリアムの弟のマーティンだ。

 彼は〝ターナー&リゾーツ〟で役員をしていて、以前マーティンの恋人と一緒にダブルデートをして、テーマパークに行った事もあった。

 彼にはウィルとの関係を応援され、感謝していたけれど、こうなった以上彼の顔をまともに見られない。

(この人もウィルがレティと婚約していたのを知っていて、裏で私を嘲笑っていたのかもしれない)

 クリスマス直前の、煌びやかな時期だから、私は余計に惨めな感情に駆られていた。

[何でもありません]

[でも泣いてるじゃないか]

 マーティンは心配そうに言い、スーツの胸ポケットからハンカチを出すと、私に差しだしてくる。

[結構です]

 表情を強張らせて断った時、タイミング良くエレベーターがフロアに到着した。

[私、辞めるので、じゃあ]

 私はマーティンに短く挨拶をし、ゴンドラに乗り込んでボタンを押す。

[芳乃!]

 彼はなおも何か言おうとしたけれど、私はそれを無視した。

「……うぅ……っ、う……っ」

 嗚咽を漏らした私は、ゴンドラの壁に寄りかかる。

 涙が流れないよう上を見ると、鏡のような天井に自分が映っているのが見えた。

 平凡な顔立ちの、ごく普通の日本人女性。

 高身長でもないし、レティのようにハイブランドの服やジュエリーを着こなす事もできない。

 NYのホテルでは、くっきりとしたメイクをするよう求められた。

 初めは厚化粧をしているみたいで慣れなかったけれど、ウィルがルージュをくれたから、濃い色のリップを好むようになった。

 このホテルで得たささやかな思い出も、すべて踏みにじられた。

「……似合わない……」

 柳のような印象の顔をしているのに、唇だけ浮いているように思え、滑稽で情けない。

 ――私はレティのような、ゴージャスな女性にはなれない。

 瞬きをすると、ツゥ……ッと涙が頬を伝っていく。

 私の恋は終わった。

 きっとこれ以上NYにいても、前向きに再就職先を見つける事はできない。

 多分、恋だって二度とできない。

「……帰ろう」

 懐かしい日本を思い出した私は、感傷に駆られてポツリと呟いた。



**



 その半年後。

「ん……っ、んぅ、――――う、……む」

 私は東京都内の高級マンションのリビングで、男性に押し倒されて唇を奪われていた。
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