八年執着されましたが、幸せです ~傷心のホテリエですが、イケメン御曹司と契約恋人になりました~
(え……?)

 リビングダイニングの出入り口を見ると、いつもは開けっぱなしのスライドドアが閉じるところだ。

 廊下から暁人さんの声が聞こえていたけれど、私室に向かったのかそれも小さくなっていった。

(グレース……。女性の名前……。プライベートのスマホ……)

 情報を繋ぎ合わせようとすると、胸がざわつく。

(恋人はいないって言ったけど、元カノ……とか? いや、仕事の関係で海外の人と関わりがあってもおかしくない)

 私は呆然としたまま、ソファの上で体育座りをする。

(……私はただの家政婦で、恋人〝ごっこ〟の相手。彼がプライベートでどんな人と関わっても、私には関係ない)

 混乱する中、私は心の中で〝第三者〟を作り上げて客観的な回答を出す。

 でも一人の女性としての心は落ち着かず、脳内ではレティシアに似た金髪碧眼の美女が、暁人さんとイチャついている様子が浮かび上がる。

 頭の中で彼女と暁人さんが親しげに話して笑い合い、ハグをしてキス……と、どんどん妄想が膨らんでいく。

「~~~~っ、駄目駄目っ!」

 私は声に出して自分に言い聞かせ、立ち上がると十回スクワットをする。

「はぁ……」

 溜め息をついたあと、私は気分転換に窓辺に行くと、カーテンの隙間から外を見た。

 皇居がある辺りはぽっかりと黒く、灯りが点在している。

 その向こうには、夜闇にくっきりと浮き上がるように高層ビルがそびえ立っていた。

(借金まみれで路頭に迷っていたら、こんな場所にいない。今が一番幸せだと思わないと)

 そう思うものの、自分と暁人さんの関係があまりに曖昧で、気持ちの落とし所が分からない。

 暁人さんに抱かれた時、彼は私に自信を持たせたいと言っていた。

 でも冷静に考えれば、あれは借金の〝返済〟に入っている行為なのでは……と思った。

 けれどあのあと、彼は抱いた事について特に何も言わなかった。

(契約恋人なら、一回エッチしたら幾ら分とか言われると思っていたのにな……)

 彼と住むようになってから契約書を渡されたけれど、そういう事については細かく書いていなかった。

 暁人さんらしいなと思ったのは、もしもこの生活に終わりがくる事があっても、彼は私にいっさいの金銭を要求せず、買い与えた物なども返却しなくていいと書いてあった事だ。

 恋人契約については『乙が甲を性的に求めた場合、甲は抵抗がなければ応じる。心理的、もしくは体調的に抵抗感がある場合は、偽らずに拒否すること』とも書いてあった。

 何から何まで、私に都合が良すぎる。

 二億のお金は、蕎麦屋との話し合いで、経営していく中で一定額を返していくという決まりはあるものの、もともとは私が暁人さんと出会わなければ、彼がお金を貸してくれる事もなかった。

 だから暁人さんと同棲している今も、何かしらビジネスライクな関係を結んでいたほうが精神的には楽なのに、料理はするものの、あとはまるで恋人のように接しているので落ち着かない。

 関係に線引きをするために、セックスをする時は一回幾らと、契約書に明確に書いてあれば、もっと気持ちが楽だったかもしれない。

 でも、こうやって大切に扱われている事に安心している自分もいる。

 一回抱かれたら幾らと言われていたら、自分をすり減らしていくような感覚を味わいそうな気がしていた。

 同棲生活が始まる前は、どんなに〝家政婦〟としてきつい仕事が待っていたとしても、家族のためならやりきると決意していたはずだった。

(なのにこうやって優しくされると、勘違いしそうになるな……)

 私は夜景を見ながら暁人さんに抱かれた時の事を思い出し、ジワリと頬を染める。

(……気持ちよかったな)

 ウィルと付き合っていた時は、彼こそが最高の恋人と思っていた。

 初めてはホテルのソファだった事も、当時の自分にとっては〝大人として扱われた証拠〟と前向きに捉えていた。

 思い返せば節々で『大切にされていない』と思う事はあったのに、浮かれていた私はそれに気づかなかったふりをし続けたのだ。

 ――ウィルはCOOだから。

 ――忙しいからドタキャンされても仕方ない。

 ――それを大らかに受け入れてこそ、恋人。

 そう思っていたけれど、私とのデートをドタキャンした裏で、彼はレティシアと会っていたのだろう。

「……全部、まやかしだったんだな」

 呟いた時、聞き返された。

「何がまやかし?」

「きゃああっ!」

 突然耳元で暁人さんの声がし、仰天した私は悲鳴を上げてしまった。
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