八年執着されましたが、幸せです ~傷心のホテリエですが、イケメン御曹司と契約恋人になりました~

疑惑

 ぎこちない雰囲気になる事はあっても、基本的に暁人さんとの暮らしは楽しい。

 それに彼が疲れて帰って来た時に「お帰りなさい」と言える存在であるのが誇らしかった。

 彼が料理を気持ち良く平らげてくれるのも嬉しいし、時間がある時は一緒に映画を見たり、クラシックを聴きながらとりとめなく会話をする時間も心地いい。

 二度目に暁人さんに求められた時は、「今夜、芳乃を抱きたいんだけど、いいか?」と照れながらも窺いを立てられた。

 恥ずかしいながらもOKすると、彼は嬉しそうに笑い、それがくすぐったい。

 そして身綺麗にしたあと、暁人さんは蕩けるような愛撫をし、私に抱かれる悦びを教えてくれた。

 疲れていて応じられない時があっても不機嫌にならず、体調を気遣って「何かできる事はある?」と聞いてくれるほどだ。

 最初、彼は私が自分に自信を持てるようになるため、手伝いをしたいと言っていた。

 言葉の通り、暁人さんに大切にされて愛されるたび、『自分は無価値』と思っていた気持ちがどんどん軽くなっていくのを感じた。

 かつての私は、『自分はすべての人にとって害悪で、疫病神のような存在』と思い込んでいた。

 けれど今は毎日暁人さんに「君は最高の女性だ」と言われる事によって、冷たく硬くなっていた心が、温かく潤っていくのを感じていた。



**



 そのまま、優しい〝恋人ごっこ〟の生活が続くものと思っていた。

〝事件〟が起こったのは、八月のある日。

「今日は人と食事をするから、悪いけど一人で食事をしてもらっていいかな? 帰りが何時になるかは分からないから、俺の事は待たずに寝ていてほしい」

「分かりました」

 朝に言われた時は、「仕事で会食でもあるんだろうな」としか思っていなかった。





 私はその日、日勤Bのシフトで、昼過ぎに出勤して二十二時までの仕事だった。

 仕事を終えてホテルを出た私は、休憩時間におにぎりを一つ食べたきりだったので、お腹を空かせていた。

(暁人さんとは別行動だし、たまにラーメンでも食べようかな)

 そう思った私は、ホテルを出て線路を越えると、銀座にあるラーメン屋に向かった。

 蕎麦屋の娘なだけあり、私は麺類が大好きだ。

 お蕎麦も勿論好きだけれど、中でもラーメンとパスタが好物だ。

 暁人さんからは『毎回手料理を作るのも大変だから』と言われ、外食デーを作っておすすめの店に連れて行ってもらう事もあった。

 彼と改めてデートする時は、フレンチやイタリアン、鉄板料理のコースをいただく事もあるけれど、グルメな彼が紹介してくれたラ
ーメンや町中華は、どれも絶品だった。

 その中でも私が最近ハマっているのは、銀座にある鶏白湯ラーメンを売りにしたラーメン屋だ。

 自転車はホテルに置かせてもらい、ウキウキして歩いていたけれど、スクランブル交差点を歩いている時に、暁人さんらしき男性を見た気がして足が止まった。

(……ん?)

 私は雑踏の向こうで見え隠れしている、背の高い人物を凝視する。

 その姿を追っている間にラーメン屋を通り過ぎていたけれど、私は気にせずフラフラと歩き続けた。

 男性が着ているスーツは、暁人さんが着ていた物によく似ている。

 スーツを纏ったシルエットも、モデルのようなスタイルの良さも同じだ。

 ――なら、隣を歩いている金髪の女性は誰?

 自問したあと、私は無意識にとある名を呟いていた。

「……グレース……」
< 33 / 68 >

この作品をシェア

pagetop