八年執着されましたが、幸せです ~傷心のホテリエですが、イケメン御曹司と契約恋人になりました~
 ――どういう関係なの?

 ――どうして腕を組んで歩いているの?

 私は呆然としたまま二人を追う。

 好きな人を尾行するなんて、普段の私なら「品のない行為」と言うだろう。

(そもそも、私は単なる〝恋人役〟で、金髪の彼女が暁人さんの特別な相手だとしても、嫉妬する権利なんてない)

 私が自分に言い聞かせるなか、二人は高級そうなバーの前で立ち止まり、中に入るか話し合っているようだった。

 その時には、遠くからでも彼が暁人さんである事をしっかり確認できていた。

 彼はスーツのポケットからスマホを出し、操作する。

(あ……っ)

 その瞬間、私は見てしまった。

 彼の左手の薬指には、指輪がある。

 私は目を見開いたまま、金髪の女性の左手を凝視する。

 暁人さんがスマホを弄っている間、彼女もバッグからスマホを出して誰かと電話し始めた。

 その時、やはり彼女の左手の薬指にも指輪が嵌まっているのが見えた。

(そんな……)

 呆然とした私は、ただ立ち尽くすしかできない。

 やがて二人がバーに入ったあと、私はスマホでそのバーの名前を検索する。

 口コミサイトで内装を確認すると、店内はカウンター席ばかりのようだ。

(お店に入ったら高確率でバレちゃう……)

 そこまで二人を尾行しようとする自分を「みっともない」と思えないほど、今の私は冷静さを欠いていた。

 とにかく暁人さんと彼女がどんな関係なのか気になってならず、二人は本当に結婚しているのか確認したかった。

 私は十分ほど店の前で迷ったあと、纏めていた髪を下ろすと、バッグからサングラスを出す。

(怪しいけど……。大丈夫……かな)

 私は隣のビルのガラスで自分の格好を確認したあと、思い切って店内に足を踏み入れた。



**



「いらっっしゃいませ」

 落ち着いた雰囲気の店に入ると、女性スタッフが迎えてくれた。

「お一人様ですか?」

「はい」

 なるべく小さな声で返事をしてチラッと店内を見ると、二人はカウンターの真ん中に並んで座っていた。

 暁人さんは特に気づいていないようで、声量を落とした声で女性と話している。

 私も同じ並びの席に案内され、スツールに腰かけると、メニューに書いてあるおすすめカクテルを頼んだ。

 勢いで店に入ったので、カクテルの単価が高い事はあとの問題にした。

 私が入ったあとに外国人男性が入店し、スタッフが案内する前に、自ら私の隣に座った。

(強引な人だな)

 そう思うものの、いま重要なのは見知らぬ外国人ではない。

 むしろ、体の大きい彼が間に座ってくれた事で、目隠しになってラッキーだ。

(二人の関係を確認したら、先にお店を出よう)

 私はカクテルが出されるまで、チャージとして出された、フレンチの前菜のようなゼリー寄せを食べ始める。

 耳を澄ましていると、二人が英語で話しているのが分かった。

 私がNYで働いていたのは伊達ではないので、問題なく二人の会話が理解できる。

[その後、変わりはなかったか?]

 暁人さんが女性に尋ねる。

[特に変わらないわ。仕事ばかりで、あなたに会えなくて寂しかった]

 二人の関係を表すには十分すぎる言葉を聞き、私は唇を引き結ぶ。

 その頃になって桃があしらわれたリッチなカクテルが出されたけれど、おざなりに会釈をするしかできない。

 一口飲むと、桃の香りと甘さ、そして割と強めのアルコールが口腔に広がる。

 美味しい。――のに、素直に味わえない。

[会いたくて堪らなかった。今は忙しいけれど、いつか同じ家に住みましょうね]

[ああ。その日が待ち遠しい]

 二人の会話を聞いていると、つらくて涙が滲んでしまい、今日ほど「英語が分からなければ良かったのに」と思った日はない。

 泣くのを我慢している私の隣で、外国人男性は神経質そうにカウンターをトントンと指で打っている。

 やがて私は自分のしでかした行動の愚かさに気づき、溜め息をついた。

(……もう、これ以上聞く必要はない。二人が夫婦で、理由があって別居しているのは分かった。暁人さんに()()がいないのは事実だった)

 理解した途端、自分が如何に彼に期待していたかを思い知って苦笑した。

(……バカみたい)

 ――やっぱり、御曹司には相応しい女性がいる。

 ――期待するだけ無駄だったんだ。

(二億円はちゃんと返さないと。昔、テレビのバラエティ番組で、一般人の女性が二億円の借金を返済したって言っていたし、不可能じゃない)

 私はこれからの事を考え、カクテルを飲む。

(奥さんに悪いから、あのマンションから出て行こう。早めに物件を探して引っ越さないと。せっかく〝エデンズ・ホテル東京〟に勤められたけれど、同じ会社なら辞めたほうがいいのかもしれない)

 正直に言えば暁人さんに恋していたけれど、奥さんがいる人を好きになるのは駄目だ。

(……それに、奥さんがいるのを黙って、浮気する人だと思わなかった)

 彼に求められた時は嬉しかったけれど、今までの行為がすべて浮気だったと思うと、自分が嫌になる。

(私はいつまで経っても〝浮気相手〟なんだ)

 そう思うと、とてつもなく情けなくなった。

 暁人さんは借金の肩代わりに私を抱いていて、感情の伴わないセックスをしていたのかもしれない。でも奥さんにそんな話は通用しない。

(彼女に知られたら、訴えられてしまう。これ以上の負債を抱えるのは避けないと。今まで何もかも暁人さんに甘えすぎた。いい加減、傷ついたとかつらい目に遭ったとか言い訳しないで、自分の足で生きないと)

 決意したあと、私はグラスに残っていたカクテルをグイッと飲み干し会計した。

 バーを出たあとは、ショックと酔いとでボーッとしたままホテルに戻り、自転車を押しながらマンションに帰った。



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