八年執着されましたが、幸せです ~傷心のホテリエですが、イケメン御曹司と契約恋人になりました~
[四つん這いになって、ゴミが落ちていないか確認して]

 屈辱的な命令をされても、逆らう事はできない。

[……畏まりました]

 私は屈みながら、ヘルプを出すために無線を繋いだ。

 私がレティと何を話し、何をされているか他のスタッフに伝われば、支配人にまで連絡がいって何らかの対応をとってくれるはずだ。

 それまでは辛抱しなければならず、私は床に膝をつくと丁寧に床の汚れをチェックし始めた。

[大丈夫なようです]

 じっくり確認して立ち上がると、レティはシャワーブースに向けて顎をしゃくった。

[そこを確認していないわ]

[……承知いたしました]

 シャワーブースに入ってまた膝をついた時、レティがシャワーヘッドを手にとり、私に水を浴びせてきた。

「きゃっ!」

 私はとっさに両手で頭を覆う。

[ねぇ、またウィルに色目を使うの? あの時は見逃してあげたのに、どうして人の物をほしがるの? 本当に生まれが卑しいのね!]

 レティは憎しみでギラギラと光るブルーアイで私を睨み、蔑みの言葉を口にする。

 彼女の変貌ぶりと尋常ではない行動に怯えた私は、ゾッと鳥肌を立てた。

[私、あなたみたいな女が一番嫌いなのよ。シンデレラストーリーを信じて、自分みたいな一般人にも王子様が現れるかもって信じてる? ある訳ないじゃない! 私がどれだけ苦労して彼を射止めたのか、分かってるの!?]

 レティはヒステリックに叫び、ハイヒールを履いた足で私を蹴ってきた。

「痛いっ!」

 ピンヒールが体に食い込み、私は悲鳴を上げる。

[あなたみたいな身の程知らずは、痛い目に遭ったほうがいいんだわ! 私という婚約者がいるのに、貧乏人のあなたがウィルを寝取っていい気になっていたんだものね? 人の男と寝るのはそんなに気分がいい? あぁ、卑しい! 貧乏がうつるわ! 貧乏人は他人から奪ってばっかり!]

「っっ――――……!」

 浴びせられた言葉を聞いて、心臓が止まるような心地に陥った。

 もしも目の前にグレースさんがいたら、同じ事を言われていたかもしれない。

「……っ、私は……っ!」

 ――ただ好きなだけなのに……!

 ずっと心の奥にしまっていた想いが、口を突いて出る。

 ウィルとの事は、彼に声を掛けられたから興味を持ち、好意を寄せていっただけだ。

 声を掛けられなければ、雲の上の人とどうにかなろうなんて思わなかったし、婚約者がいると知っていれば、早々に別れを切り出した。

 私にだって、それぐらいの分別はある。

 ウィルにフラれたあの日、私は初めてレティの存在を知った。

 私は彼女が好きじゃない。

 付き合っていた(と思っていた)男性を横からかすめ取った(ように見える)女性だから、好きになれないのは当然だ。

 でもレティにも彼女の正義がある。

 ウィルがモテるのは彼女も分かっていただろうけれど、自分より遙かに格下の私に寝取られていたと知って、お嬢様のプライドが傷付いたのだろう。

 レティにとって、私こそが婚約者に手を出した憎い浮気相手なのだ。

 そして暁人さんの奥さんかもしれないグレースさんにも、憎まれても仕方がない。

「~~~~っ、ごめんなさい……っ」

 私はとうとう涙を流し、両手で頭を抱えて弱々しい悲鳴を上げた。

 アメリカから逃げ帰ったあと、ウィルとレティと顔を合わせる事がなくなったから、なんとか精神の均衡を保てていた。

 でもこうやってレティに直接責められ、罪悪感がこの上なく刺激された。

 ――私なんて、いない方がいい。

 私を責めているのはレティなのに、脳裏で私を罵っているのはグレースさんだ。

[この泥棒!]

 何度も蹴られ、きっと体中に痣ができている。

 ――私に、人を好きになる資格なんてない。

「…………っ、――ごめん、……な、さい……っ」

 喉が震え、嗚咽が止まらない。

 ――ごめんなさい!

[泣けなんて言っていないわ! 私が悪者みたいじゃない! 私の方が泣きたいのよ!]

 叩きつけるように言ったレティは、私にシャワーヘッドを投げつけ、荒々しくバスルームから出て行った。

 私はしばらくその場にうずくまり、ブルブルと震えながら泣いていた。

 何とかシャワーを止めたけれど、立ち上がって濡れた制服をなんとかし、フロントに戻る気力は残っていなかった。
< 47 / 68 >

この作品をシェア

pagetop