八年執着されましたが、幸せです ~傷心のホテリエですが、イケメン御曹司と契約恋人になりました~
 濡れた服が肌に張り付き、体が芯まで冷えていく。

 精神的なショックを受けたのと、寒さで震えていると、部屋のチャイムが鳴った。

(そうだ……、仕事に戻らないと……)

 ボーッとしながら思った時、リビングルームのほうで億劫そうにレティが対応する声が聞こえ、そのあとスタッフが部屋に入ってくるのが分かった。

「三峯さん」

 声を掛けられてノロノロと顔を上げると、暁人さんと総支配人が何とも言えない表情で私を見ていた。

(あぁ……)

 彼らの困ったような、憐みの混じった表情を見て、私は絶望を抱く。

(せっかく働かせてもらえるようになったのに、ガッカリさせてしまった……)

「あの……」

 何か言おうとした時、暁人さんが指示を出した。

「ジャクソン様へのお詫びは私がするから、総支配人は三峯さんを頼みます」

 彼はそう言ったあと、インカムで大至急タオルの補充を頼む。

 そしてしゃがむと私の顔を覗き込んできた。

「大丈夫ですか?」

「……はい。申し訳ございません」

 暁人さんの姿を見て我に返った私は、震える声で返事をする。

「そのままだと廊下を汚してしまうから、制服を脱いでビニール袋に入れ、バスローブを着て裏手から更衣室まで行ってください。応援も呼びました。途中で人に会わないようインカムで指示を出して連携してもらうので、安心してください。……着替えたら、今日は早退してください。風邪を引いてはいけないので、家に帰ったらゆっくり温まって」

「……はい」

 暁人さんは私が頷いたのを見ると、ポンと肩を叩いてバスルームから出ていく。

 静かにドアが閉じたのを見た私は、荒れ狂う感情を押し殺して行動を開始した。



**



 そのあと、どうやってマンションまで帰ったのか覚えていない。

 洗面所で顔を見ると、ウォータープルーフマスカラを使っていたはずなのに、目元が黒くなっていた。

 髪も濡れたままで、何もかも滅茶苦茶だ。

「……冷静にならないと……」

 そう自分に言い聞かせた私は、お風呂を入れると、なるべく何も考えずにメイクを落とし、体を温めた。





 お風呂から上がると、少し気持ちがほぐれた気がする。

 まだ午後で、持て余した時間をどうやって過ごせばいいのか分からない。

 休日ならワクワクして予定を立てただろうけれど、こんな惨めな気持ちで半休になった事はなく、何かをしようという気力もない。

 暁人さんに会わせる顔がなく、本当は彼が帰る前にマンションから逃げてしまいたかった。

 でもそれだけは、してはいけない。

 白銀さんに『早まった事はしないように』と言われたのもあるけれど、恩のある人に何も言わず、自分の都合だけで姿を消すなんて無責任な事、絶対に駄目だ。

 だから私はお風呂から上がったあと、リビングのソファにもたれかかり、ずっと床の上で膝を抱えて座っていた。



**



「ただい…………、暗い!」

 どれぐらい時間が経ったのか、暁人さんの悲鳴に似た声が聞こえたあと、パッと電気がついた。

「芳乃!?」

 すぐに私を探す心配そうな声が聞こえ、せわしない足音がする。

 リビングに来た暁人さんは乱暴に荷物を置き、周囲を見回してソファに誰も座っていないのを確認すると、「部屋か」と呟く。

 そのあと、足元に私が座っているのを見て「ん”っ」とくぐもった声を上げた。

「びっくりした……。……芳乃……、大丈夫か?」

 彼は私の隣に座ると、頭を撫でて顔を覗き込んできた。

「『お帰りなさい』は言ってくれないのか?」

 暁人さんが帰ってくるまで、まるで心が凍りついたように、何も考える事ができなかった。

 けれど彼に言葉を求められ、私はおずおずと口を開く。

「……おかえり、……なさい」
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