一年で終わるはずの契約結婚でした 〜離婚まであと一か月、夫が私を離しません〜

第1章 社長の元気がない理由

一日の大半の時間を一緒に過ごしていると、相手の小さな変化にも気づいてしまう。

それが良いことなのか、悪いことなのかは分からないけれど——少なくとも私は、社長の異変を見逃せなかった。

朝の社長室。

デスクに向かう相馬悠人は、いつもより静かだった。

書類に目を落としているのに、視線はどこか遠く、指先も止まったまま動かない。

「社長、珈琲をお持ちしました。」

声をかけると、ゆっくり顔を上げて「ああ、ありがとう」と応じる。

その声音は穏やかなのに、どこか力がない。

差し出したカップを受け取っても、すぐには口をつけようとしなかった。

——まただ。

考え事をすると、周囲の音も時間も忘れてしまう。

それが、社長の癖だった。

秘書として隣にいれば、嫌でも分かってしまう。

私は足立美咲。

この人の秘書として働いて三年になる。

そして——胸の奥に、誰にも言えない想いを抱えたまま、今日もこうして、同じ空間にいる。

静かな社長室で、珈琲の香りだけが、虚しく漂っていた。
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