婚約者にバカにされ続けた侯爵令嬢が「ざまぁ」するに至るまで
数日後、ミラジェーンはエリオットとともに社交パーティーに参加していた。
「お手を、レディ」
「ありがとうございます、エリオット様。まずは主催者の方へご挨拶に参りましょう」
「たしか、君のご友人だったかな」
「はい、先日の食事会でエリオット様の斜め向かいに座っていた方です」
エリオットは腑に落ちない様子のまま頷いた。
ミラジェーンは会場内を見回し、主催者の娘であるリサーナを探した。
「ミラ様!」
ちょうど他の者との挨拶を終えたらしいリサーナが、ミラジェーンに気づいて手を振った。
「リサ様! エリオット様、参りましょう」
「……ミラ、ご友人だからといって、令嬢がそのように大声で呼びかけ、手を振るものではないよ」
「そ、それは失礼いたしました……」
しかめ面のエリオットに、ミラジェーンは引きつった表情で頷いた。
「今後は僕がしっかり教えてあげるから安心して。さあ、行こうか」
「え、ええ」
気を取り直すように、ミラジェーンは微笑んでリサーナのもとへと向かった。
その後は様子をうかがいながら、順に挨拶をして回った。
エリオットとミラジェーンは、それぞれ公爵家と侯爵家の出であるものの、いずれもまだ爵位を継いでおらず若く、さらに婚約が決まったばかりであるため、自ら出向いて挨拶に回る必要があった。
「これはこれは、ミラジェーン様。こちらが例の婚約者殿ですかな?」
そう微笑んだ老爺は、王城でミラジェーンとともに財政管理を行ってきた人物であった。
「そうなのです。ご紹介できるのを楽しみにしておりましたわ。エリオット様、こちらはブライズ侯爵家と長年付き合いのある家柄でして……」
「あ、はい。エリオット・オリンと申します……」
エリオットが矍鑠とした老人におっかなびっくり挨拶する様子を、ミラジェーンは笑顔で見守った。
老爺としばらく談笑した後、二人はまた他家へと挨拶に向かったが、その途中でエリオットは飲み物を取るために壁際へと移動した。
「ミラ、先程のご老人とは親しいのか」
エリオットは華奢なシャンパングラスを片手に、ミラジェーンへ振り向いた。
「ええ、先ほどもお伝えしたとおり、先々代からの付き合いですし、私に帳簿の見方を現地で教えてくださったのもあの方です。私の尊敬する……目標とさせていただいている方の一人ですわ」
ミラジェーンは誇らしげにエリオットを見上げた。
しかし、エリオットの表情はミラジェーンの予想とは大きく異なっていた。
「ミラ、あのご老体は子爵だろう? その程度の爵位しか得られなかった者を師と仰ぐのは、公爵夫人としていかがなものかと思うよ。そんなだから相手からも敬意を得られず、あのような扱いをされるんだ」
「個人の資質は爵位で量るものではありませんし、私はあの方を師として慕っております。それに、雑な扱いなど受けてはおりませんわ。あれは雑ではなく、親しみを込めてのことです」
「ミラ、このような場で令嬢が大声を出してはいけない。先ほども言っただろう?」
「ですが……」
ミラジェーンは唇を噛んだ。
エリオットの顔には慈愛のようなものが浮かんでおり、それは幼子に言い聞かせるような表情にミラジェーンには映った。
「オリン公爵家に嫁入りしたら、付き合う相手は考えなければならないよ。女性である君には難しいかもしれないけれど、僕がきちんと教えてあげるから。あのご老体は……今はかまわない。君は城での華やかな顔の役目を任されているのだろう? きちんと終わらせておいで。立つ鳥跡を濁しては、オリン公爵家の名誉に関わる」
笑顔のまま言い終えたエリオットに、ミラジェーンは何と言えばよいのかわからなかった。
彼女が黙ったままうつむくと、エリオットは穏やかな声で続けた。
「さあ、そろそろ主催者の挨拶が始まるようだ。君のやかましいご友人も登壇しているね。せいぜい話を伺いに行こう」
「……はい」
ミラジェーンは顔を上げた。
このような場で騒ぎ立てるわけにはいかず、友人に心配をかけるわけにもいかなかった。
いつものように背筋を伸ばしてエリオットの隣を歩いたが、その腕に手を添える気にはなれなかった。
「お手を、レディ」
「ありがとうございます、エリオット様。まずは主催者の方へご挨拶に参りましょう」
「たしか、君のご友人だったかな」
「はい、先日の食事会でエリオット様の斜め向かいに座っていた方です」
エリオットは腑に落ちない様子のまま頷いた。
ミラジェーンは会場内を見回し、主催者の娘であるリサーナを探した。
「ミラ様!」
ちょうど他の者との挨拶を終えたらしいリサーナが、ミラジェーンに気づいて手を振った。
「リサ様! エリオット様、参りましょう」
「……ミラ、ご友人だからといって、令嬢がそのように大声で呼びかけ、手を振るものではないよ」
「そ、それは失礼いたしました……」
しかめ面のエリオットに、ミラジェーンは引きつった表情で頷いた。
「今後は僕がしっかり教えてあげるから安心して。さあ、行こうか」
「え、ええ」
気を取り直すように、ミラジェーンは微笑んでリサーナのもとへと向かった。
その後は様子をうかがいながら、順に挨拶をして回った。
エリオットとミラジェーンは、それぞれ公爵家と侯爵家の出であるものの、いずれもまだ爵位を継いでおらず若く、さらに婚約が決まったばかりであるため、自ら出向いて挨拶に回る必要があった。
「これはこれは、ミラジェーン様。こちらが例の婚約者殿ですかな?」
そう微笑んだ老爺は、王城でミラジェーンとともに財政管理を行ってきた人物であった。
「そうなのです。ご紹介できるのを楽しみにしておりましたわ。エリオット様、こちらはブライズ侯爵家と長年付き合いのある家柄でして……」
「あ、はい。エリオット・オリンと申します……」
エリオットが矍鑠とした老人におっかなびっくり挨拶する様子を、ミラジェーンは笑顔で見守った。
老爺としばらく談笑した後、二人はまた他家へと挨拶に向かったが、その途中でエリオットは飲み物を取るために壁際へと移動した。
「ミラ、先程のご老人とは親しいのか」
エリオットは華奢なシャンパングラスを片手に、ミラジェーンへ振り向いた。
「ええ、先ほどもお伝えしたとおり、先々代からの付き合いですし、私に帳簿の見方を現地で教えてくださったのもあの方です。私の尊敬する……目標とさせていただいている方の一人ですわ」
ミラジェーンは誇らしげにエリオットを見上げた。
しかし、エリオットの表情はミラジェーンの予想とは大きく異なっていた。
「ミラ、あのご老体は子爵だろう? その程度の爵位しか得られなかった者を師と仰ぐのは、公爵夫人としていかがなものかと思うよ。そんなだから相手からも敬意を得られず、あのような扱いをされるんだ」
「個人の資質は爵位で量るものではありませんし、私はあの方を師として慕っております。それに、雑な扱いなど受けてはおりませんわ。あれは雑ではなく、親しみを込めてのことです」
「ミラ、このような場で令嬢が大声を出してはいけない。先ほども言っただろう?」
「ですが……」
ミラジェーンは唇を噛んだ。
エリオットの顔には慈愛のようなものが浮かんでおり、それは幼子に言い聞かせるような表情にミラジェーンには映った。
「オリン公爵家に嫁入りしたら、付き合う相手は考えなければならないよ。女性である君には難しいかもしれないけれど、僕がきちんと教えてあげるから。あのご老体は……今はかまわない。君は城での華やかな顔の役目を任されているのだろう? きちんと終わらせておいで。立つ鳥跡を濁しては、オリン公爵家の名誉に関わる」
笑顔のまま言い終えたエリオットに、ミラジェーンは何と言えばよいのかわからなかった。
彼女が黙ったままうつむくと、エリオットは穏やかな声で続けた。
「さあ、そろそろ主催者の挨拶が始まるようだ。君のやかましいご友人も登壇しているね。せいぜい話を伺いに行こう」
「……はい」
ミラジェーンは顔を上げた。
このような場で騒ぎ立てるわけにはいかず、友人に心配をかけるわけにもいかなかった。
いつものように背筋を伸ばしてエリオットの隣を歩いたが、その腕に手を添える気にはなれなかった。