婚約者にバカにされ続けた侯爵令嬢が「ざまぁ」するに至るまで
「お待たせしました、兄上、義姉上」

「やあ、こちらの準備は万端だよ」

「ようこそ、ミラさん、エリオット」


 温室の中央にはテーブルが置かれ、それを囲むように並べられた椅子の一つからルーシーが立ち上がった。


「ミラさん、シミューズドレスを着てきてくださったのね。着心地はいかがかしら」

「はい、苦しくありませんし、身体も軽く、とても動きやすい素晴らしい装いですわ」

「やはりそうよね。ウエストはリボンや帯で軽く押さえる程度にして、ガウンに刺繍を施せばそれらしく見えるようになるのではないかと思うのよ」


 ルーシーも同じくシミューズドレスを着用しており、明るいレモンイエローの薄手の生地を幾重にも重ね、ふわりと広げていた。

 羽織っているガウンは灰色の落ち着いた色合いだが、濃い青の糸でリンドウと王家の紋章である竜の繊細な刺繍が施されている。……それは第一王子の髪と瞳の色でもあった。


「姉上、このような品のないドレスを僕の婚約者に着せないでいただけませんか。太ましく、みっともないではありませんか」


 エリオットが唇を尖らせた途端、ルーシーの目がつり上がった。

 ルーシーが口を開く前に、第一王子のアッシュが素早く立ち上がり彼女の腕を引いた。


「エリオットくん、たしかに見慣れないドレスかもしれないね」


 アッシュはエースとよく似た穏やかな表情で、ルーシーを背にかばった。

 ルーシーがアッシュの後ろで深呼吸しているのを、ミラジェーンはどう受け止めればよいのか、どのような顔でいればよいのか分からないまま見つめていた。


「だがこれは、北部が観光のためにと、地元で古くから愛されている衣装と掛け合わせて考えられた品だ。容易に強い言葉で否定することは、その地域に古くから住まう人々の歴史を否定することにもなる。よく考えて発言してほしい」

「……申し訳ございません。軽率な発言でした。あまりに見慣れぬ形故、戸惑ってしまいまして」

「うん、そうだよね。俺も最初に見たときは驚いたよ。けれど」


 アッシュは振り向き、ルーシーの腰を抱き寄せた。


「このドレスを纏っているときの俺の婚約者は、いつものコルセットで締め付けているときよりも、ずっとかわいらしく見える。だから俺は気に入っているよ」

「ちょ、殿下!」


 ルーシーが頬を染めてアッシュの胸を手で押したが、彼は離そうとしなかった。

 ミラジェーンは二人の微笑ましいやり取りを見ていたが、ふと自身のガウンを見下ろした。そしてそれが、隣で微笑んでいる第二王子の持つアメジストの瞳と同じ色であることに気づいた。

 しかし、気づいたからといって、その場で問うことも脱ぐこともできず、エリオットの方へと向き直った。


「エリオット様、お茶にいたしましょう。ルーシー様がご用意くださる品は、いつもとても美味しいのですから、ぜひご一緒にいただきましょう」

「あ、ああ、そうだな……」

「ミラ、エリオットくん、こちらのガレットがおすすめだからぜひ」


 エースは笑みを浮かべてミラジェーンに椅子を引き、自らも素早くその隣に腰を下ろした。

 エリオットはなお困惑の面持ちだったが、ともかくミラジェーンの隣に腰を下ろした。


「まあ、殿下。それはわたくしが用意したものでしてよ」


 ルーシーが笑みを浮かべながらエリオットの隣に座り、アッシュがルーシーとエースの間の椅子を引いた。

 全員が席に着き、アッシュが声をかけて茶会が始まった。

 エリオットがミラジェーンの耳元でささやいた。


「僕も王族からの覚えがずいぶんめでたくなって、君も嬉しいだろう?」

「そ、そうでしょうか……?」

「まあ、金の計算しかできない君には、この機微はわからないかもしれないね」


 そう言ってエリオットは、笑顔でアッシュの発言に頷いて見せた。

 ミラジェーンは首を傾げたが、反対の隣に座るエースに菓子を勧められたため、エリオットの発言にそれ以上の指摘はできなかった。
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