婚約者にバカにされ続けた侯爵令嬢が「ざまぁ」するに至るまで
「お父様、帰ったらお話がありますの」


 ミラジェーンはエースと作戦会議を終えた後、帰宅途中の馬車でブライズ侯爵に声をかけた。


「……聞こう。今じゃなくていいのかい?」

「はい。お母様にも聞いていただきたい話ですので」

「わかった」


 それきりブライズ侯爵は追及せず、ミラジェーンも何も言わなかった。




 帰宅後、ブライズ侯爵とミラジェーンはまっすぐ食堂へ向かった。

 すぐにブライズ侯爵夫人とアドルフもやって来て、四人は席についた。


「ミラ、話とは?」

「エリオット様との婚約を破棄させていただきたく思います」

「そうか、手続きについては確認してあるのかい?」


 あっさりと頷いた父に、ミラジェーンは目を丸くした。


「お、お父様、そんなにあっさりと受け入れてしまってよろしいのですか?」

「私たちからもそれとなく、あなたに婚約破棄をすすめようか相談していましたから」

「えっ」


 夫人が侍女にサラダを取り分けさせながら淡々と続けると、ミラジェーンはますます困惑した。どうも、エリオットの醜態を知らなかったのは自分だけらしい。……もっとも、周囲が気を遣って隠していた可能性も高いが。

 すでに食事を始めていた兄までもが大きく頷いた。


「あの男の女遊びは、今や貴族の間ではいい噂の種だからな。恋人も友人もそろばんだけだと自負している俺の耳に入るくらいにはな」

「お兄様はもう少し社交界に顔をお出しになって……そんなに?」

「そんなに、なんだ」


 ブライズ侯爵が重々しく答えた。


「今日、オリン公爵が登城していたのは知っているね? あれは国王陛下からのお叱りだよ。エリオットくんの手綱を握れていなかったことに対するね」

「あ、だから殿下に挨拶を止められたのですね」


 ミラジェーンがエースに、オリン公爵への挨拶をやんわりと止められたことを話すと、アドルフが笑った。


「そりゃ止めた方がいい。エリオットくんとミラの格の違いを見せつけるようなものだからな」

「お兄様はエリオット様がお好きではありませんのね」

「好きなわけないだろう。あんなひょうろく」

「ひょうろく……?」


 今日は聞き慣れない罵倒ばかりだと思いながら、ミラジェーンは首を傾げた。


「間抜けで愚鈍だと言っているんだ。ブライズ侯爵家長女の婿にふさわしい人物だとは、とても思えない」


 冷たく言い放つアドルフに夫人も同調した。


「ええ、その通りです。貴族の情勢にも他国との関係にも疎く、なにより我が家を無遠慮に見下している。いいですか、ミラジェーン。東の国にはこういう言い伝えがあるそうです。舐められたら首を取れと」

「本当ですの……?」

「お前たち、落ち着かないか。首はさておき」


 怒りに駆られた妻と息子を宥めつつ、ブライズ侯爵はミラジェーンを見た。

 彼の手元の皿は、きれいなままだった。


「国王陛下も状況をご存じで、どうにか火消しをなさろうとはしていたがね。ほら、陛下は愛妻家でいらっしゃるから」

「そうでしたの」


 一般に国王は離宮に第二妃や第三妃を置き、愛妾を囲うこともあるが、現国王はそのようなことはしなかった。

 正妻が王子を立て続けに二人産み、どちらも健やかに育っているから……というのが公式の理由だが、実際には国王が正妻を深く溺愛していたためである。


 そのような国王夫妻を見て育ったアッシュとエースもまた、浮名を流すこともなく恋人を作ることもなく、それぞれデビュタントで見初めた相手のみに求愛していた。アッシュは早い段階で恋を実らせ、婚約まで済ませた。

 しかし弟のエースは、相手がなかなか首を縦に振らず……という事情を、ミラジェーン本人だけが理解していなかった。


「では、オリン公爵に婚約破棄の意思をお伝えし、エリオット様にもご理解いただいた上で話を進める……ということでよろしいでしょうか」

「オリン公爵はともかく、エリオットくんはそう簡単には首を縦に振らないと思うがね」

「殿下にもそう言われました。ですので、作戦を考えたのですが」


 ミラジェーンはエースや秘書と相談したことをブライズ侯爵夫妻と兄に話した。

 三人は頷き、いくつか助言を与えながら詳細を詰めた。


「やるしかありませんのね」

「残念だけどね」


 アドルフの気のない返事に、ミラジェーンは黙ってフォークを置いた。


「……お先に失礼します」


 ブライズ侯爵夫妻が気遣うような視線を向けたが、ミラジェーンはそれに気づかぬまま食堂を後にした。

 そして手早く湯浴みを済ませ、そのまま床についた。

 できる限り心身を休め、決戦に臨まねばならない。
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