婚約者にバカにされ続けた侯爵令嬢が「ざまぁ」するに至るまで
エースがバルコニーに出ると、痩せ細った男の背中が見えた。
くすんだ金髪と、色あせたスーツが夜風に吹かれていた。
足音に気が付いたのか男が振り返った。
「……これはこれは」
男は口元を皮肉に歪めて笑った。
「王国の小さな太陽である第二王子殿下にご挨拶申し上げます」
「ご丁寧にどうも、エリオット・オリン公爵令息殿」
エースはニコリと微笑んだ。
***
エースの知る限り、エリオットはこの日のパーティで、誰とも挨拶を交わしていなかった。オリン公爵とは先ほど挨拶を交わし、街道整備について頭を下げられていた。
街道整備は、実際のところさほど急ぐ話ではない。現在はあぜ道となっており、通り沿いに農家や酪農家の敷地が点在するのどかな道だが、宿があれば便利でもある。加えて、オリン公爵家は土地を持たない宮仕えの貴族家系であり、街を拓くための知識にも乏しい。そのため、他の貴族や労働階級と関わらせることでエリオットの視野を広げたい――というエースとオリン家の思惑に、ちょうど合致していた。
さらに、ブライズ侯爵からは
「今年度の予算はそろそろ……」
と耳打ちもされていたため、金策もエリオット自身に担わせることで、王家の出費を抑えたい。あわよくば、金は湧いて出るものではないとエリオットに理解させたかった。
そのエリオットは、泣きそうで不機嫌そうな、拗ねたような顔でエースを睨んでいた。
「……僕をいじめて楽しいですか、殿下」
「どれについてのことかな?」
「全部です! なにもかもですよ! 婚約者を奪われ、無体な仕事を押しつけられ、誰からも相手にされなくなって……!」
「婚約者は自業自得だろう。君が彼女を大切にしなかったんだから」
エースが笑みを浮かべたまま淡々と告げると、エリオットの顔はますます歪んだ。
「仕事について言えば、街道整備は急ぐ必要はない。だが、貴族会議でオリン公爵家に任せると宣言した以上、遅れれば遅れるほど公爵家の評判に関わるだろう」
「お、脅すのですか!?」
「事実を述べただけだ。君は公爵家令息なのだろう? それくらいのことはしてみるといい。もちろん、どうしてもできないということであれば、オリン公爵を通じて連絡してくれればいいよ。他の者に回すから」
エリオットは拳を握りしめてうつむいた。
エースは、エリオットが断った場合に誰へ頼むべきか考えた。エリオットの浮気相手であるグロッタ男爵令嬢やアーシェス子爵令嬢でもよいかもしれない。彼女らの家は開拓系の労働者階級と近しく、むしろ適切に事業を展開してくれるだろう。
「……考えさせてください」
「もちろん」
絞り出すような声に、エースは快く頷いた。
「それから、誰からも相手にされなくなったのも、完全に自業自得だろう」
ふとエースの笑みが消えたが、うつむいたままのエリオットはそれに気づかなかった。
「婚約者を大切にせず、家のことも放り出して放蕩を尽くし、それを王家に咎められたのだ。そんな男に関わりたい者がいるわけがないだろう」
「……っ」
エリオットは勢いよく顔を上げ、エースを睨んだ。
しかし、その冷たいまなざしに顔を青くし、後ずさった。
「知っているかい、エリオット・オリン。我がニーズヘッグ家の始祖は表向きにはドラゴンということになっているが、王家に伝わる古文書には、ニーズヘッグは『蛇』であったという記載もある。つまり、王家の人間は執念深く、欲しいものは諦めず、狡猾なのだ。――そして、君はそのニーズヘッグの宝を傷つけた。意味は自分で考えるといい。いい加減、自分の頭で考えるべきだ。俺は――というよりミラは優しいから、そういう機会を君に与えてくれたのだろう」
エリオットは動けなかった。
エースの瞳が縦に裂けたように見え、恐怖のあまり震えることすらできなかった。
くすんだ金髪と、色あせたスーツが夜風に吹かれていた。
足音に気が付いたのか男が振り返った。
「……これはこれは」
男は口元を皮肉に歪めて笑った。
「王国の小さな太陽である第二王子殿下にご挨拶申し上げます」
「ご丁寧にどうも、エリオット・オリン公爵令息殿」
エースはニコリと微笑んだ。
***
エースの知る限り、エリオットはこの日のパーティで、誰とも挨拶を交わしていなかった。オリン公爵とは先ほど挨拶を交わし、街道整備について頭を下げられていた。
街道整備は、実際のところさほど急ぐ話ではない。現在はあぜ道となっており、通り沿いに農家や酪農家の敷地が点在するのどかな道だが、宿があれば便利でもある。加えて、オリン公爵家は土地を持たない宮仕えの貴族家系であり、街を拓くための知識にも乏しい。そのため、他の貴族や労働階級と関わらせることでエリオットの視野を広げたい――というエースとオリン家の思惑に、ちょうど合致していた。
さらに、ブライズ侯爵からは
「今年度の予算はそろそろ……」
と耳打ちもされていたため、金策もエリオット自身に担わせることで、王家の出費を抑えたい。あわよくば、金は湧いて出るものではないとエリオットに理解させたかった。
そのエリオットは、泣きそうで不機嫌そうな、拗ねたような顔でエースを睨んでいた。
「……僕をいじめて楽しいですか、殿下」
「どれについてのことかな?」
「全部です! なにもかもですよ! 婚約者を奪われ、無体な仕事を押しつけられ、誰からも相手にされなくなって……!」
「婚約者は自業自得だろう。君が彼女を大切にしなかったんだから」
エースが笑みを浮かべたまま淡々と告げると、エリオットの顔はますます歪んだ。
「仕事について言えば、街道整備は急ぐ必要はない。だが、貴族会議でオリン公爵家に任せると宣言した以上、遅れれば遅れるほど公爵家の評判に関わるだろう」
「お、脅すのですか!?」
「事実を述べただけだ。君は公爵家令息なのだろう? それくらいのことはしてみるといい。もちろん、どうしてもできないということであれば、オリン公爵を通じて連絡してくれればいいよ。他の者に回すから」
エリオットは拳を握りしめてうつむいた。
エースは、エリオットが断った場合に誰へ頼むべきか考えた。エリオットの浮気相手であるグロッタ男爵令嬢やアーシェス子爵令嬢でもよいかもしれない。彼女らの家は開拓系の労働者階級と近しく、むしろ適切に事業を展開してくれるだろう。
「……考えさせてください」
「もちろん」
絞り出すような声に、エースは快く頷いた。
「それから、誰からも相手にされなくなったのも、完全に自業自得だろう」
ふとエースの笑みが消えたが、うつむいたままのエリオットはそれに気づかなかった。
「婚約者を大切にせず、家のことも放り出して放蕩を尽くし、それを王家に咎められたのだ。そんな男に関わりたい者がいるわけがないだろう」
「……っ」
エリオットは勢いよく顔を上げ、エースを睨んだ。
しかし、その冷たいまなざしに顔を青くし、後ずさった。
「知っているかい、エリオット・オリン。我がニーズヘッグ家の始祖は表向きにはドラゴンということになっているが、王家に伝わる古文書には、ニーズヘッグは『蛇』であったという記載もある。つまり、王家の人間は執念深く、欲しいものは諦めず、狡猾なのだ。――そして、君はそのニーズヘッグの宝を傷つけた。意味は自分で考えるといい。いい加減、自分の頭で考えるべきだ。俺は――というよりミラは優しいから、そういう機会を君に与えてくれたのだろう」
エリオットは動けなかった。
エースの瞳が縦に裂けたように見え、恐怖のあまり震えることすらできなかった。