宇宙(そら)からきたプリンセス ~星海とアマネの七日間~
第2話 転校生はプリンセス
翌朝、ドキドキしながら学校への道を歩いていたわたしの前に現れたアマネは実に小学生然としていた。
黒のボアワンピースにデニムのショーパン、黒のハイソックスと、やはり全体的に黒みがかった服を着ていたが、これが実によく似合っていた。
「この惑星における最低限の常識は入手したから、そうそう変なことにはならないと思う。低出力だけど洗脳波も出しているから何かやらかしても皆スルーしてくれるはずよ」
「あとはわたしが上手いことフォローすればいいのね? わかった」
そうして正門で別れたアマネは、朝のホームルーム時にシレっとした顔で先生に連れられて教室に入ってきた。
クラスメイトの視線を集めながら、白墨を持ったアマネが慣れた手つきで黒板に名前を書く。
白墨で黒板に字を書く、なんて初めてのことだろうに、実に綺麗な字だ。
振り返ってニコっと微笑む。
「空野天音。そちらに座っている桜井星海の遠い親戚です。皆さん、よろしくね」
クラスじゅうから拍手が沸くなか、アマネは悠然とわたしの隣の席に座った。
潜入成功! でもここ、空き席だったっけ?
わたしは教科書を見せるフリをして小声でアマネに話しかけた。
「すごいね、宇宙人の技術」
「そりゃあね。でも心配はいらないわ。私が去れば私に関する記憶はそっくり消えるし、それに関する身体的影響も出ない。安心してちょうだい」
「分かった。信じる」
こうして近くで見ると、アマネは本当にきれいな子だと思う。
髪はさらっさらだし、肌もきめ細やかで、天使みたいだ。
そして、そんなきれいな女の子にクラスメイトの関心が向かないわけがなく、休み時間になるたびにアマネは大勢の人たちに囲まれた。
「アマネさん、趣味は?」
「前の学校、どんなところだったの?」
「好きな科目とかある?」
すごいすごい。他のクラスの人たちまで来てるよ。
宿題帳を集めつつ遠くからその様子を眺めていたわたしとアマネの目が合う。
いぶかしげな顔をしたアマネが、人ごみをかきわけてわたしのところに来る。
「何をやっているの? ホシミ」
「宿題帳。集めて先生のところに持っていくの」
「結構な量じゃない。それ、一人で運ぶの? 重くない?」
「委員だし……」
「他の委員は?」
「ケンちゃ……加藤くんは……どこいったろ。あ、でも一人でなんとかなるし。大丈夫」
わたしは笑った。
分かってるんだ、わたしがいいように使われてるってことは。
次の瞬間、アマネの後方からオレンジ色の小さな玉が飛んできた。
ピンポン玉だ。
教室の後ろのほうで、男子たちがピンポン玉を使った野球をしていたのだ。
ピッチャー役がピンポン玉を投げ、バッター役がホウキで打つ。
ピンポン玉とはいえ、当たればそれなりに痛い。
だが――。
アマネはススっと身体を横にズラしながら、無造作に右手を横に出した。
寸分の狂いもなく、開いた右手のひらでピンポン玉をキャッチする。
まるで後ろに目でもついているかのような動きだ。
「今、何をしたの?」
だが、アマネはわたしの問いには答えず、後ろを振り返った。
「誰? 教室でこんなもの使って遊んでいるのは」
「おーう、転校生、悪ぃ悪ぃ。パスしてくれー」
男子たちだ。悪びれもせず、近寄ってくる。
「すげぇじゃねぇか、転校生。オレ、加藤ってんだ。お前も混ざるか?」
「加藤……って委員の? あなたは委員としての仕事はしないの?」
「宿題帳集めのことか? そんなの桜井一人で充分だって。それより……」
「宿題帳はもうホシミが集めたわ。だから、運ぶのはあなたがやりなさい!」
アマネはわたしから宿題帳の束をひったくると、そのまま加藤くんに押しつけた。
反射的に受け取った加藤くんが鼻白む。
「あ? おい転校生、ちょっと可愛いからっていい気になるなよ?」
にらみ合う二人。
周囲に集まるクラスメイトたち。
教室が緊迫した空気に包まれる。
衝突を恐れたわたしは、とっさに間に入った。
「アマネ、いいんだって。わたし一人で運べるから」
「ほーら、ミー……桜井もこう言ってんじゃねぇか。転校生が出しゃばるなよ」
加藤くんがお調子者ぶって笑うも、アマネは引かなかった。
アマネは加藤くんの目を真っ直ぐ見て、ゆっくり言った。
「あなたが運ぶの。委員の役割なんでしょ? 二度も言わせないで」
さすが王女というべきか、その言葉には他者の反論を許さぬ迫力があった。
静かで、それでいて美しく、圧倒的に強い存在感。
余裕たっぷり笑っていたはずの加藤くんは、アマネの迫力に気圧され、やがてゴニョニョと言いながら宿題帳の束を持って教室を出ていった。
続けて、他の男子たちも慌てて教室から出ていく。
残った女子たちから、万雷の拍手が起こる。
「すごいね、アマネさん!」
「あいつ、男子のリーダー格だからさ、誰も何も言えなかったのよ」
「いい気味よ!」
「かっこよかったぁ!」
アマネがそれら賞賛の声に、微笑んで対応する。
その態度や所作は、生まれながらの高貴な人のようだった。まぁ、本物のお姫さまだしね。
こうしてアマネの転校初日は特に問題もなく過ぎ去ったのだけれど、それは学校内でのお話。
この後、わたしは思いもかけない事態に遭遇するのでありました。
◇◆◇◆◇
「さ、入って」
「これ……昨日のUFO!?」
学校帰り、わたしたちは昨夜のUFOの墜落現場に来ていた。
だが、そこにあったのはヨーロッパの街中にでも建っていそうな二階建ての瀟洒な洋館だった。
どこにもUFOの面影もなく、自然に家としてそこに建っている。
「形を自由に変えられるのよ。この文明の記録から適当にそれっぽく外見を作り変えたんだけど、特に違和感はないでしょう?」
「それって昨夜服が変わったのと同じような感じ? ナノマシンみたいなものなのかな。でも、中は何もないんだね。もうちょっとメカメカしているかと思ってたけど」
中は一階も二階もなく、ただただ広いだけの銀色の空間だった。
まるでハリボテみたいに外見だけ整っているだけで、中は驚くほど何にもない。
それっぽいのは、奥側の壁に埋め込まれた五十インチほどのモニターの中で、何だか分からない情報が行き交っていることくらい。
ガッカリとまでは言わないが、ちょっと拍子抜けだ。
「家具は全て収納可能で、必要なときに出すって感じかしら。とりあえず椅子とテーブルを出すわ。それに座ってくれる?」
見ている前で床が盛り上がって、そこに椅子とテーブルが現れた。
よくあるダイニングテーブルと椅子だが、色は銀色。落ち着かないことこの上ない。
だがそれよりも――。
「一脚しかないよ? これ、座っちゃっていいの?」
「構わないわ。私は別口だから」
「別口?」
そう。テーブルはともかく、室内にある椅子は一脚だけだ。
ここに座れって? じゃ、アマネは?
アマネはテーブルに両手をつくと、大きな声で言った。
「ハッチオープン!」
次の瞬間、アマネのお腹の辺りの服がボヤけ、そこにバスケットボール大の穴が開いた。
目をまん丸にするわたしの目の前で、お腹の穴から何かが出てきた。
――アマネだ。
さっきまでのアマネと瓜二つの、それでいて三十センチくらいしか身長のないお人形さんのように小っちゃいアマネがテーブルにヒョイっと飛び降りる。
着ているのは昨夜と同じ、銀色のテラテラした宇宙服だ。
「あ、アマネぇぇぇえ!?」
「収納、充電!」
テーブルの上に立った小っちゃなアマネが人間サイズのアマネに向かってそう叫ぶと、アマネは床に吸い込まれて消えた。
思わず固まるわたしに向かって、小さなアマネが軽く笑う。
「驚くほどのこと? 現地人とサイズが違うなんてよくあることよ。ね? だからあなたの手助けが必要なのよ。頼りにしているわよ、ホシミ」
「これが宇宙人の技術なんだ……。が、がんばる……」
こうしてわたしは思いもかけず、小さなアマネのとんでもなく大きな秘密を共有することになったのでした。
黒のボアワンピースにデニムのショーパン、黒のハイソックスと、やはり全体的に黒みがかった服を着ていたが、これが実によく似合っていた。
「この惑星における最低限の常識は入手したから、そうそう変なことにはならないと思う。低出力だけど洗脳波も出しているから何かやらかしても皆スルーしてくれるはずよ」
「あとはわたしが上手いことフォローすればいいのね? わかった」
そうして正門で別れたアマネは、朝のホームルーム時にシレっとした顔で先生に連れられて教室に入ってきた。
クラスメイトの視線を集めながら、白墨を持ったアマネが慣れた手つきで黒板に名前を書く。
白墨で黒板に字を書く、なんて初めてのことだろうに、実に綺麗な字だ。
振り返ってニコっと微笑む。
「空野天音。そちらに座っている桜井星海の遠い親戚です。皆さん、よろしくね」
クラスじゅうから拍手が沸くなか、アマネは悠然とわたしの隣の席に座った。
潜入成功! でもここ、空き席だったっけ?
わたしは教科書を見せるフリをして小声でアマネに話しかけた。
「すごいね、宇宙人の技術」
「そりゃあね。でも心配はいらないわ。私が去れば私に関する記憶はそっくり消えるし、それに関する身体的影響も出ない。安心してちょうだい」
「分かった。信じる」
こうして近くで見ると、アマネは本当にきれいな子だと思う。
髪はさらっさらだし、肌もきめ細やかで、天使みたいだ。
そして、そんなきれいな女の子にクラスメイトの関心が向かないわけがなく、休み時間になるたびにアマネは大勢の人たちに囲まれた。
「アマネさん、趣味は?」
「前の学校、どんなところだったの?」
「好きな科目とかある?」
すごいすごい。他のクラスの人たちまで来てるよ。
宿題帳を集めつつ遠くからその様子を眺めていたわたしとアマネの目が合う。
いぶかしげな顔をしたアマネが、人ごみをかきわけてわたしのところに来る。
「何をやっているの? ホシミ」
「宿題帳。集めて先生のところに持っていくの」
「結構な量じゃない。それ、一人で運ぶの? 重くない?」
「委員だし……」
「他の委員は?」
「ケンちゃ……加藤くんは……どこいったろ。あ、でも一人でなんとかなるし。大丈夫」
わたしは笑った。
分かってるんだ、わたしがいいように使われてるってことは。
次の瞬間、アマネの後方からオレンジ色の小さな玉が飛んできた。
ピンポン玉だ。
教室の後ろのほうで、男子たちがピンポン玉を使った野球をしていたのだ。
ピッチャー役がピンポン玉を投げ、バッター役がホウキで打つ。
ピンポン玉とはいえ、当たればそれなりに痛い。
だが――。
アマネはススっと身体を横にズラしながら、無造作に右手を横に出した。
寸分の狂いもなく、開いた右手のひらでピンポン玉をキャッチする。
まるで後ろに目でもついているかのような動きだ。
「今、何をしたの?」
だが、アマネはわたしの問いには答えず、後ろを振り返った。
「誰? 教室でこんなもの使って遊んでいるのは」
「おーう、転校生、悪ぃ悪ぃ。パスしてくれー」
男子たちだ。悪びれもせず、近寄ってくる。
「すげぇじゃねぇか、転校生。オレ、加藤ってんだ。お前も混ざるか?」
「加藤……って委員の? あなたは委員としての仕事はしないの?」
「宿題帳集めのことか? そんなの桜井一人で充分だって。それより……」
「宿題帳はもうホシミが集めたわ。だから、運ぶのはあなたがやりなさい!」
アマネはわたしから宿題帳の束をひったくると、そのまま加藤くんに押しつけた。
反射的に受け取った加藤くんが鼻白む。
「あ? おい転校生、ちょっと可愛いからっていい気になるなよ?」
にらみ合う二人。
周囲に集まるクラスメイトたち。
教室が緊迫した空気に包まれる。
衝突を恐れたわたしは、とっさに間に入った。
「アマネ、いいんだって。わたし一人で運べるから」
「ほーら、ミー……桜井もこう言ってんじゃねぇか。転校生が出しゃばるなよ」
加藤くんがお調子者ぶって笑うも、アマネは引かなかった。
アマネは加藤くんの目を真っ直ぐ見て、ゆっくり言った。
「あなたが運ぶの。委員の役割なんでしょ? 二度も言わせないで」
さすが王女というべきか、その言葉には他者の反論を許さぬ迫力があった。
静かで、それでいて美しく、圧倒的に強い存在感。
余裕たっぷり笑っていたはずの加藤くんは、アマネの迫力に気圧され、やがてゴニョニョと言いながら宿題帳の束を持って教室を出ていった。
続けて、他の男子たちも慌てて教室から出ていく。
残った女子たちから、万雷の拍手が起こる。
「すごいね、アマネさん!」
「あいつ、男子のリーダー格だからさ、誰も何も言えなかったのよ」
「いい気味よ!」
「かっこよかったぁ!」
アマネがそれら賞賛の声に、微笑んで対応する。
その態度や所作は、生まれながらの高貴な人のようだった。まぁ、本物のお姫さまだしね。
こうしてアマネの転校初日は特に問題もなく過ぎ去ったのだけれど、それは学校内でのお話。
この後、わたしは思いもかけない事態に遭遇するのでありました。
◇◆◇◆◇
「さ、入って」
「これ……昨日のUFO!?」
学校帰り、わたしたちは昨夜のUFOの墜落現場に来ていた。
だが、そこにあったのはヨーロッパの街中にでも建っていそうな二階建ての瀟洒な洋館だった。
どこにもUFOの面影もなく、自然に家としてそこに建っている。
「形を自由に変えられるのよ。この文明の記録から適当にそれっぽく外見を作り変えたんだけど、特に違和感はないでしょう?」
「それって昨夜服が変わったのと同じような感じ? ナノマシンみたいなものなのかな。でも、中は何もないんだね。もうちょっとメカメカしているかと思ってたけど」
中は一階も二階もなく、ただただ広いだけの銀色の空間だった。
まるでハリボテみたいに外見だけ整っているだけで、中は驚くほど何にもない。
それっぽいのは、奥側の壁に埋め込まれた五十インチほどのモニターの中で、何だか分からない情報が行き交っていることくらい。
ガッカリとまでは言わないが、ちょっと拍子抜けだ。
「家具は全て収納可能で、必要なときに出すって感じかしら。とりあえず椅子とテーブルを出すわ。それに座ってくれる?」
見ている前で床が盛り上がって、そこに椅子とテーブルが現れた。
よくあるダイニングテーブルと椅子だが、色は銀色。落ち着かないことこの上ない。
だがそれよりも――。
「一脚しかないよ? これ、座っちゃっていいの?」
「構わないわ。私は別口だから」
「別口?」
そう。テーブルはともかく、室内にある椅子は一脚だけだ。
ここに座れって? じゃ、アマネは?
アマネはテーブルに両手をつくと、大きな声で言った。
「ハッチオープン!」
次の瞬間、アマネのお腹の辺りの服がボヤけ、そこにバスケットボール大の穴が開いた。
目をまん丸にするわたしの目の前で、お腹の穴から何かが出てきた。
――アマネだ。
さっきまでのアマネと瓜二つの、それでいて三十センチくらいしか身長のないお人形さんのように小っちゃいアマネがテーブルにヒョイっと飛び降りる。
着ているのは昨夜と同じ、銀色のテラテラした宇宙服だ。
「あ、アマネぇぇぇえ!?」
「収納、充電!」
テーブルの上に立った小っちゃなアマネが人間サイズのアマネに向かってそう叫ぶと、アマネは床に吸い込まれて消えた。
思わず固まるわたしに向かって、小さなアマネが軽く笑う。
「驚くほどのこと? 現地人とサイズが違うなんてよくあることよ。ね? だからあなたの手助けが必要なのよ。頼りにしているわよ、ホシミ」
「これが宇宙人の技術なんだ……。が、がんばる……」
こうしてわたしは思いもかけず、小さなアマネのとんでもなく大きな秘密を共有することになったのでした。