宇宙(そら)からきたプリンセス  ~星海とアマネの七日間~

第3話 絶体絶命のプリンセス

 それは体育の時間の話だった。
 種目はグラウンドでの男女混合ドッチボール。
 双方、少しずつ人が外野へと移動していく。

 ちなみにわたしは真っ先にボールを当てられ、外野行きになった。
 以降、パス回しのボールすら回ってこないのは、わたしが運動があまり得意でないことをみんな知っているからだ。
 そして、言うまでもなくアマネはコートの中で軽やかにボールを避け続けていた。
 
「うっわ、きれい……」

 思わずつぶやく。
 アマネはまるで体操選手のように身体をしならせ、華麗にボールを避けている。
 そのたびに、長くつややかな黒髪がなびく。
 それを見ていると、アマネはたかがドッチボールでさえ星の王女の品格を出すものなのかと感心してしまう。
 中身、実は小さいんだけどね。

「あっ!」

 ボンヤリと見ていたわたしの視線の先で、アマネがバランスを(くず)した。
 コートに小さなくぼみがあったらしい。

「もらい!!」
 バシィィィン!!

 加藤くんの投げたボールが背中に当たって、アマネがコートに突っ伏した。

 ピピィィィィ!
空野(そらの)さん、アウト!」

 先生のホイッスルが鳴り、アウトの判定がくだる。

「あぁ、残念!」
「ドンマイ!!」
「気にしないで!」
「大丈夫?」

 コートの内外から、ねぎらいの声がかかる。
 そんななか、アマネは静かに立ち上がって体操服についた土ぼこりを払った。
 アマネが体操服をポンポンと叩きながら一瞬わたしの方をみて(かす)かにうなずく。

 何かトラブルが起こった!?

 アマネは少し右足をかばうようにして歩き出すと、外野に入ることなくそのままコートを出た。
 ルールと違う動きに、みんなの視線が集中する。
 異変を感じ取ったわたしは、とっさに声をあげた。

「先生! アマネ、怪我をしたみたいなんで、保健室に連れていきます!」
「え? 大丈夫!?」
「大丈夫です。わたしがついています!」
「そう。桜井さんが付き添ってくれるなら安心ね。じゃあ頼んだわ。さぁ、みんなは試合を再開して!」

 コートからの歓声を背中で聞きながら、わたしはアマネに寄り添うと、肩を貸してあげながら小声で尋ねた。

「どうしたの? 足、ひねった?」
「……転んだときの衝撃(しょうげき)でくるぶしの回路が接触不良(せっしょくふりょう)を起こしたわ。場合によっては強化外骨格(スーツ)が作動不良になる。今すぐ故障個所のチェックが必要よ」
「それって動けなくなるってこと!? マズいじゃん! どうすればいい?」
「洗脳波で保健の先生を追い払うから、ホシミは人が入れないよう見張っていてくれる?」
「わかった」 

 アマネの工作が効いたようで、わたしたちが保健室に着いたときには、すでに保健室は無人だった。
 念のため、扉のカギをかける。
 
 アマネがイスに座ると、体操服のお腹の辺りがボヤけ、そこに穴が開いた。
 そこから銀色のスーツを着た小さなアマネが飛び出すと、人間大アマネの右くるぶしに取りついた。
 何やら機械を操作している。

 人間大のアマネはというと、座ったまま無表情で、じっと宙を見つめている。
 中身がいないから当然といえば当然なんだけど、美少女とはいえまばたき一つしないのはかなり不気味ではある。
 小さなアマネがため息交じりに言った。

「思った通り、回路に異常が出ているわ。でもこれなら三十分もあれば自動修復できそう。悪いけどホシミ、修理が済むまで付き合ってくれないかしキャァァァァアア!!!!」 
「アマネ!?」
「ナァァァア!」

 視線の先――部屋の中央に、小さな生き物がいた。
 黒くて小さくて……ネコ!?
 黒ネコが小さなアマネを口に(くわ)えている!!

 ハっとして見ると、裏庭方面の窓にかけられたカーテンが揺れている。
 しまった、ドアの方にばかり気を取られていて、窓に注意が向いていなかった!!

「ナァァァア!!」
「ホシミぃぃぃ!!」

 アマネの悲鳴が響く。
 ネコはこちらを威嚇(いかく)すると、開いた窓を乗り越え裏庭へと降りた。
 小さなアマネを咥えたまま!

「待ちなさい!!」

 わたしも窓を乗り越え、裏庭へと降りた。
 もう、無我夢中。
 でも、必死に追いかけるもドンドン離されていく。
 なにせ相手はネコだ。身軽だしすばしっこいし、どこにでも入っていける。
 人間の子どもごときが追いつけるはずもない。

 それでもわたしは追いかけるのをやめなかった。
 なにせ、アマネの命がかかっている!

「負けるかぁ!!!!」  

 ……とはいえ。
 根性論(こんじょうろん)がそんなに長いこと通じるわけもなく、運動音痴(うんどうおんち)のわたしが長時間走り続けることもできるわけもなく。

 足が止まりそうになる瞬間、わたしの視界に汚れて放置されたプラスチック製の皿が映った。
 植木鉢の受け皿だ。

「これだ! 当たれぇぇぇぇ!!」

 わたしは駆け寄って急いで拾うと、逃げるネコに向かって投げた。
 形は違えど、わたしは愛犬みたらしを相手に何万回もフリスビーを投げた。
 今じゃかなりの確率で、狙ったところに飛ぶほどの腕になっているんだ!

 勢いよく飛んだ皿はわたしの想定した通りのコースを飛ぶと、狙いあやまたずネコの首に当たった。

「フギャっ!!」
「よし!!」

 予想だにしない攻撃をくらってビックリしたのか、黒ネコはその場に何かを落とすと、ジグザクに走って逃げていった。

「あ、ま、待ちな……さい……」

 ぜぇはぁと荒い息を吐きながら歩いて行くと、小さなアマネが地面にペタンと座り込んでいた。
 
「良かった……」

 わたしの声に気づいて振り返ったアマネは、王女に似つかわしくないくらい涙で顔をぐしゃぐしゃにしていた。

 サイズは違えど、そこにはわたしと同じ、等身大の普通の女の子がいた。
 そんなアマネをそっと拾い上げ、優しく抱きしめる。

「アマネ……大丈夫だった?」
「ホシミぃぃぃ。ひぃぃぃぃん」

 ホっとして力の抜けたわたしとアマネは、地面にしゃがみ込んで、しばらくそうして泣き続けていたのでした。

 ◇◆◇◆◇

 コンコン……。
 ノックの音だ。

 くるぶしの修理も無事終わって、アマネがスーツをストレッチさせているところで保健室の扉が叩かれた。
 わたしはアマネと目を交わすと、そっとカギを外し、扉を開けた。

 そこにいたのは意外や意外、加藤くんだった。
 時間的には体育の授業がちょうど終わった辺りだが、体操服を着替えてもいない。
 つまり、教室に行かずに真っ直ぐ保健室に来たのだ。
 わたしとアマネに見つめられて、加藤くんの目が泳ぐ。

「よ、よぉ、転校生。怪我……大丈夫か?」
「ちょっとひねっただけよ。湿布を貼ったから明日には治っているでしょ」
「そ、そうか。なら良かった……」

 保健室を沈黙が占める。
 やれやれ。

「ケンちゃん? ここには他に誰もいないし、ケンちゃんが本当は素直ないい子なんだって、わたしは知ってるよ?」
「うっせぇよ、ミー。……つまり、その、なんだ。……ごめんなさい」

 素直に頭を下げる加藤くんを見て、アマネが驚きの表情を浮かべる。
 ふむ。中の小さなアマネ本体と外見のスーツアマネは表情がリンクしているのかしら。
 宇宙人の謎技術、面白ーい。

「『ケンちゃん』に『ミー』? あなたたち、知り合いだったの?」
「幼稚園からのね。ケンちゃんもあの頃はずっと手を繋いでいてくれていたのに、ここ数年無視するようになっちゃってさ」
「や、やめろって、ミー! だって……恥ずかしいじゃんか。他の男どもの前で女とチャラチャラ話せるかってんだ」

 加藤くんが顔を真っ赤にしてそっぽを向く。
 それを見たアマネがプっと噴き出す。

「何にせよ、ありがとう加藤くん。私は大丈夫だから心配しないで」
「お、おぅ。んじゃ、オレは行くから。お大事にな」

 加藤くんが扉を開けて出ていくのを見送ったアマネは、わたしを真っ直ぐに見て言った。

「正直ホシミのこと、見くびっていたところがあったわ。ただの大人しい女の子だって。でも、私を救うべく追いかけてくれたことや救出の手際、そして加藤くんのこととか、ホンっト見直した。あなたを選んで良かった。これからもよろしくね、ホシミ」
「もっちろん!」

 こうして小さからぬ試練を乗り越えたわたしとアマネは、笑いながら握手を交わしたのでした。
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