雨のち花憑き


​「まずは、いつものお菓子買ってきてる、月霧堂に行ってみない? 夜はライトアップされてて綺麗なんだよ」


「おっ、またあの美味い塊が食えるのか! 賛成だ!」


​クロの尻尾が⋯⋯いや、今は術で隠れているが、勢いよく振られているのが空気でわかる。


鈴花は、天満と付かず離れずの距離を保ちながら、緊張でガチガチになりつつ石段を降りた。


夜の商店街。
街灯の下を歩く四人は、いやでも目立った。


「ねぇ見て、あの人たち……モデル?」

「ヤバい、真ん中の銀髪の人、彫刻みたい……」


すれ違う女子高生や会社員たちが、一瞬で足を止め、息を呑む。
鈴花は下を向いて「私はただのガイドです、関係者じゃありません」と心の中で呪文のように唱えた。


​やがて、老舗の風格漂う月霧堂に到着した。

夜の店舗は、軒先に吊るされた古い提灯が温かな光を放ち、ショーケースの中の和菓子が宝石のように輝いている。


​「うわぁ……! ハク、見ろよ! 昼間よりキラキラしてるぞ!」


クロがショーケースに文字通り張り付いた。


「鈴花、これと、これと、あとあっちのピンクのやつもくれ!」


「おやおや、クロ、そんなに頼んだら鈴花さんが困ってしまいますよ。……でも、こちらのも、芸術的な美しさですねぇ」


店主の老人は、突如現れた圧倒的オーラの三人に度肝を抜かれたようで、メガネを何度も拭き直している。


「あ、あの、すみません! この子たちがご迷惑を……」


鈴花が慌てて財布を取り出そうとすると、店主の隣で接客をしていたお姉さんが、顔を真っ赤にしながら身を乗り出してきた。


​「い、いいえ! 全然迷惑じゃありません! ……っていうか、お連れの方々、お名前伺ってもいいですか!? あ、いえ、宣伝用にお写真だけでも……!」


「写真は勘弁してやってください……」


鈴花が苦笑いしながら財布を開く。
中学生のお小遣いでは、クロの「あれもこれも」は少し厳しい。


うぅ、足りるかな……。栗饅頭に、水羊羹に、季節の生菓子……。


計算しようとしたその時、店主のお姉さんが鼻息荒くレジを叩いた。


「いいのよ、お嬢ちゃん! 今日は特別、タイムセール……いや、『美形……じゃなくて、ご新規様割引』で、全部で千円でいいわ!」


「えっ!? 安すぎませんか!?」


「いいのよ! この銀髪の方の、その……『眼福代』だと思って頂戴!」


天満はというと、自分が値引きの対象になっていることなど露ほども知らず、店の奥に飾られた古い掛け軸をじっと見つめていた。​

鈴花は慌てて五百円玉を差し出し、ずっしりと重いお菓子の袋を受け取った。


クロは「やったぜ!」と拳を突き出し、ハクは「現世の商売は面白いですねぇ」と楽しそうに笑っている。


​店を出ると、夜風が火照った鈴花の頬を優しく撫でた。

背後では、月兎堂のお姉さんが「また来てねー!」と、千切れんばかりに手を振っている。


​「……意外と、簡単に出られるものなんだね」


鈴花がポツリと言うと、隣を歩く天満が、ふっと視線を落とした。


「……お前がいたからだ。独りでは、この街の光は眩しすぎて、直視できなかっただろう」


​その言葉に、鈴花はまた顔が熱くなるのを感じた。
手を繋いでいなくても、二人の間には、甘い餡のような、温かくて柔らかな空気が流れていた。

 
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