AD2245からの逃亡者
第2章
レオに触れたい。レオの温もりに包まれたい。
レオに弘樹を重ね合わせているせいか、出逢ってから数時間しか経っていないのに、既にレオと恋人同士なのだという錯覚に陥る。
弘樹の死後、頑なに1人で生きてきたが、やはり寂しさと孤独感がずっとまとわりついていた。
由衣の心情を察したかのように、レオが手を指し伸べてくる。
その手に、由衣は自身の手を重ねる。
レオはもう片方の手を添え、由衣の手を包み込む。
じんわりと伝わってくるレオの手の温もりに、由衣の胸が温かいもので満たされていく。
「こんなにも満たされるのは、マリが亡くなって以来だ。長い兵役で心がずっと殺伐としてた。由衣、僕のものになってくれる?」
由衣は大きく目を見開き、頷く。
「うん、断る理由なんかないわ。レオと巡り合うために、ずっと1人でいたんだから」
レオは由衣の肩を抱き寄せ、壊れ物を扱うかのように、そっと抱き締める。
久しく忘れていた幸福感が、由衣の身も心も満たしていく。
(この幸せ、ずっとずっと続いてほしい)
「ねぇ、由衣、ずっとここにいるのは危険かもしれない」
「えっ? さっきの警察のこと?」
由衣は閉じていた目蓋を開く。
「イヤ、例の上官が、また追跡してくると思う」
由衣はレオの胸元から顔を上げる。
「また? もう諦めたのかと思ってたわ」
「そんなに甘くないよ。きっと、奴らはどこまでも追いかけてくる」
「断言できるの?」
レオは頷き、左手首を由衣の前に掲げ、指差す。
「兵役に就いてから、ここに体温や心拍数を測る端末が埋め込まれたんだ。逃亡しても追跡できるように。上官達が持ってるスキャナーは、僕のバイタルサインに反応するようになってる。それを見て追って来るだろう。それから逃れるのはかなり困難だと思う」
由衣はレオの手首を、まじまじと見つめる。
「ここに、そういうのが埋め込まれてるなんて……。じゃあ、今すぐここから出る?」
「うん、そうしたいけど、スキャナーから逃れるには地下に逃げたほうがいいんだ。それと、逃亡に由衣を付き合わせるのはいいんだろうか?って思う。由衣、明日も仕事なんだろう?」
レオは心配そうな顔をする。
「大丈夫、仕事は体調不良ってことにして、何日かは休めるわ。だって、レオの傍にいたいから」
「本当にいいのかい?」
「うん、気にしないで」
由衣はとびきりの笑顔で言う。レオを安心させるために。
「由衣、ありがとう。とりあえず、地下にあるホテルって、この辺にあるかな?」
「地下にあるホテル? たぶん、近くにはないと思う。あっ、地下にあるネットカフェなら、確かあったような気がする」
由衣はバックからスマホを取り出し、検索する。
「あっ、あった。徒歩で5分くらいの場所よ」
「ネットカフェって、何?」
レオが尋ねる。
「えっ、あっ、そっか。レオの時代にはないのね」
その時、着信音のような音が鳴り響いた。レオがスマホみたいなものを、ポケットから取り出す。
「はい、あっ、マサト? びっくりしたよ。元気か?」
レオが誰かと話し始める。親しみが込もる声音だから、相手は親友かもしれない。
由衣は会話が終わるのを待つ。
「うん、分かった。行ってみるよ。じゃあ後で」
電話を終えたレオは、由衣に向き直る。
「驚いたよ、僕のかつての仲間からだ。一緒に兵役についてたんだ。彼も未来から逃げて、今ここの時代にいると言ってた」
「そうなんだ。レオの仲間からなのね」
「うん。マサトっていうんだけど、僕が兵役から逃亡したのを知ってたよ。今、彼は仲間達と地下に住んでるらしい。一緒に暮らさないかと誘われたよ。これから行ってみるけど、由衣はどうする?」
「どんな場所か気になるから、私も行っていい?」
「もちろんさ。でも由衣、大丈夫か? もう深夜だし、眠くない?」
レオは心配そうな顔をして、由衣を覗き込む。
「ちょっと眠いけど、平気。大丈夫よ。すぐここを出たほうがいいよね」
由衣とレオは、すぐさまホテルを後にした。
背後に注意を向けながら、深夜の街を駆け出す。
「仲間がいる場所は、どこなの?」
由衣はレオに尋ねる。
「フェリー埠頭の近くらしいよ」
ちょうど通りかかったタクシーに向かって、由衣は手を上げた。
「ちょっと遠いから、車で移動したほうがいいよね?」
由衣の問いにレオは頷く。
2人はタクシーに乗り込む。由衣が運転手に告げる。
「フェリー埠頭の近くまでお願いします」
由衣はレオに向き直ると、
「10分くらいで着くと思うよ」
「うん、どんな所か楽しみだ」
レオは由衣の手に自身の手を重ね、握りしめる。2人は目を合わせ、微笑む。
交通量が少ないため、ほどなく目的地に近づく。
「そろそろ、フェリー埠頭よ」
由衣はレオに声をかける。
レオは例のスマホのようなものを見ながら、
「送られてきた地図によると、この辺りかもしれない」
「じゃあ、降りようか」
由衣は運転手に声をかけ、2人はタクシーから降りる。
「使われていない倉庫の近くらしいよ」
レオが言う。
由衣は辺りを見回す。人っ子1人いない無人の道路の少し先に、倉庫らしき建物が点在している。
「あっちの方に行ってみようか」
そう由衣は言いながら、歩を進める。
人も車も通らず、往来はひっそりとしている。
2人は辺りに目を配り、自然と早足になる。
前方の建物の陰から、誰かが現れた。
その人物が、こちらに向かってくる。2人は、やや緊張しながら見つめる。
顔を判別できるほどの距離になると、レオが言った。
「マサトだ!」
レオが駆け出す。
黒いダウンジャケットを纏ったマサトらしき人物も、レオに向かって走り出す。
由衣はホッとする。
(レオが、安全な場所に辿り着けて良かった)
由衣もレオのもとに駆け寄る。
レオがマサトに由衣を紹介する。
「こちらは中嶋由衣さん。昨日、知り合ったばかりなんだ」
マサトがびっくりしたような顔で由衣を見つめ、呟く。
「マリ?」
あり得ないもの、まるで幽霊でも見ているような表情になる。
レオが口を開く。
「びっくりして当然だよね。由衣、マリに生き写しだよね」
「あぁ、ホント、びっくりしたよ。あまりにもそっくりで。すみません、じろじろ見てしまって」
マサトが謝る。
「いいえ、いいんです」
由衣は薄く微笑む。
マサトは2人に声をかける。
「じゃあ、僕達の住居に案内するよ」
由衣とレオはマサトの後に続く。レオは度々後ろを振り返る。辺りは無人だから、由衣も警戒心が増す。
「後、つけられてないよね?」
由衣が聞く。
「うん、たぶん大丈夫」
マサトは使われていない倉庫の裏へと進む。一旦立ち止まり、しゃがみこむと、地面に突き出た取っ手を掴む。約1メートル四方の蓋が開く。
「ここから下りていくんだ。あっ、蓋は閉めてくれ」
そう言うと、マサトは階段を下り始める。由衣とレオも、素早く下りる。
下りた先は細長い廊下へと続いている。両脇には幾つかのドアが並んでいた。
「ここには未来から逃げてきた元兵士たち10人が暮らしてる。日雇いやバイトで生計を立てているんだ。この地下の住居は、皆で協力して建てた」
そう、マサトが説明する。
「今は皆寝てるから、朝になったら2人を紹介するよ。今日はとりあえず、ここで寝ていいよ」
マサトは突き当たりにあるドアを指差す。


