親友に婚約者を奪われた毛虫令嬢は、腹黒王子様に捕獲されてしまった〜この溺愛からはきっと逃れられない〜

1 裏切りと婚約破棄


「……おまえが毛虫だとしたら、俺は捕獲して、誰にも触れさせないように虫籠に閉じ込めて、一生逃さないだろうな」

 耳元に低く甘い声が響く……。
 闇のように深い瞳の奥に狂気じみた色が見えて、ゾクッと背筋が凍った。

「――なんてねっ」
 彼はそう冗談めかして、一転キラキラとした屈託のない笑顔を見せる。

(いやいやいや、今の絶対、本気な顔でしたよね!? レノックス殿下――!?)



 ◆ ◆ ◆

「ティナ・アシュトン伯爵令嬢、貴様との婚約を破棄する!」
「え……?」

 辺り一面に華やかなロイヤルローズが咲き乱れる、王宮の庭園。本日は王妃様主催のガーデンパーティーが執り行われていた。
 そんな優雅なひとときを打ち破るように、婚約者ピーター・マーシャル侯爵子息が言い放つ。
 身長はさほど高くはないが、ライトブラウンの髪に、エメラルドグリーンの瞳の彼は、顔だけはいい。

 そんな彼の横にぴったり寄り添うのは、私のよく知る人物だった。――ケイシー・ビーン男爵令嬢。
 ふわふわとしたピンクブロンドの髪に、くりっとした大きな紫色の瞳。
 華奢な首元には不釣り合いなほど大粒の宝石が嵌め込まれたネックレスが輝き、見るからに上質で煌びやかなピンクのドレスを纏っている。
(どうしてケイシー様が……?)

「貴様、ケイシー嬢と友人でありながら、彼女に嫌がらせをしていたんだな!? 地味で陰険な奴だと思ってはいたが、心までも醜いとはな!」
 ピーター様はケイシー様の肩を抱き寄せながら、怒りを露わにし私を糾弾する。嫌がらせなんて、まったく身に覚えがないので戸惑う。

「あの……、嫌がらせとは……?」
「この可憐なケイシー嬢に、大量の毛虫を投げつけたりしたそうではないか、この毛虫令嬢がっ!!」
「け、毛虫!?」
 ピーター様の言葉に絶句する。

(そんなことするわけないっ。あんな健気に生きている可愛い子たちを投げつけるなんて、そんな可哀想なことできるわけないわ!)

「な、何か誤解をされているのでは……?」
「言い逃れは見苦しいぞ、ティナ・アシュトン。ケイシー嬢が証言しているのだぞ」
 私がチラッとケイシー様を見ると、彼女は一瞬勝ち誇ったように笑みを浮かべる。

「そうなんですぅ。親友だと思ってたのにティナ様ったら……酷いんです。わたし、わたしっ、怖くってぇ」
 猫なで声を出し、瞳を潤ませながらピーター様の腕にしがみついた。
「そうか、可哀想に。もう大丈夫だ。僕が君を守るよ」
 いつも私に対して不機嫌な態度のピーター様が、未だかつて見たこともないような優しい顔でケイシー様を見つめている。

「僕はケイシー嬢と結婚する。もう、彼女以外は愛せないんだ」
「うふふっ、ピーター様ぁ、大好きぃ」
「ケイシー……、僕もだよ」
 頬を染め、見つめ合う二人。

「は……?」
(どういうこと? いつの間に、そんなことになっていたの?)
 元々ピーター様から、地味だの根暗だのと嫌われていたし、私も苦手だったので内心、婚約破棄自体はありがたく思っている。
 しかし、ショックを受けたのはケイシー様の裏切りだ。

(ケイシー様、私たち、親友だった……はず……よね……?)
 目の前が真っ暗になり、息が上手く吸えなくなった。


「今の聞きまして? 汚らしい毛虫を投げつけたんですって」
「ええ、聞きましたわ。なんて野蛮なのかしら。毛虫令嬢ですってよ」
「あの泥のような色の髪の彼女に、ぴったりですわねぇ」

 ヒソヒソと遠巻きで御婦人達が噂しているのが聞こえてくる。

(毛虫ちゃんは汚らしくなんてないのに……)
 私がここにいれば、毛虫たちのことを悪く言われてしまう。
 完全に二人の世界に入り込んでいる彼らを残し、私は重い身体をどうにか動かしてその場から立ち去った。


 どこか落ち着ける場所がないか、薔薇の香る広い庭園の中を探し歩く。
 薔薇園から抜けたところで木々に囲まれた四阿を発見し、私はベンチに腰を下ろした。
「すぅ、はぁ……」
 ゆっくりと呼吸を繰り返すと、段々と気持ちが落ち着いてくる。ぎゅっと握りしめていた手を開けると、手のひらには爪の跡が残っていて、僅かに震えていた。
(どうしてなの? ケイシー様……。まだ信じられないわ)


 三年前の十六歳の時に参加した夜会で、私はピーター様に放っておかれていた。十五歳まで領地に籠っていた私には他に知り合いもいないし、誰かに話しかける勇気もなかった。
『ねぇ、あなたも壁の花なのね?』
 そんな私に声をかけてきたのが、同じ壁の花になっていたケイシー様だった。
『仲間がいてよかったわ。少し話さない?』
 彼女いわく、彼女の家は貧乏男爵家で、ドレスを用意するのもやっとだったという。一つ年上のケイシー様は、デビュタント以来一年ぶりの夜会参加らしい。
『父から、良い男を捕まえてこいと言われていて困ってるのよ〜』
 そう言って笑う彼女は、飾らない人柄でとても好感が持てた。

(良い男……。それがよりにもよってピーター様だったなんて。いつから? いつから二人はできていたの?)
 胸が締めつけられる。これはどういう感情なんだろう。怒り、とは違う。どちらかと言えば、悲しみだろうか。


 風が吹くと、木の葉がざぁっと音を立てて揺れる。飛ばされそうになる帽子を慌てて手で押さえた。
 ふと顔を上げると、空中をヒラヒラと何かが舞っているのに気付く。それはとても綺麗な青色に輝いていて、私は思わず立ち上がった。

「えっ、蝶っ! あの色ってもしかしてっ」
 ヒラヒラと不規則に揺れながら遠ざかっていく蝶を必死に追いかける。
「あ、待って〜! 蝶々ちゃんっ」

 蝶は大きな茂みの向こう側で姿を消した。私は辺りを見回して誰もいないことを確認すると、両手でスカートを持ち上げ、淑女らしからぬ姿で茂みの中へと足を踏み入れた。
 茂みを抜けると、青い蝶の姿を確認できてほっとする。
「いたわ、よかった……って、わっ!?」
 ガツッと足元にあった物に躓いてバランスを崩し、何か厚くて温かいマットのような物の上に倒れ込んだ。

「ぐわっ、いってぇ……」
 すぐ近くで人の声が聞こえてよく見ると、なぜか横たわっている男性の胸の上に乗っていた。私は慌てて起き上がる。
「わ、わ、申し訳ございません。こんな所に人がいるとは思わなくてっ。大丈夫ですか!?」
「あ、あぁ、平気だよ」
 ゆっくり身体を起こすその人物の正体に気付いて、私は息を呑んだ。

(――レノックス殿下!?)


  
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