親友に婚約者を奪われた毛虫令嬢は、腹黒王子様に捕獲されてしまった〜この溺愛からはきっと逃れられない〜

11 婚約披露パーティー(1)

(またここに来ることになるとは、思わなかったわ……)

 通い慣れたマーシャル侯爵邸の門をくぐる。婚約破棄されるまで、侯爵夫人に教育を受けるために通っていた場所だった。本日はここで、ピーター様とケイシー様の婚約披露パーティーが行われる。

 招待状と共に、ケイシー様からの手紙を受け取った。
 手紙には、『ピーター様を奪う形になってしまって、申し訳なく思っている』、『親友として是非参加してほしい』など可愛らしい文字で長々と綴られていた。
 それを読んでいるうちに、婚約者のいる想い人と結ばれるには、その婚約者の悪評を立てるしか方法がなかったのかもしれないと思えてきたのだった。
(ケイシー様は本当にピーター様を愛しているのね……。だったら、幸せになってほしいわ)


 大広間に足を踏み入れると、侯爵家嫡男の婚約披露パーティーだけあって、多くの貴族が集まっている。
 壁一面の大きな窓からは美しい庭園が一望でき、柔らかな陽光が振り注いでいた。

 しばらくすると、ピーター様とケイシー様が入場し、婚約が発表された。温かな拍手の中、二人は頬を染め笑いあっている。
(ケイシー様、とても幸せそう。よかったわ……)
 私は自分が悪評を立てられたことなど忘れ、温かい気持ちで二人に拍手を送った。
 ふとケイシー様と目が合う。彼女は私に気付いて微笑み、淡いピンクのドレスを揺らしながらこちらに駆け寄ってくる。胸元にはピーター様の瞳と同じ色のエメラルドがきらめいていた。

「ティナ様ぁ、来てくれたのね、嬉しいわっ」
「ケイシー様、本日はおめでとうございます」
「うふふっ、ありがとぉ。来てくれないかもって心配してたのよぉ」
 ケイシー様は宝石にも負けないような輝く笑顔を見せ、そして、そっと私に顔を近づける。

「――だって、ティナ様から婚約者を奪った私のこと、本当は恨んでるんでしょ?」
 私にしか聞こえないような小声で囁く。
「え? そのようなことは……」
 否定しようとしたその時、ケイシー様は手に持っていた小箱の中身を、自分のドレスに振りまいた。

「きゃーーっ、け、毛虫っっ!! やめて、ティナ様っ!!」
 ケイシー様は突然悲鳴を上げる。
(え……っ!?)
 見ると、床に十数匹の毛虫が転がっていて、辺りは騒然とした空気に包まれた。

「ケイシーッ! どうしたんだっ!?」
 騒ぎを聞いてピーター様がこちらに駆けつける。
「……ティナ様がっ、ティナ様がまた私に毛虫をっ!」
 ケイシー様が涙目で彼に訴えた。
 
「貴様っ! またケイシーに毛虫を投げつけたのか!? どこまで性根の腐った奴なんだっ!!」
 ピーター様は怒声を上げ、軽蔑の眼差しを向ける。
「い、いえ……、私はなにも……」
 私は首を横に振るが、遠巻きで見ている貴族たちも私を軽蔑した目で見つめていた。
(な、に……が起きて……いるの……?)
 足元がガタガタと震え、目の前が揺れる。

「おい、この気持ちの悪い毛虫を処分しろっ! 早く踏み潰して捨てろ!」
 ピーター様が叫ぶと、数人の兵士がこちらにやって来る。
(――ダメ! この子たちは何も悪くないのっ!)
 私は震える足で毛虫たちを庇うように、兵士の前に立ち塞がった。
「お願いっ。この子たちを殺さないで……っ」

「貴様っ、そこを退け! 邪魔だ!!」
 ピーター様は私の腕を乱暴に掴み、引っ張った。
「――い、痛っ」
 私が小さく悲鳴を上げた、その時――。
 
「――随分と騒がしいようだけど、何かあったのかい?」 

 騒然とした会場に、突き刺すような冷ややかな声が響く。
 涙で歪む視界に映し出される一人の人物に、息が止まる。

(レノ……様……!?)

 辺りを一瞬で黙らせてしまうほどの圧倒的な、存在感。
 人々がさっと道を開ける。その中央を、レノ様は薄く笑みを浮かべ、優雅な足取りでこちらに近づいてきた。
 

「何があったのかって、聞いているんだが?」
 そう言ってレノ様が目を細めると、ピーター様は慌てて答えた。
「殿下! この女が、僕……、私の婚約者に毛虫を投げつけたのです!」
「へぇ?」
「嫉妬に狂い、このような暴挙に出たのでしょう。毛虫並みに低脳な奴なのです。本当に不愉快極まりないっ!」
 ピーター様は憤慨した様子で、出鱈目ばかりを並べ立てる。

(違う……、私はそんなことはしないわ! 信じて、レノ様っ)
 縋るような思いで、彼を見上げる。

「そうか。それは不愉快だな」

(――っ!? 信じてはもらえなかったの……?)
 絶望感でガクンと全身の力が抜ける。私はうつむくと、唇を噛みしめ溢れ出しそうになる涙を必死で堪えた。
 
「――不愉快なのは、清らかな令嬢をよってたかって、甚振(いたぶ)ろうとする、醜悪な君たちのことだ」

 会場を凍らせるかのような、低く冷たい声。
(……え?)
 コツコツと足音がこちらに近づき、目の前で止まる。
 
「このような穢らわしい場所に、君は似つかわしくないよ」
 頭上から注がれる柔らかな声に驚いて顔を上げると、とても優しい笑顔で私を見下ろしているレノ様がいた。

「レ、ノ……様?」
 “――さっさと行くぞ“
 声には出さず、彼の唇がそう言うかのように動き、私に向かって手を差し出した。
「……はい……」
 私はレノ様の手を取ろうとしたが、ハッと気付き手を止める。
(あ、毛虫ちゃんたちっ!)
「少々お待ちください!」

 私は床に転がっている毛虫たちを一匹ずつ拾い集め、投げ捨ててあった小箱に丁寧に収める。そして、レノ様の元に戻った。
「すみません、お待たせしました。もう大丈夫です。行きましょう!」
 
「くっ、あははっ、……さぁ、お手をどうぞ、レディ?」 
 レノ様は私の一連の行動が面白くてたまらないといった様子で笑うと、再び手を差し出した。
「はい……」
 今度こそ私はレノ様の優しい手を取った。

「――あ、そうだ。ピーター殿」
 レノ様は去り際何かを思い出したかのように、ピーター様の方へ視線を向ける。
「婚約、おめでとう。君たちはとても……お似合いだよ、とてもね」
 レノ様は輝くような笑顔を会場に残し、私の手を引いて外へ連れ出した。

 今、――クズ同士お似合いだよ、って聞こえたのは、聞き間違いではない……はず。
 
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