親友に婚約者を奪われた毛虫令嬢は、腹黒王子様に捕獲されてしまった〜この溺愛からはきっと逃れられない〜
16 月光に照らされて
北方に進むにつれ空気が冷たくなり、咲いている花の種類も変化してくる。私が蝶を見つけるたびに説明すると、レノ様は呆れながらも耳を傾けてくれた。
長いと思っていた数日間の道のりもあっという間に過ぎ、明日にはヴェール連峰の麓の街、ベルアンスへ到着する予定だ。
夜、宿屋のベッドの中で、何度も寝返りを打っていた。明日も朝早いというのに全然寝付けない。
(はぁ、眠れないわ……。少し夜風に当たってこようかしら……)
隣のベッドで寝ているシエンナを起こさないように起き上がる。ナイトドレスに厚手のショールを羽織ると、そっと部屋を出た。
廊下の窓からは月光が差し込んでいる。テラスへ出る為に扉を開けると、冷たい夜風が吹き込んできた。
「うっ、寒いっ」
やはり北方は初夏であっても、夜はかなり冷える。やっぱり部屋へ戻ろうと引き返そうとした時、低い声に呼び止められた。
「どうした? おまえも眠れないのか?」
声のした方を見ると、テラスのベンチに座っているレノ様の姿があった。
「え、レノ様? こんなところで何を?」
「あー、眠れなくてな。ちょっとこいつを引っ掛けていた」
レノ様は私に見えるようにワイングラスを持ち上げる。テーブルの上にはワインボトルが数本並んでいた。
「丁度いい。おまえ、俺の話し相手になれよ」
そう言って、自分の隣のスペースを叩く。
「え、でも……っ」
(こんな見苦しい格好で、レノ様の隣に座るなんて……)
今の私は寝間着姿にショールを羽織っただけの格好だし、躊躇してしまう。肩に掛けたショールをぎゅっと握ってそのまま突っ立っていると、レノ様はドンドンとさっきよりも強くベンチを叩く。
「何してんだよ、さっさと来い!」
「……はい、わかりました……」
観念してレノ様の隣に腰を下ろすと、彼は私に黒い液体の入ったグラスを差し出した。
「おまえも飲むか?」
「いえ、私はあまりお酒には強くないので……」
両手を振って断ると、レノ様は「そうか」とグラスを引っ込め、ゴクゴクと喉を鳴らしてワインを飲み干した。
(すごい豪快な飲みっぷりだわ……)
「レノ様はお酒にお強いんですか?」
「ふっ、当然だろ。俺は、今まで一度たりとも酔ったことなんてない」
「えっ、そうなんですか!?」
私が驚いて声を上げると、レノ様はほのかに顔を赤らめ「くっ、くっ」と肩を震わせて自慢げに笑う。
(……うん。たぶん、酔ってると思うわ……)
でも、また違うレノ様の一面を見られて、ちょっと嬉しい。
夜空には満天の星に、半月が浮かんでいる。
月明かりを浴びたレノ様の横顔は神秘的で美しく、ガウン姿はとても無防備で色気が溢れ出ている。
(ど、どうしたのかな、私……。ちょっと直視できないわ……)
「……は、くしゅっ!」
夜風に冷えたのか、ふいにくしゃみが出てぶるっと身体が震えた。
「そんな薄着で来るからだ」
そう言ったレノ様は自分のガウンを脱いで、私の肩にバサリと掛けた。ガウンに包まれるとレノ様の体温と香りを感じて、心臓が飛び上がる。
「あっ、だ、大丈夫ですっ。レ、レノ様が風邪を引いてしまいますっ!」
慌てて脱ごうとする私を、リネンシャツ姿の彼は手で制する。
「着ていろ」
「……はい、ありがとうございます……」
「あぁ」
私がお礼を言うと、彼は満足げにうなずいた。
静寂が訪れる。聞こえるのは遠くで鳴く夜鳥の声だけだった。
私は自分の心臓の音を聞きながら、ぎゅっと大きなガウンの襟を握る。
「……おまえは……さ、俺の黒い瞳を、不気味だとか、思わないのか?」
「え?」
私が顔を向けると、彼は口角を吊り上げ、自嘲気味に笑っていた。
「貴族の間じゃ、セレニーノの血は穢らわしい、野蛮だの言われているからなっ。……俺も、幼い頃から散々言われ続けてきた」
吐き捨てるように低い声で呟くと、またぐいっとグラスを煽り乱暴に口元を拭う。
「ふ……っ、その度に、言った奴らをねじ伏せてやってさぁ、面白いよなぁ、だから、野蛮だの悪魔だの言われるんだ、くくくっ」
レノ様は笑いながら、どこか泣きそうな瞳をしている。
(そうだったのね……。レノ様はずっとお母様の血筋に苦しんで……。そして、自身を護る為に独りで戦ってきたのね……)
「でもさぁ、俺は、母上だって、セレニーノだって、憎んじゃ……いねぇよ」
レノ様はふっと星空を仰いだ。
月が雲に隠れると、辺りは闇に包まれる。再び柔らかな光が顔を出した時、私はおもむろに口を開いた。
「……あの、毛虫の毒って、ご存知ですか?」
「はっ?」
私が唐突に質問すると、レノ様は目を丸くする。
「えっと、毛虫の体には毒針毛とか毒棘っていう毒針があるんですが、触れると刺されます。でも、こちらから触れない限りは刺されることはありません。毛虫たちから攻撃を仕掛けることはないのです」
レノ様はこちらを見つめて、静かに耳を傾けてくれている。
「それは、生き残る為に必要なことなんです。……とても弱く繊細だから、攻撃されたら毒で返すことしかできないんです……。えっと、ですから、レノ様の反撃も、ご自分を護る為には必要なことで……」
私は身振り手振りで一生懸命に説明をするが、うまく話がまとまらない。
「……ふっ、あははっ、また毛虫の話かっ」
レノ様は吹き出して、楽しそうに笑う。そして、私の肩に頭を乗せた。
「へっ!? なっ、レ、レノ様!?」
ずしりと私の肩に重さがのしかかり、心臓がドキドキと音を立てる。
「くっ……、くくっ、やっぱ、おもしれーなぁ、おまえは。くっくっ……」
レノ様が笑うたびに、その振動が伝わってくる。
「……はぁ……、かわいい……」
吐息混じりに呟かれた声が、夜風と共に私の耳を震わす。
(か、かわいい!? な、何が!?)
長いと思っていた数日間の道のりもあっという間に過ぎ、明日にはヴェール連峰の麓の街、ベルアンスへ到着する予定だ。
夜、宿屋のベッドの中で、何度も寝返りを打っていた。明日も朝早いというのに全然寝付けない。
(はぁ、眠れないわ……。少し夜風に当たってこようかしら……)
隣のベッドで寝ているシエンナを起こさないように起き上がる。ナイトドレスに厚手のショールを羽織ると、そっと部屋を出た。
廊下の窓からは月光が差し込んでいる。テラスへ出る為に扉を開けると、冷たい夜風が吹き込んできた。
「うっ、寒いっ」
やはり北方は初夏であっても、夜はかなり冷える。やっぱり部屋へ戻ろうと引き返そうとした時、低い声に呼び止められた。
「どうした? おまえも眠れないのか?」
声のした方を見ると、テラスのベンチに座っているレノ様の姿があった。
「え、レノ様? こんなところで何を?」
「あー、眠れなくてな。ちょっとこいつを引っ掛けていた」
レノ様は私に見えるようにワイングラスを持ち上げる。テーブルの上にはワインボトルが数本並んでいた。
「丁度いい。おまえ、俺の話し相手になれよ」
そう言って、自分の隣のスペースを叩く。
「え、でも……っ」
(こんな見苦しい格好で、レノ様の隣に座るなんて……)
今の私は寝間着姿にショールを羽織っただけの格好だし、躊躇してしまう。肩に掛けたショールをぎゅっと握ってそのまま突っ立っていると、レノ様はドンドンとさっきよりも強くベンチを叩く。
「何してんだよ、さっさと来い!」
「……はい、わかりました……」
観念してレノ様の隣に腰を下ろすと、彼は私に黒い液体の入ったグラスを差し出した。
「おまえも飲むか?」
「いえ、私はあまりお酒には強くないので……」
両手を振って断ると、レノ様は「そうか」とグラスを引っ込め、ゴクゴクと喉を鳴らしてワインを飲み干した。
(すごい豪快な飲みっぷりだわ……)
「レノ様はお酒にお強いんですか?」
「ふっ、当然だろ。俺は、今まで一度たりとも酔ったことなんてない」
「えっ、そうなんですか!?」
私が驚いて声を上げると、レノ様はほのかに顔を赤らめ「くっ、くっ」と肩を震わせて自慢げに笑う。
(……うん。たぶん、酔ってると思うわ……)
でも、また違うレノ様の一面を見られて、ちょっと嬉しい。
夜空には満天の星に、半月が浮かんでいる。
月明かりを浴びたレノ様の横顔は神秘的で美しく、ガウン姿はとても無防備で色気が溢れ出ている。
(ど、どうしたのかな、私……。ちょっと直視できないわ……)
「……は、くしゅっ!」
夜風に冷えたのか、ふいにくしゃみが出てぶるっと身体が震えた。
「そんな薄着で来るからだ」
そう言ったレノ様は自分のガウンを脱いで、私の肩にバサリと掛けた。ガウンに包まれるとレノ様の体温と香りを感じて、心臓が飛び上がる。
「あっ、だ、大丈夫ですっ。レ、レノ様が風邪を引いてしまいますっ!」
慌てて脱ごうとする私を、リネンシャツ姿の彼は手で制する。
「着ていろ」
「……はい、ありがとうございます……」
「あぁ」
私がお礼を言うと、彼は満足げにうなずいた。
静寂が訪れる。聞こえるのは遠くで鳴く夜鳥の声だけだった。
私は自分の心臓の音を聞きながら、ぎゅっと大きなガウンの襟を握る。
「……おまえは……さ、俺の黒い瞳を、不気味だとか、思わないのか?」
「え?」
私が顔を向けると、彼は口角を吊り上げ、自嘲気味に笑っていた。
「貴族の間じゃ、セレニーノの血は穢らわしい、野蛮だの言われているからなっ。……俺も、幼い頃から散々言われ続けてきた」
吐き捨てるように低い声で呟くと、またぐいっとグラスを煽り乱暴に口元を拭う。
「ふ……っ、その度に、言った奴らをねじ伏せてやってさぁ、面白いよなぁ、だから、野蛮だの悪魔だの言われるんだ、くくくっ」
レノ様は笑いながら、どこか泣きそうな瞳をしている。
(そうだったのね……。レノ様はずっとお母様の血筋に苦しんで……。そして、自身を護る為に独りで戦ってきたのね……)
「でもさぁ、俺は、母上だって、セレニーノだって、憎んじゃ……いねぇよ」
レノ様はふっと星空を仰いだ。
月が雲に隠れると、辺りは闇に包まれる。再び柔らかな光が顔を出した時、私はおもむろに口を開いた。
「……あの、毛虫の毒って、ご存知ですか?」
「はっ?」
私が唐突に質問すると、レノ様は目を丸くする。
「えっと、毛虫の体には毒針毛とか毒棘っていう毒針があるんですが、触れると刺されます。でも、こちらから触れない限りは刺されることはありません。毛虫たちから攻撃を仕掛けることはないのです」
レノ様はこちらを見つめて、静かに耳を傾けてくれている。
「それは、生き残る為に必要なことなんです。……とても弱く繊細だから、攻撃されたら毒で返すことしかできないんです……。えっと、ですから、レノ様の反撃も、ご自分を護る為には必要なことで……」
私は身振り手振りで一生懸命に説明をするが、うまく話がまとまらない。
「……ふっ、あははっ、また毛虫の話かっ」
レノ様は吹き出して、楽しそうに笑う。そして、私の肩に頭を乗せた。
「へっ!? なっ、レ、レノ様!?」
ずしりと私の肩に重さがのしかかり、心臓がドキドキと音を立てる。
「くっ……、くくっ、やっぱ、おもしれーなぁ、おまえは。くっくっ……」
レノ様が笑うたびに、その振動が伝わってくる。
「……はぁ……、かわいい……」
吐息混じりに呟かれた声が、夜風と共に私の耳を震わす。
(か、かわいい!? な、何が!?)