親友に婚約者を奪われた毛虫令嬢は、腹黒王子様に捕獲されてしまった〜この溺愛からはきっと逃れられない〜

22 振り出しに戻る

 今回メモリア峰では、黒蝶を発見することはできなかった。
 コリンズ先生はその周辺の植物を採取したので、黒蝶の卵が産みつけられていないか確認するという。
 王都に戻った私たちは、また振り出しに戻り、他の手掛かりを探すため資料を調べることになった。

 研究所で資料に目を落としつつ、横目でチラリとレノ様の様子を窺う。レノ様は頬杖をつきながら、眉間に皺を寄せ資料に目を通している。時折、小さく舌打ちするような音が聞こえてくる。いつも人前では素を見せない彼には珍しい態度だ。
(機嫌悪いのかな……? なにかあったのかしら?)

 実はあの宿屋の一件以来、どうもレノ様を意識してしまう。帰りの道中では、レノ様の態度に特に変わった様子はなかったので、私だけが気にしているのだろうけど。

『……おまえが毛虫だとしたら、俺は捕獲して、誰にも触れさせないように虫籠に閉じ込めて、……一生逃さないだろうな』
 あの時の鋭い瞳の中に確かな熱を感じて、ぎゅっと胸が苦しくなった。
 鈍感な私でも、考えずにはいられない。

(嫉妬……? 独占欲……? もしかして、レノ様は私のことを……?)
 そんなことを考えると、また鼓動が高鳴って頬の熱が上がってくる。私は首を振って、雑念を振り払う。

(でも、冗談って言われたし……。自惚れちゃいけないよね……)
 そう自分で言い聞かせると、今度は心がしぼんでいくのを感じた。

 再びレノ様を盗み見た時、手の甲がキラキラと光っているのに気付く。光の加減で青く輝いていて、それはまるで……。

「レノ様! ちょっと失礼します!」
「へっ?」

 私はレノ様の手をガシッと掴み、手の甲をまじまじと観察した。
(粉みたいなものが付いてるわ。動かすとキラキラと輝いている……。これって鱗粉?)

「え? どっ、どうしたんだい? ティナ?」
 動揺しているレノ様をよそに、ずいっと身を乗り出す。

「もしかしてレノ様、庭園のモルフォ蝶を触りました?」
「へ? モルフォ蝶……? いや、触ってないよ」
「え? そうなんですか?」
「あぁ、それに最近は見かけないしね」

 レノ様の言葉にハッとした。
 ガーデンパーティーで出会ったモルフォ蝶。あれからだいぶ日数が経っている。モルフォ蝶の寿命を考えると、まだあの子が生きているとは考えにくい。

「先生、これってモルフォ蝶の鱗粉ではないですか?」
 私は正面に座る先生に、レノ様の手を差し出した。先生は「どれどれ」と言いながら、ルーペで手の甲を確認する。
「うーん、そうですねぇ。……はい、私もモルフォ蝶の鱗粉で間違いないと思いますよぉ」
 そう言って何度も首を縦に振る。

「やっぱりそうですか。……じゃあどこかで、亡くなったモルフォ蝶に触れたのでしょうか?」
「いや、知らないよ。そんなこと身に覚えが……っ」
 レノ様は言いかけて、何か思い出したかのように口元を押さえて考え込んだ。

「いや、まさか……な」
 独り言を呟いてから、レノ様は真剣な顔で私に問いかける。

「そういえば君は、マーシャル侯爵邸の温室には行ったことはあるのかな?」
「え? マーシャル侯爵邸の温室ですか?」
 突然の脈絡の無い質問に、面食らってしまう。

(マーシャル侯爵邸の温室って? そういえば、婚約披露パーティーの時に裏庭で見たあの建物のことよね……?)

「……いえ、私はないです。『裏庭には行くな』ときつく言われていましたので」
「そうか……、……なるほどね」
 レノ様は納得したようにうなずくと、スッと鋭く目を細めた。

(どうしたんだろう……?)
 困惑したまま彼の横顔を見つめていると、ふいにレノ様はニッコリと笑って私の方を向く。

「ところで……ティナ?」
「はい?」
「いつまで私の手を握っているのかな?」
「あ……っ」
 指摘されて、自分がレノ様の手を握ったままだったことに気付いた。

「も、申し訳ございません、つい……っ」
 私は慌てて手を離すと、一気に顔に熱が集中してくる。
「あぁ残念だな。私としては、そのままずっと繋いでいても良かったんだが?」
 レノ様はまたからかうように私を見下ろす。恥ずかしかったけど、彼の機嫌が直ったようで少しほっとした。
 

 その時、コンコンと玄関の扉が叩かれる音がする。
「おや、お客様ですかねぇ? クリフも不在ですし、ちょっと見てきますね」
「あ、先生、私が行ってまいります!」
 先生が立ち上がろうとすると、シエンナが素早く玄関に向かった。先生がまた転んだりしたら大変だから、彼女にお願いした方がいいだろう。

「――お、お嬢様っ、た、大変でございますっ」
 しばらくすると、シエンナが血相を変えてこちらに戻ってきた。

「わぁ、本当に狭くて汚いところなのねぇ、驚いちゃったぁ」

 その後ろから聞き覚えのある甘ったるい高音の声に、心臓が嫌な音を立てる。

(ど、どうして、ここに……、彼女が……?)

「あ、ティナ様ぁ、久しぶり〜。元気にしてたぁ?」
 ふわふわとしたピンクのドレスを揺らし、手を振りながら満面の笑みを浮かべて現れたのは――。

「ケ、ケイシー……さま……」


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