親友に婚約者を奪われた毛虫令嬢は、腹黒王子様に捕獲されてしまった〜この溺愛からはきっと逃れられない〜

5 再会と黒蝶(2)

 幻の蝶と聞いて、私の胸が高鳴った。
(なに? どんな蝶なの? すごく興味を惹かれるわっ)

「くっ、急に目の色が変わったね。君はわかりやすいなぁ」
 殿下が口元を押さえて笑っている。
(う……、そんなにわかりやすいのかしら)
 恥ずかしくて顔が熱くなった。

「そっ、それで、その幻の蝶とは、どのような蝶なのですかっ?」
 羞恥心より好奇心が勝ってしまい、尋ねずにはいられない。

「あぁ、亡国セレニーノの、『黒蝶(くろちょう)』だ」
「セレニーノの黒蝶……?」
 セレニーノ国って、たしかレノックス殿下の母君である、側妃様の故郷だったはず。

 セレニーノ国はトリヘリッドの北方に位置し、二国は長い間敵対していたという。三十年前に戦争が勃発、我が国がセレニーノを併合する形で、長い対立に終止符が打たれた。そして、セレニーノ国の王女様がトリヘリッド王国に側妃として輿入れすることになった。

 あちらの国では黒髪、黒い瞳の者が多かったと聞く。たしかに、殿下の瞳はこの国では珍しい、とても深くて綺麗な黒色をしている。

(金色の髪に、黒い瞳……? あれ? 何だったかしら……?)
 何かが脳裏を掠めたが、分からないまま消えていった。
 
「セレニーノの黒蝶は、三十年前の戦争で絶滅したと思われていたが、蝶学者のガイ・コリンズが三年程前にそれらしい蝶を目撃したと言われている」
「ガイ・コリンズ!?」
 殿下の言葉に私は驚き、声を上げた。
(ガイ・コリンズって、私の持っている蝶図鑑の著者様だわっ!)

「ん? どうした?」
 殿下は私が急に声を上げたので、僅かに目を見開いてこちらを見つめている。
「あ、いえ、申し訳ございません……。続きをお願いします」
「あぁ。ガイ・コリンズは既に亡くなっていたので、彼の子息である蝶学者ダニー・コリンズに協力を仰ぎ、黒蝶を探しているんだが……、少々難航していてね、協力者が必要なんだ。君は蝶に詳しそうだし、適任だと思ったんだよ」
「そうだったんですか。……不敬罪ではなかったんですね」
 理由を聞いて胸を撫で下ろす。
「ん? 不敬罪?」
「あっ、なんでもありません」
 私は慌てて両手を振った。

「で、どうかな? 協力してくれるかい?」
 王族である殿下の要請を断るなんてできるわけないと思うけど、こうやって私の意思を聞いてくださるなんて優しい方だと思った。
 黒蝶のことはすごくすごーく気になるし、協力したいけど、私なんかが役に立つとは思えず躊躇してしまう。足手まといになるだけかもしれない。
 
 私たちの会話を黙って聞いていた伯母様が、カチャッと持っていたティーカップをソーサーに置いて口を開く。
「ティナ、やりたいのでしたら、やってみたらいかがです?」
「伯母様……」
 伯母様に背中を押され、決断する。 

「……是非、私に手伝わせてください!」
 顔を上げ殿下の瞳を真っ直ぐ見つめて答えた。しかし、あることに気付く。
「――あ、父の許可が……」
 お父様の許可を貰わずに勝手に決められない。しかも、婚約破棄されたばかりの役立たずなのに、お父様がなんて言うか……そう思うと気持ちが沈んでくる。

「あぁ、伯爵のことは私に任せてくれ。こちらで適切に処理するからね」
 そう言って満面の笑みを浮かべる殿下が、一瞬冷たい目をした気がしてゾクッとする。
(……なんかこの感じ前にも……?)
「ん? なにかな?」
「あ、いいえ、なんでもございません。……よろしくお願いいたします」
 私は首を横に振り、慌てて頭を下げる。

「ティナ、良かったですね。頑張りなさい。ところで殿下、側妃様のご様態はいかがですか?」
「まぁ、そうだね。今のところはまだ大丈夫だよ。でも時間の問題かな」
「左様でございますか……」
「だから、一刻も早く黒蝶を探し出したいんだ」
 殿下が唇を噛み締め、膝の上で拳を握った。重苦しい空気が漂っている。

 たしか、側妃様はご病気で数年前から療養されてると聞いたことがある。最近は公の場に出られたことはないので、私はお会いしたことはない。
(側妃様の体調、そんなにお悪いのかな……? それと黒蝶探しが関係あるってこと?)

「あの、どうして黒蝶を探しているのか伺ってもよろしいですか?」
「あー、そうだね。協力してくれる君には話すよ」
 殿下は膝の上で手を組んだ。そして、一息吐いてから話し始める。

「君も知ってると思うが、母はセレニーノの出身だ。セレニーノでは黒蝶は神の化身とされ、崇められていた。漆黒の髪、黒い瞳の母は国民からは黒蝶姫と呼ばれていたと聞いた」
「黒蝶姫……」
(わぁ、なんて素敵な呼び名なの!)
 国民から愛されていた王女様だったんだろう。

「母が幼い頃、王宮の庭園に数多くの黒蝶が飛んでいたという。その光景を今も夢に見て、もう一度黒蝶に会いたいと言うんだよ。だから私は、黒蝶を見つけ出したいんだ」
 殿下の表情は切なげで、視線はどこか遠くを見つめている。母君のことをとても大切に思っているんだと分かる。

「そうだったんですね……。話してくださってありがとうございます。見つかるように、私も微力ながら精一杯お手伝いいたしますので!」
 私は気合いを入れ、両拳を顔の横でぎゅっと握ってみせると、

「ふっ、期待しているよ」
 殿下は可笑しそうに笑った。
 
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