親友に婚約者を奪われた毛虫令嬢は、腹黒王子様に捕獲されてしまった〜この溺愛からはきっと逃れられない〜
8 彼の毒(1)
――それから私は、コリンズ先生の研究所へ定期的に通うことになった。
ピーター様と婚約していた時はマーシャル侯爵邸へ伺い、侯爵夫人から厳しい教育を受けていた。今はそれがなくなり、自由に行動できるなんて思いもしなかった。しかも、ガイ・コリンズ先生の蝶の資料を読み放題だなんて、こんな幸せで良いのかな。
本日はレノ様は不在なので、コリンズ先生たちと調査を進めていた。
「ん~~」
一区切りついたところで、私は腕を上げ背伸びをする。ちょっと集中しすぎたようで、肩や首が痛い。
今読んだ資料の中には残念ながら、黒蝶に関する記述はなかった。
「シエンナの方はどうかな?」
隣に座っているシエンナに声をかけると、彼女は読んでいた資料から顔を上げた。あまりにも資料が膨大で人手が必要なので、急遽シエンナにも手伝ってもらうことになったのだった。
「いいえ、現時点では見つかりませんね」
そう言って彼女は首を横に振る。
「そっかぁ。コリンズ先生、こちらには無かったです」
読み終わった紙の束をテーブルの向かいに座る先生に手渡す。
「そうですか。じゃあ、次はこちらで……」
「あー、先生っ、こっちはまだ読んでないやつですよー! 折角分けてあるのに混ぜないでくださいって!」
コリンズ先生がその辺に資料を置いたので、クリフさんが注意をする。
「あ! そうでしたか? すみませんねぇ」
そう言って慌てて資料を回収しようとした先生の手が積み上がった本に当たり、ぐらりと大きく揺れると隣の書類の山にぶつかる。そして、バタンバタンとドミノ倒しのように次々と倒れていく。
「ぎゃああ――っ!!」
みんなの悲鳴が室内に轟いた。
「ふぅ、そろそろ一息つきませんか? 今お茶でも淹れてきますねぇ」
片付けが一通り終わり、コリンズ先生がキッチンに向かおうとするのをシエンナが制する。
「コリンズ先生、私がやりますので」
「いや、ですが、お客様にしていただくなんて悪いですよぉ」
「いいえ、大丈夫です。ですよね、お嬢様?」
「あ、そうね。シエンナ、お願い」
「はい。かしこまりました」
シエンナは書類の山を俊敏にすり抜け、キッチンへ向かった。
実は先日、お茶を淹れてくれると言ったコリンズ先生だったのだけど、茶葉はぶちまけるしポットはひっくり返すしで、大惨事だった。先生ってちょっと? いや、かなりそそっかしい方だと思う。
「あ、そうでした。この前、知人からお菓子を頂いたんですよ、持ってきますねぇ。ん、どこに仕舞ったかな? たしか、戸棚に……、いや、あっちだったかな?」
先生は首をかしげて独り言を呟きながら、奥の部屋へ歩いていった。
待ってる間にもう少し資料を読んでいようと思っていると、まだ片付けをしていたクリフさんと目が合った。
「ねぇ、ティナさんってさー、貴族のお嬢様なんでしょ?」
クリフさんに突然聞かれ困ったが、私はレノ様と違い隠す必要もないので正直に答えた。
「はい……、そうです」
「やっぱりねー。レノ様とどーゆー関係なの? 婚約者とか?」
「いえ……、あっ、そ、そうなんです」
否定しかけたが、途中で婚約者っていう設定だったのを思い出して慌てて言い直した。
「やっぱ、そうなんだー。でも彼には気をつけた方がいいよー?」
「え? 気をつける……ですか?」
クリフさんの言葉の意味が分からず戸惑う。
「んー、なーんか、胡散臭いんだよねー。……俺と同じ匂いがするんだよ」
「え?」
クリフさんが口元を押さえて、何かを呟いた。よく聞き取れず、聞き返そうとした時、
「お嬢様、お茶の準備が整いました」
「皆さん、お菓子ありましたよぉ」
二人が来たので、それ以上は聞けなくなってしまった。
(レノ様に気をつけろって、どういうことなんだろう?)
ずっと言葉の意味を考えていたが、私には分からなかった。
◇ ◇ ◇
「ふぅ」
書類を読み終わり、固まった首を左右に倒す。
これにも黒蝶に関することは書かれていなかった。でも、他国の蝶のことが書かれていて、とても興味深かった。東方のある島国では『春の女神』と呼ばれる蝶がいるのだとか。
(どんな蝶なのかしら……?)
私は目をつぶり、遠い島国へ思いを馳せる。
「ティナ嬢、疲れたかい?」
声をかけられて目を開けると、正面に座るレノ様が心配そうにこちらを見つめていた。
「あ……、いえ、大丈夫です」
空想にふけっていたのを見られていて、恥ずかしくなり顔を伏せる。
今日は久々に研究所にレノ様が訪れていた。
レノ様は公務があるので頻繁には来られない。だから、少しでも進めておいてあげたいと思っているのだけど、読み込んでしまってなかなか進まない……。
「ティナさん、ちょっといいですかぁ? この間お話しした、メイコブの蝶の標本が見つかったんですよぉ。こちらの部屋にありますが見に来ますか?」
コリンズ先生が顔や頭に埃を付けて、奥の部屋の方から顔を出した。
「はい! お願いします!」
シエンナにはそのまま残ってもらい、私は奥の部屋に向かおうと立ち上がると、レノ様に声をかけられた。
「私も一緒に見てもいいかな?」
レノ様も蝶に興味を持ってくれたんだろうか。そう思うと嬉しくなる。
「はい、行きましょう!」
ピーター様と婚約していた時はマーシャル侯爵邸へ伺い、侯爵夫人から厳しい教育を受けていた。今はそれがなくなり、自由に行動できるなんて思いもしなかった。しかも、ガイ・コリンズ先生の蝶の資料を読み放題だなんて、こんな幸せで良いのかな。
本日はレノ様は不在なので、コリンズ先生たちと調査を進めていた。
「ん~~」
一区切りついたところで、私は腕を上げ背伸びをする。ちょっと集中しすぎたようで、肩や首が痛い。
今読んだ資料の中には残念ながら、黒蝶に関する記述はなかった。
「シエンナの方はどうかな?」
隣に座っているシエンナに声をかけると、彼女は読んでいた資料から顔を上げた。あまりにも資料が膨大で人手が必要なので、急遽シエンナにも手伝ってもらうことになったのだった。
「いいえ、現時点では見つかりませんね」
そう言って彼女は首を横に振る。
「そっかぁ。コリンズ先生、こちらには無かったです」
読み終わった紙の束をテーブルの向かいに座る先生に手渡す。
「そうですか。じゃあ、次はこちらで……」
「あー、先生っ、こっちはまだ読んでないやつですよー! 折角分けてあるのに混ぜないでくださいって!」
コリンズ先生がその辺に資料を置いたので、クリフさんが注意をする。
「あ! そうでしたか? すみませんねぇ」
そう言って慌てて資料を回収しようとした先生の手が積み上がった本に当たり、ぐらりと大きく揺れると隣の書類の山にぶつかる。そして、バタンバタンとドミノ倒しのように次々と倒れていく。
「ぎゃああ――っ!!」
みんなの悲鳴が室内に轟いた。
「ふぅ、そろそろ一息つきませんか? 今お茶でも淹れてきますねぇ」
片付けが一通り終わり、コリンズ先生がキッチンに向かおうとするのをシエンナが制する。
「コリンズ先生、私がやりますので」
「いや、ですが、お客様にしていただくなんて悪いですよぉ」
「いいえ、大丈夫です。ですよね、お嬢様?」
「あ、そうね。シエンナ、お願い」
「はい。かしこまりました」
シエンナは書類の山を俊敏にすり抜け、キッチンへ向かった。
実は先日、お茶を淹れてくれると言ったコリンズ先生だったのだけど、茶葉はぶちまけるしポットはひっくり返すしで、大惨事だった。先生ってちょっと? いや、かなりそそっかしい方だと思う。
「あ、そうでした。この前、知人からお菓子を頂いたんですよ、持ってきますねぇ。ん、どこに仕舞ったかな? たしか、戸棚に……、いや、あっちだったかな?」
先生は首をかしげて独り言を呟きながら、奥の部屋へ歩いていった。
待ってる間にもう少し資料を読んでいようと思っていると、まだ片付けをしていたクリフさんと目が合った。
「ねぇ、ティナさんってさー、貴族のお嬢様なんでしょ?」
クリフさんに突然聞かれ困ったが、私はレノ様と違い隠す必要もないので正直に答えた。
「はい……、そうです」
「やっぱりねー。レノ様とどーゆー関係なの? 婚約者とか?」
「いえ……、あっ、そ、そうなんです」
否定しかけたが、途中で婚約者っていう設定だったのを思い出して慌てて言い直した。
「やっぱ、そうなんだー。でも彼には気をつけた方がいいよー?」
「え? 気をつける……ですか?」
クリフさんの言葉の意味が分からず戸惑う。
「んー、なーんか、胡散臭いんだよねー。……俺と同じ匂いがするんだよ」
「え?」
クリフさんが口元を押さえて、何かを呟いた。よく聞き取れず、聞き返そうとした時、
「お嬢様、お茶の準備が整いました」
「皆さん、お菓子ありましたよぉ」
二人が来たので、それ以上は聞けなくなってしまった。
(レノ様に気をつけろって、どういうことなんだろう?)
ずっと言葉の意味を考えていたが、私には分からなかった。
◇ ◇ ◇
「ふぅ」
書類を読み終わり、固まった首を左右に倒す。
これにも黒蝶に関することは書かれていなかった。でも、他国の蝶のことが書かれていて、とても興味深かった。東方のある島国では『春の女神』と呼ばれる蝶がいるのだとか。
(どんな蝶なのかしら……?)
私は目をつぶり、遠い島国へ思いを馳せる。
「ティナ嬢、疲れたかい?」
声をかけられて目を開けると、正面に座るレノ様が心配そうにこちらを見つめていた。
「あ……、いえ、大丈夫です」
空想にふけっていたのを見られていて、恥ずかしくなり顔を伏せる。
今日は久々に研究所にレノ様が訪れていた。
レノ様は公務があるので頻繁には来られない。だから、少しでも進めておいてあげたいと思っているのだけど、読み込んでしまってなかなか進まない……。
「ティナさん、ちょっといいですかぁ? この間お話しした、メイコブの蝶の標本が見つかったんですよぉ。こちらの部屋にありますが見に来ますか?」
コリンズ先生が顔や頭に埃を付けて、奥の部屋の方から顔を出した。
「はい! お願いします!」
シエンナにはそのまま残ってもらい、私は奥の部屋に向かおうと立ち上がると、レノ様に声をかけられた。
「私も一緒に見てもいいかな?」
レノ様も蝶に興味を持ってくれたんだろうか。そう思うと嬉しくなる。
「はい、行きましょう!」