くっ殺女騎士は魔王の執愛から逃れられない
十一話
城下町へ下りると、そこはアイビーにとって未知の場所だった。
カーネル王国よりも魔法に秀でた魔王領ならではの物がたくさん並んでいる。
商品の並べ方すらも魔法を使っているようで、ふわふわと浮かんでいる物もあったぐらいだ。
登り始めた太陽が露店に並べられた装飾品を照らし、この場のすべてがきらきらと輝いてみえた。
活気のある市場で目当ての品を眺める人も、売り込む商人も、行き交う人々も、誰一人表情に曇りはない。
それは魔王領がいかに平和であるかを表しているようだった。
「おお、これはすごいな」
「でしょ。この市場は僕のお気に入りだよ」
きょろきょろと市場を見回すアイビーをライは嬉しそうに見つめる。
優しげな視線が上から降ってくるのにアイビーは少しむず痒くなってしまう。
ライは市場へ着く前に少年の姿に戻るかと思われたが、意外にも青年の姿を保ったままだ。
(そんなに私の服装が好みだったのか?)
お忍びデートだからと普段は断固拒否するワンピースを選んだことで、ライの何かを刺激してしまったのかもしれない。
でなければ恋人のように指を絡ませて手を繋がれてはいまい。
正直、ライの琴線に触れるような意図はなかったと言い訳をしたいが、今それを言うのは違うと恋愛に疎いアイビーでも分かる。
「ねぇ、せっかくだから僕にプレゼントさせてよ」
「なにを?」
「いいからいいから」
ライに引っ張られて連れてこられたのは、魔石の原石を売っている露店だった。
地面に大きな布を敷き、無防備にもその上に魔石が置かれている。
色とりどりの魔石に首を傾げていると、ライがアイビーの顔を覗き込んだ。
「この中で一番いいなって思う石はどれかな?」
「一番いいと思う物?」
「そう。これだって一目で分かるようなやつ、ない?」
ライの説明にアイビーは魔石へ視線を落とした。
丁寧に置かれた魔石たちは色はもちろんのこと、大きさもこぶし大から爪ぐらいとさまざまで、目移りしてしまう。
「いきなり言われてもな……」
視線を彷徨わせると、店主の後ろに置かれていた魔石が目に留まった。
それは他の魔石と比べるととても小さく、小指の先ほどの大きさだ。
奥の風景が映っているため、本来の色はなく透明なのだろう。
澄み切った魔石が自己主張するかのように、陽光を浴びて煌めく。
「いいの、見つかったみたいだね」
よほど見つめていたのか、ライが嬉しげな声で笑う。
その声に我に返ったアイビーは慌ててぶんぶんと顔を振った。
「べ、べつにほしいとかでは……! 貴殿が一番いいと思うのはないかと問うたからで……!」
「あははっ、わかってるよ。店主、後ろの魔石貰っていいかな?」
「もちろんです。魔石が見込んだなら、これは主のもとにあるのが自然の摂理ってものですから」
「ん、ありがとう」
「勝手に話を進めるな!!」
トントン拍子に進んでいくやり取りに、アイビーは思わず叫んだ。
しかし反応が僅かに遅れたために、店主は手際よくアイビーの視線が縫いつけられた魔石を包み、ライへと手渡していた。
いきなり声を上げたアイビーに驚いた様子の店主は目をぱちくりさせている上に、ライからも少しからかうような表情を向けられる。
後ろめたいことは何もないはずのアイビーだったが、幼子が駄々をこねたような生温かい目を向けられ、変な声しか出せなかった。
ライはそんな恥ずかしげに頬を赤く染めたアイビーの頭を撫でる。
遠慮がちにセットした髪を乱さぬような気遣いを感じて、アイビーは居心地の悪さに顔を俯かせるしかなかった。
「君は知らないかもしれないんだけど、魔石ってね、人を選ぶんだよ」
「人を選ぶ?」
「そうそう。だから選ばれた人はちゃんと近くにいなきゃ駄目っていうのが、魔族の認識」
はい、と布の巾着袋に入れられた魔石を渡される。
ほんの少ししか重みのないそれに、アイビーは困惑した表情を浮かべた。
「……こういう魔石と出会った時は、どうするのが一般的なんだ?」
アイビーが巾着袋をつまみ上げながら不思議そうに問う。
だが返ってきたのは息をのんだ音だけだった。
「! 君は……」
「どうした?」
「ううん、なんでもない。一般的にはそういう魔石は装飾品にして肌身はなさず持っておくんだよ」
「装飾品にするには数日手放さなければならないが……?」
「あっ、そっか。僕達は自分で作っちゃうからなぁ」
「作る……」
アイビーが信じられないものを見る目でライを見つめると、彼は照れくさそうにはにかんだ。
「本来なら選ばれた人が魔石と対話しながら作るんだけど、アイビーは不慣れだろうし……僕が作ってあげようか?」
「貴殿が?」
「うん」
「……そうだな。せっかくの申し出だ。甘えよう」
「ありがと。じゃあそれはちゃんとしまっておいて。帰ってから作ってあげるから」
「あぁ」
アイビーが頷くと、ライは心得たと言わんばかりに懐から革袋を取り出した。
そこから銀貨を取り出してそそくさと店主に払ってしまい、アイビーは目を剥く。
抗議しようと口を開いた時にはもう遅く、ライに繋がれっぱなしだった手を引かれてしまった。
つんのめりそうになりながらも彼の大きな歩幅に遅れないようついていく。
(リーチの差がこれほど恨めしいと思ったことはないな)
女性としては大きな身長も、ライと比べると頭一つ分も小さい。
つまり脚の長さも彼の方が長く、歩く速度も比べものにならないのだ。
先ほどまではアイビーに気を使って同じ速度で歩いていたが、興奮のせいか気遣いがどこかへ飛んでいってしまったらしい。
アイビーが早足で隣に並んでいることにも気がつかない様子で、ぐいぐいと手を引いている。
「おい、はしゃぎすぎると転けるぞ」
「え? 大丈夫だ――わっ!?」
アイビーの呼びかけに半身で振り返ったライが足を止めた瞬間、彼の足に何かがぶつかった。
カーネル王国よりも魔法に秀でた魔王領ならではの物がたくさん並んでいる。
商品の並べ方すらも魔法を使っているようで、ふわふわと浮かんでいる物もあったぐらいだ。
登り始めた太陽が露店に並べられた装飾品を照らし、この場のすべてがきらきらと輝いてみえた。
活気のある市場で目当ての品を眺める人も、売り込む商人も、行き交う人々も、誰一人表情に曇りはない。
それは魔王領がいかに平和であるかを表しているようだった。
「おお、これはすごいな」
「でしょ。この市場は僕のお気に入りだよ」
きょろきょろと市場を見回すアイビーをライは嬉しそうに見つめる。
優しげな視線が上から降ってくるのにアイビーは少しむず痒くなってしまう。
ライは市場へ着く前に少年の姿に戻るかと思われたが、意外にも青年の姿を保ったままだ。
(そんなに私の服装が好みだったのか?)
お忍びデートだからと普段は断固拒否するワンピースを選んだことで、ライの何かを刺激してしまったのかもしれない。
でなければ恋人のように指を絡ませて手を繋がれてはいまい。
正直、ライの琴線に触れるような意図はなかったと言い訳をしたいが、今それを言うのは違うと恋愛に疎いアイビーでも分かる。
「ねぇ、せっかくだから僕にプレゼントさせてよ」
「なにを?」
「いいからいいから」
ライに引っ張られて連れてこられたのは、魔石の原石を売っている露店だった。
地面に大きな布を敷き、無防備にもその上に魔石が置かれている。
色とりどりの魔石に首を傾げていると、ライがアイビーの顔を覗き込んだ。
「この中で一番いいなって思う石はどれかな?」
「一番いいと思う物?」
「そう。これだって一目で分かるようなやつ、ない?」
ライの説明にアイビーは魔石へ視線を落とした。
丁寧に置かれた魔石たちは色はもちろんのこと、大きさもこぶし大から爪ぐらいとさまざまで、目移りしてしまう。
「いきなり言われてもな……」
視線を彷徨わせると、店主の後ろに置かれていた魔石が目に留まった。
それは他の魔石と比べるととても小さく、小指の先ほどの大きさだ。
奥の風景が映っているため、本来の色はなく透明なのだろう。
澄み切った魔石が自己主張するかのように、陽光を浴びて煌めく。
「いいの、見つかったみたいだね」
よほど見つめていたのか、ライが嬉しげな声で笑う。
その声に我に返ったアイビーは慌ててぶんぶんと顔を振った。
「べ、べつにほしいとかでは……! 貴殿が一番いいと思うのはないかと問うたからで……!」
「あははっ、わかってるよ。店主、後ろの魔石貰っていいかな?」
「もちろんです。魔石が見込んだなら、これは主のもとにあるのが自然の摂理ってものですから」
「ん、ありがとう」
「勝手に話を進めるな!!」
トントン拍子に進んでいくやり取りに、アイビーは思わず叫んだ。
しかし反応が僅かに遅れたために、店主は手際よくアイビーの視線が縫いつけられた魔石を包み、ライへと手渡していた。
いきなり声を上げたアイビーに驚いた様子の店主は目をぱちくりさせている上に、ライからも少しからかうような表情を向けられる。
後ろめたいことは何もないはずのアイビーだったが、幼子が駄々をこねたような生温かい目を向けられ、変な声しか出せなかった。
ライはそんな恥ずかしげに頬を赤く染めたアイビーの頭を撫でる。
遠慮がちにセットした髪を乱さぬような気遣いを感じて、アイビーは居心地の悪さに顔を俯かせるしかなかった。
「君は知らないかもしれないんだけど、魔石ってね、人を選ぶんだよ」
「人を選ぶ?」
「そうそう。だから選ばれた人はちゃんと近くにいなきゃ駄目っていうのが、魔族の認識」
はい、と布の巾着袋に入れられた魔石を渡される。
ほんの少ししか重みのないそれに、アイビーは困惑した表情を浮かべた。
「……こういう魔石と出会った時は、どうするのが一般的なんだ?」
アイビーが巾着袋をつまみ上げながら不思議そうに問う。
だが返ってきたのは息をのんだ音だけだった。
「! 君は……」
「どうした?」
「ううん、なんでもない。一般的にはそういう魔石は装飾品にして肌身はなさず持っておくんだよ」
「装飾品にするには数日手放さなければならないが……?」
「あっ、そっか。僕達は自分で作っちゃうからなぁ」
「作る……」
アイビーが信じられないものを見る目でライを見つめると、彼は照れくさそうにはにかんだ。
「本来なら選ばれた人が魔石と対話しながら作るんだけど、アイビーは不慣れだろうし……僕が作ってあげようか?」
「貴殿が?」
「うん」
「……そうだな。せっかくの申し出だ。甘えよう」
「ありがと。じゃあそれはちゃんとしまっておいて。帰ってから作ってあげるから」
「あぁ」
アイビーが頷くと、ライは心得たと言わんばかりに懐から革袋を取り出した。
そこから銀貨を取り出してそそくさと店主に払ってしまい、アイビーは目を剥く。
抗議しようと口を開いた時にはもう遅く、ライに繋がれっぱなしだった手を引かれてしまった。
つんのめりそうになりながらも彼の大きな歩幅に遅れないようついていく。
(リーチの差がこれほど恨めしいと思ったことはないな)
女性としては大きな身長も、ライと比べると頭一つ分も小さい。
つまり脚の長さも彼の方が長く、歩く速度も比べものにならないのだ。
先ほどまではアイビーに気を使って同じ速度で歩いていたが、興奮のせいか気遣いがどこかへ飛んでいってしまったらしい。
アイビーが早足で隣に並んでいることにも気がつかない様子で、ぐいぐいと手を引いている。
「おい、はしゃぎすぎると転けるぞ」
「え? 大丈夫だ――わっ!?」
アイビーの呼びかけに半身で振り返ったライが足を止めた瞬間、彼の足に何かがぶつかった。