くっ殺女騎士は魔王の執愛から逃れられない

十二話

「ほら言わんこっちゃない。大丈夫か?」

 ライの後ろからアイビーは顔を覗かせる。
 そこでは小さな男の子が尻餅をついたまま、ライの足を呆然と見上げていた。
 ショートカットの白髪と赤色の瞳が特徴的な男の子で、4~5歳ぐらいだろうか。
 男の子は自分の状況が分かったのか、みるみるうちに大きな目は潤んでいき、涙を溜め始める。
 その様子に、アイビーの顔がさっと青くなっていく。

「あ、えっ」

 アイビーの口からでたのは、困惑の言葉だ。
 どう声かけていいのか分からず挙動不審な動きをしてしまう。
 アイビーの自信なさげな姿が不安を煽ったのか、男の子の目尻から水滴が流れ始めてしまった。
 びええっと大きな泣き声が市場に響く。
 アイビーの肩が盛大に跳ねたのは仕方のないことだろう。
 この世の終わりかと思うほどの声量で泣き喚く男の子に誰も手が付けられない。
 当惑する人々をよそにライがアイビーの手を離し、男の子と目線を合わせようとしゃがんだ。

「まったく、そんなに泣いたら綺麗な目が溶けてしまうよ?」
「ぅえ?」
「おてて大丈夫かな? 僕に見せて?」

 普段よりも優しげな声色で紡がれた言葉に、男の子が恐る恐る両手を差し出した。
 ライは「いい子だね」と笑いながら両腕を伸ばしたその子を抱き上げる。
 いきなり抱き上げられた男の子は驚きで涙が引っ込んでしまったようで、目を丸くしていた。
 満面の笑みを見せたライは片腕に泣き止んだ男の子を乗せる。
 そして少しだけ申し訳なさそうに眉を下げた。

「ここで足を止めた僕も悪かったね。いたいいたいなところはない?」
「うん」
「そっか、よかった」

 ライは片腕で男の子を支えながら、空いている手で頭を撫でる。
 先ほどアイビーの頭を撫でた手とは思えないほどぐしゃぐしゃと勢いがいい。
 髪の毛のかき混ぜられる感覚がおもしろいのか、男の子はきゃーっと笑い出した。
 男の子の表情がころころと変わる様をライの隣で見ていると、はしゃぎはじめた男の子が小さな頭を下げる。

「ぼくもぶつかってごめんなさい」
「ちゃーんと謝れて、君はいい子だねぇ。アイビーもそう思うだろう?」
「へっ?」

 突如振られた話題にアイビーは肩を揺らした。
 驚く意味が分からないと言わんばかりの目が二対こちらを向いている。

「わ、私か……?」
「うん、アイビーが他にいるわけないでしょ?」
「そう、だよな、うん」
「? どうしたの?」
「あー、いや、その、あまり子どもに好かれるたちじゃなくてな」

 彼らから視線を外しながら理由を口にする。
 すると、ライはぽかんと口を開け、アイビーの言葉の意味を理解して吹き出した。

「ぷっ、あははっ!」
「笑うな!」
「ははっ、ごめんごめん。大丈夫だよ、ね、このお姉さん怖い?」
「ううん、おねえちゃんはこわくないよ」
「ほらこの子もそう言ってるし、もう少し近づいても大丈夫だよ」

 遠慮がちに空いていた距離を指摘され、アイビーはぐっと言葉を詰まらせた。
 すっかり涙がひっこみ可愛らしい笑みを咲かせている男の子を真っ直ぐに見つめ、覚悟を決める。
 アイビーは恐る恐る一歩を踏みだし、彼らに近づいた。

「おねえちゃん、こわいかおしてるね? だいじょうぶ?」
「幼子にまで言われてしまうとは……私はそんなにも怖い顔をしているのか……?」
「苦手意識の問題かなぁ、顔が強ばってるよ」
「でもおねえちゃんがいちばんにこえかけてくれたってしってるからこわくないよ」
「そ、そうか。ありがとう」

 アイビーがそっと男の子に手を伸ばす。
 ふっくらとした頬に手を添えると、男の子がすり寄ってくる。
 その仕草にぎゅっと心を鷲掴みにされ、アイビーの口からは変な音が漏れた。
 我慢の利かなかった口から漏れた音はライの耳にも入ってしまったようで、彼の目が優しく緩んだ。

「そういえば君の親はどこかな?」

 返事ができないアイビーに、ライから助け船を出された。
 きょとんとした顔の男の子が、今思い出しましたと言わんばかりに真っ青に染まっていく。

「あ、あの、その」

 ライが小刻みに震え出した男の子の背をゆっくりと撫でた。

「大丈夫。落ち着いて。なにか怖いことが起きたのかな? お兄さんたちに教えてくれる?」

 ライがゆったりと柔らかく問う。
 威圧感を与えないように調整された声色に安心したのか、男の子は一度きゅっと口を結んでから喋りはじめる。

「みんなつかまっちゃった、ぼくだけにげて、ぼくがたすけをよべって、だから、たすけてっ……!」

 悲痛な叫びに、ライとアイビーの顔色が変わる。
 また泣き出してしまった男の子の頭にアイビーの手が乗った。
 男の子を撫でる手にはぎこちなさは残るものの、口にする言葉には迷いはなかった。

「私たちが解決してやるから泣くな」
「アイビーの言う通りだよ。助けを呼べて偉かったね。ちゃんと僕たちがなんとかするから」
「ひっくっ……ほんとう?」
「あぁ。もちろんだ。だからどこで捕まったのか教えてくれないか?」
「ん」

 小さな指が市場の向こう側をゆびさす。
 その方向は城とは真反対で、街道を真っ直ぐ進むとカーネル王国との国境がある。

(偶然か?)

 アイビーが眉を顰めると、ライに眉間を小突かれた。

「そんな顔、子どもの前でしちゃだめだよ」
「あ、あぁ、悪い」
「わかったのならよし。ねぇぼく? もう少しだけ教えてくれる?」
「ぐす、いいよ」
「ありがとう。今から僕たちがさっき教えてくれた所に向かうから、こっちからきたよ~って指さしててほしいんだ。できるかな?」
「ずっ、できる」
「よし、いい子だ。頼むよ」

 アイビーががしがしと頭を撫でてやると、男の子が僅かに頷いた。
 覚悟が決まったのか、男の子は袖口で涙を拭き、真っ直ぐ前を見つめる。
 頼もしいその姿に、アイビーはくすりと笑った。

「アイビー」
「あぁ。すぐに向かおう」

 アイビーはライと顔を見合わせると、どちらからともなく走り出した。
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