くっ殺女騎士は魔王の執愛から逃れられない
十八話
青年姿に戻ったライと向かったのは、彼が予約しているというレストランだった。
重厚な柱や動的な曲線が一体化しており、中心のシャンデリアを強調させている。
左右対称の植物紋様や建具に散りばめられた金箔が、この部屋の価値を高めているようだ。
真っ赤な天鵞絨の引かれた部屋の真ん中にはどっしりとしたテーブルが置かれ、椅子の脚に至るまで見事な細工が施されていた。
目の前に用意された料理はメインディッシュで、柔らかそうな牛肉のワイン煮込みがこぢんまりと皿に載せられている。
よくみるコース料理の光景。
しかし問題は、皿が隣同士にあることだ。
アイビーとライが個室へ通された時、それなりの大きさのあるテーブルに用意されていた皿とカトラリーは、対面にあった。
見事なまでの手際でアイビーをエスコートして椅子に座らせたかと思うと、あろうことかライはその流れで隣に着席したのだ。
ライは困惑する給仕にニコニコと笑みを浮かべるだけで皿やカトラリーを移動させ、満足げにしていた。
彼が隣へ陣取るとすぐに食事が運ばれてきたため、アイビーが待ったをかける隙もなかった。
(本当、なんで私の隣を陣取っているんだ……?)
疑問に思いながらライを盗み見る。
俯いた拍子に黒髪が耳から落ちた。髪を戻す仕草が艶っぽく、目に毒だ。
髪を耳にかけたライが器用にメインディッシュを切り分ける姿は気品がある。
しかし予想以上に大きく開けられた口は野性的で、アイビーはごくりと息を呑んだ。
よほど凝視していたのか、ライが横目で小さく笑う。
「そんなに見られてたら穴が開いちゃいそうだね」
「すっ、すまない!」
「いいのいいの。それだけ僕を意識してくれてるってことでしょ?」
「意識……?」
アイビーが目を瞬かせる。
首を傾げるアイビーに、ライは苦笑いをするしかない。
「自覚なしかぁ。まぁゆっくりでいっか」
「何がだ?」
「なんでもなーい。そういえばここの料理どう?」
「? 美味しいな。このメインディッシュも好物な料理でな。食べられるのは素直に嬉しい」
ライを見習って小さく牛肉を切り分け、ゆっくりと腔内へ運ぶ。
噛めば噛むほどうまみが溢れて出てくるそれは、アイビーの好物料理だ。
頬が落ちそうなほどのそれに舌鼓をうっていると、必然的に頬が緩んでしまう。
幸せそうに微笑むアイビーをライは眩しそうに見つめ、微笑んだ。
「よかった。あ、そうだ、アイビー」
「?」
「そろそろ僕の名前を呼んでくれてもいいと思うんだよね」
「名前……?」
アイビーはライの口から出た要望に、きょとんとした表情を浮かべる。
名前は知っているが、そもそも彼の名を口にする必要性を感じていなかった。
ライの名前を呼ばなくとも会話ができているのだから、いいのではないかと考えてすらいた。
「そう、僕の名前。覚えてるでしょ?」
「覚えてはいるが……」
「じゃあ呼んでみて」
「必要性を感じないな」
アイビーはばっさりと切り捨てる。
あまり褒められたことではないはずの行為だというのに、ライは辛辣~! とけらけら笑うだけだ。
「どうしたら呼んでくれる?」
「必要になればだな」
「それってどんなとき?」
「……さぁ」
「も~! 今がその時だよ! ほら、呼んでみて」
ライはどうしてもアイビーに名前を呼ばせたいらしい。
呼ぶまでは絶対に引き下がらないと顔に書いてある。そのうえ、食い下がってくるライは期待に満ちた目をしていた。
「しかしだな……」
「もしかして名前を呼ぶと、心に入れた気がして嫌?」
「っ」
「その顔は図星だね」
ライはしてやったりと言わんばかりに口角を上げた。
名前を呼ばない理由を見つけたと嬉しそうな彼とは裏腹に、アイビーはどうしたものかと眉根を寄せた。
(口にしたら後戻りができなさそうだと思うのは、私がまだ王国に未練があるからか? それとも――)
ライは名を呼ばない理由を当ててみせた。
だがそれを批難するわけでもなく、ただ呼ばれるのを待っているだけだ。
(――これ以上、心を許したくないのか。まぁ彼の言うとおり後者だろうな。私は目の前の男を知りすぎた)
この一ヶ月、ほぼ毎日ライのそばにいた。
それだけの時間があれば彼のひとなりを知ることは容易だ。
今日の外出で知った一面も新鮮で、ライへ意識を向けるきっかけになったといっても過言ではない。
だからよけいに、最初から築き上げた明確な壁を崩せなかった。
頭の中でこれ以上はだめだと、警鐘が鳴っている。
少年姿であればまだいい。だが、今のように青年の姿で笑われるのが少しむず痒い。
「ね、アイビー。ちゃんと呼んで?」
少し掠れたような、ねだるような声色だ。
アイビーよりも上背があるくせに、アイビーの顔を下から覗き込むようなあざとい男。
そんな男のおねだりを躱せるほど、アイビーの経験値は高くなかった。
「……ライ」
小さく呟いたはずが、嫌に大きく聞こえた。
隣でライが息を呑む音も聞こえる。
本当に名を呼ぶとは思っていなかったらしい。
じわじわと上がってくる熱で、アイビーはライの顔を見ることができなかった。
目の前のメインディッシュを睨むように見つめる。
しかし、大きく高鳴った鼓動は一向に落ち着いてくれない。
かっかと火照る顔を覚まそうと、意識を食事へと向けた。
乱暴にフォークを突き立てた牛肉を口の中へ入れる。
しかし、放り込んだはずの好物の味は、なぜだか感じられなかった。
重厚な柱や動的な曲線が一体化しており、中心のシャンデリアを強調させている。
左右対称の植物紋様や建具に散りばめられた金箔が、この部屋の価値を高めているようだ。
真っ赤な天鵞絨の引かれた部屋の真ん中にはどっしりとしたテーブルが置かれ、椅子の脚に至るまで見事な細工が施されていた。
目の前に用意された料理はメインディッシュで、柔らかそうな牛肉のワイン煮込みがこぢんまりと皿に載せられている。
よくみるコース料理の光景。
しかし問題は、皿が隣同士にあることだ。
アイビーとライが個室へ通された時、それなりの大きさのあるテーブルに用意されていた皿とカトラリーは、対面にあった。
見事なまでの手際でアイビーをエスコートして椅子に座らせたかと思うと、あろうことかライはその流れで隣に着席したのだ。
ライは困惑する給仕にニコニコと笑みを浮かべるだけで皿やカトラリーを移動させ、満足げにしていた。
彼が隣へ陣取るとすぐに食事が運ばれてきたため、アイビーが待ったをかける隙もなかった。
(本当、なんで私の隣を陣取っているんだ……?)
疑問に思いながらライを盗み見る。
俯いた拍子に黒髪が耳から落ちた。髪を戻す仕草が艶っぽく、目に毒だ。
髪を耳にかけたライが器用にメインディッシュを切り分ける姿は気品がある。
しかし予想以上に大きく開けられた口は野性的で、アイビーはごくりと息を呑んだ。
よほど凝視していたのか、ライが横目で小さく笑う。
「そんなに見られてたら穴が開いちゃいそうだね」
「すっ、すまない!」
「いいのいいの。それだけ僕を意識してくれてるってことでしょ?」
「意識……?」
アイビーが目を瞬かせる。
首を傾げるアイビーに、ライは苦笑いをするしかない。
「自覚なしかぁ。まぁゆっくりでいっか」
「何がだ?」
「なんでもなーい。そういえばここの料理どう?」
「? 美味しいな。このメインディッシュも好物な料理でな。食べられるのは素直に嬉しい」
ライを見習って小さく牛肉を切り分け、ゆっくりと腔内へ運ぶ。
噛めば噛むほどうまみが溢れて出てくるそれは、アイビーの好物料理だ。
頬が落ちそうなほどのそれに舌鼓をうっていると、必然的に頬が緩んでしまう。
幸せそうに微笑むアイビーをライは眩しそうに見つめ、微笑んだ。
「よかった。あ、そうだ、アイビー」
「?」
「そろそろ僕の名前を呼んでくれてもいいと思うんだよね」
「名前……?」
アイビーはライの口から出た要望に、きょとんとした表情を浮かべる。
名前は知っているが、そもそも彼の名を口にする必要性を感じていなかった。
ライの名前を呼ばなくとも会話ができているのだから、いいのではないかと考えてすらいた。
「そう、僕の名前。覚えてるでしょ?」
「覚えてはいるが……」
「じゃあ呼んでみて」
「必要性を感じないな」
アイビーはばっさりと切り捨てる。
あまり褒められたことではないはずの行為だというのに、ライは辛辣~! とけらけら笑うだけだ。
「どうしたら呼んでくれる?」
「必要になればだな」
「それってどんなとき?」
「……さぁ」
「も~! 今がその時だよ! ほら、呼んでみて」
ライはどうしてもアイビーに名前を呼ばせたいらしい。
呼ぶまでは絶対に引き下がらないと顔に書いてある。そのうえ、食い下がってくるライは期待に満ちた目をしていた。
「しかしだな……」
「もしかして名前を呼ぶと、心に入れた気がして嫌?」
「っ」
「その顔は図星だね」
ライはしてやったりと言わんばかりに口角を上げた。
名前を呼ばない理由を見つけたと嬉しそうな彼とは裏腹に、アイビーはどうしたものかと眉根を寄せた。
(口にしたら後戻りができなさそうだと思うのは、私がまだ王国に未練があるからか? それとも――)
ライは名を呼ばない理由を当ててみせた。
だがそれを批難するわけでもなく、ただ呼ばれるのを待っているだけだ。
(――これ以上、心を許したくないのか。まぁ彼の言うとおり後者だろうな。私は目の前の男を知りすぎた)
この一ヶ月、ほぼ毎日ライのそばにいた。
それだけの時間があれば彼のひとなりを知ることは容易だ。
今日の外出で知った一面も新鮮で、ライへ意識を向けるきっかけになったといっても過言ではない。
だからよけいに、最初から築き上げた明確な壁を崩せなかった。
頭の中でこれ以上はだめだと、警鐘が鳴っている。
少年姿であればまだいい。だが、今のように青年の姿で笑われるのが少しむず痒い。
「ね、アイビー。ちゃんと呼んで?」
少し掠れたような、ねだるような声色だ。
アイビーよりも上背があるくせに、アイビーの顔を下から覗き込むようなあざとい男。
そんな男のおねだりを躱せるほど、アイビーの経験値は高くなかった。
「……ライ」
小さく呟いたはずが、嫌に大きく聞こえた。
隣でライが息を呑む音も聞こえる。
本当に名を呼ぶとは思っていなかったらしい。
じわじわと上がってくる熱で、アイビーはライの顔を見ることができなかった。
目の前のメインディッシュを睨むように見つめる。
しかし、大きく高鳴った鼓動は一向に落ち着いてくれない。
かっかと火照る顔を覚まそうと、意識を食事へと向けた。
乱暴にフォークを突き立てた牛肉を口の中へ入れる。
しかし、放り込んだはずの好物の味は、なぜだか感じられなかった。