くっ殺女騎士は魔王の執愛から逃れられない
二十五話
くせ者を呆然と見送った後、我に返ったアイビーは短剣を拾い上げた。
よく見るとそれはヒナギクがよく使う暗部の物で、一度だけ同じ短剣を見たことがある。
それは王妃殿下の周りだけでなく、王城の人々がおかしくなっていく最中の事だ。
一人正気だったアイビーを亡き者にしようとしたヒナギクが暗部を差し向けてきた。
腕っ節だけでしのいだが、そのまま騎士団長の任を言い渡され、戦地へ促されたのだから、笑えない。
丁寧にも鞘に納められたままのそれに、アイビーは苦笑を零した。
「……嫌がらせにしては質が悪い」
くせ者がいた窓の外を見つめ、アイビーは肩を落とした。
(こんなもの、すぐにでも捨てたいが……無理だろうな)
目の前から消えた暗部の人間がどこかでアイビーを監視していると考えた方がいい。
短剣を捨てるのは簡単だが、捨てた瞬間アイビーの命も一緒に捨てることになるだろう。
(ライに相談……いや、よそう)
思わず力が入り、短剣の鞘が軋んだ。
この短剣をいつから持っているか、ライが知る余地はない。
くせ者が置いていったと百歩譲ってライが信じたとしても、周りは信用しないはずだ。
それどころかアイビーは間者として、今度こそ捕らえられるだろう。
もしそうなれば、立場が危ういのはアイビーだけではない。ライもだ。
今夜参加した夜会で彼の立場に成り代わろうと目論んでいた人々がいたことを知った。
そんな輩がライの弱みを見逃すはずがない。
(私だけで対処するしかないな)
直立不動の姿勢で考え込んでいたアイビーだったが、大きくため息をついて振り返る。
床に転がっていたテディベアを拾ってから、サイドテーブルの引き出しに短剣をしまい込んだ。
アイビーは寝台に腰掛けると、テディベアを思い切り抱きしめる。
テディベアのもふもふな手触りが心地よく、遠慮なく顔を埋めた。
「……迷惑をかけるぐらいなら、戻った方がお互いのためになりそうだ」
ぼそりと呟いた言葉は部屋に響くことなく、テディベアの布地に吸い込まれていった。
何度目か分からないため息をつく。
風呂で温められたはずの体はすでに冷え切っており、眠気もどこかに飛んでしまった。
冴えきった脳内がぐるぐるとこれからのことを逡巡するが、いい対処法が思い付かない。
「アイビー? どうしたの?」
いきなり聞こえた声に、アイビーは肩を大きく跳ねさせた。
恐る恐る振り返ると、正装から寝間着に着替えたライがそこにいた。
夜会に参加している最中は青年姿を維持できていたというのに、また少年姿へと戻ってしまっている。
心配そうな顔をしたライは寝台の外周を回ってアイビーの前に立った。
「君がテディベアを抱っこしてるの、めずらしいね?」
「……夜会で疲れたんだ。たまにはよかろう」
「……そうだね」
にっこりと笑ったライがテディベアを抱きしめるアイビーの手を握る。
よほど冷たかったのか、驚きに目を見開いたかと思うと、瞬く間に眉をつり上げた。
「冷たっ!? 体冷えちゃってるよ、いつから布団被ってないの」
「そう言われてもな、待っていろと言ったのは貴殿だろう?」
「~~っ、そうだけど! 体は冷やしちゃだめだよ、女の子なんだから!」
「冷えに性別が関係あるのか?」
「あるから! ったくもう、ほら、僕のことはいいから布団に入って」
小さな両手でテディベアごと押され、アイビーは困ったように笑う。
どうやらアイビーが黄昏れていたことよりも、体の冷えの方が重要らしい。
ライに急かされて布団に潜る。
しかし、芯まで氷のように冷たくなった体ではそう簡単に布団の中は温まってはくれなかった。
ひんやりとするシーツに、アイビーは思わず脚をすり寄せる。
「……寒いな」
一緒に潜り込んだテディベアを抱き込むが、夜の冷たさを纏っていたのはアイビーだけではない。
一向に温まらない温度にぶるりと体が震えた。
「まったく」
「なにを……!?」
小さくため息をついたライが寝台へと上ってくる。
するりと布団に入ったライは、テディベアの前を陣取った。
驚愕に満ちた顔をするアイビーに、ライはくすくすと肩を揺らす。
「温めるならこれが一番手っ取り早いからね」
「なっ、そもそも貴殿と私はいい歳をした男女でっ……!」
「何を言ってるか分からないなぁ、だって僕、今は子どもだし?」
ライはにやりと笑うと、免罪符を口にした。
しかし彼本来の姿を知っているアイビーにとって、その言葉はあまりにも白々しい。
はくはくと口を動かすが、アイビーの喉からは音が出てくれなかった。
「安心して、なにもしないから」
「は」
「するつもりならテディベアどけてるからね」
いたずらに微笑んだライがテディベアの鼻をつんっと突いた。
その嫣然と細まった瞳の甘さに、アイビーはぱっと顔を逸らす。
また楽しげに笑われてしまうが、視線を戻す勇気は持ち合わせていなかった。
よく見るとそれはヒナギクがよく使う暗部の物で、一度だけ同じ短剣を見たことがある。
それは王妃殿下の周りだけでなく、王城の人々がおかしくなっていく最中の事だ。
一人正気だったアイビーを亡き者にしようとしたヒナギクが暗部を差し向けてきた。
腕っ節だけでしのいだが、そのまま騎士団長の任を言い渡され、戦地へ促されたのだから、笑えない。
丁寧にも鞘に納められたままのそれに、アイビーは苦笑を零した。
「……嫌がらせにしては質が悪い」
くせ者がいた窓の外を見つめ、アイビーは肩を落とした。
(こんなもの、すぐにでも捨てたいが……無理だろうな)
目の前から消えた暗部の人間がどこかでアイビーを監視していると考えた方がいい。
短剣を捨てるのは簡単だが、捨てた瞬間アイビーの命も一緒に捨てることになるだろう。
(ライに相談……いや、よそう)
思わず力が入り、短剣の鞘が軋んだ。
この短剣をいつから持っているか、ライが知る余地はない。
くせ者が置いていったと百歩譲ってライが信じたとしても、周りは信用しないはずだ。
それどころかアイビーは間者として、今度こそ捕らえられるだろう。
もしそうなれば、立場が危ういのはアイビーだけではない。ライもだ。
今夜参加した夜会で彼の立場に成り代わろうと目論んでいた人々がいたことを知った。
そんな輩がライの弱みを見逃すはずがない。
(私だけで対処するしかないな)
直立不動の姿勢で考え込んでいたアイビーだったが、大きくため息をついて振り返る。
床に転がっていたテディベアを拾ってから、サイドテーブルの引き出しに短剣をしまい込んだ。
アイビーは寝台に腰掛けると、テディベアを思い切り抱きしめる。
テディベアのもふもふな手触りが心地よく、遠慮なく顔を埋めた。
「……迷惑をかけるぐらいなら、戻った方がお互いのためになりそうだ」
ぼそりと呟いた言葉は部屋に響くことなく、テディベアの布地に吸い込まれていった。
何度目か分からないため息をつく。
風呂で温められたはずの体はすでに冷え切っており、眠気もどこかに飛んでしまった。
冴えきった脳内がぐるぐるとこれからのことを逡巡するが、いい対処法が思い付かない。
「アイビー? どうしたの?」
いきなり聞こえた声に、アイビーは肩を大きく跳ねさせた。
恐る恐る振り返ると、正装から寝間着に着替えたライがそこにいた。
夜会に参加している最中は青年姿を維持できていたというのに、また少年姿へと戻ってしまっている。
心配そうな顔をしたライは寝台の外周を回ってアイビーの前に立った。
「君がテディベアを抱っこしてるの、めずらしいね?」
「……夜会で疲れたんだ。たまにはよかろう」
「……そうだね」
にっこりと笑ったライがテディベアを抱きしめるアイビーの手を握る。
よほど冷たかったのか、驚きに目を見開いたかと思うと、瞬く間に眉をつり上げた。
「冷たっ!? 体冷えちゃってるよ、いつから布団被ってないの」
「そう言われてもな、待っていろと言ったのは貴殿だろう?」
「~~っ、そうだけど! 体は冷やしちゃだめだよ、女の子なんだから!」
「冷えに性別が関係あるのか?」
「あるから! ったくもう、ほら、僕のことはいいから布団に入って」
小さな両手でテディベアごと押され、アイビーは困ったように笑う。
どうやらアイビーが黄昏れていたことよりも、体の冷えの方が重要らしい。
ライに急かされて布団に潜る。
しかし、芯まで氷のように冷たくなった体ではそう簡単に布団の中は温まってはくれなかった。
ひんやりとするシーツに、アイビーは思わず脚をすり寄せる。
「……寒いな」
一緒に潜り込んだテディベアを抱き込むが、夜の冷たさを纏っていたのはアイビーだけではない。
一向に温まらない温度にぶるりと体が震えた。
「まったく」
「なにを……!?」
小さくため息をついたライが寝台へと上ってくる。
するりと布団に入ったライは、テディベアの前を陣取った。
驚愕に満ちた顔をするアイビーに、ライはくすくすと肩を揺らす。
「温めるならこれが一番手っ取り早いからね」
「なっ、そもそも貴殿と私はいい歳をした男女でっ……!」
「何を言ってるか分からないなぁ、だって僕、今は子どもだし?」
ライはにやりと笑うと、免罪符を口にした。
しかし彼本来の姿を知っているアイビーにとって、その言葉はあまりにも白々しい。
はくはくと口を動かすが、アイビーの喉からは音が出てくれなかった。
「安心して、なにもしないから」
「は」
「するつもりならテディベアどけてるからね」
いたずらに微笑んだライがテディベアの鼻をつんっと突いた。
その嫣然と細まった瞳の甘さに、アイビーはぱっと顔を逸らす。
また楽しげに笑われてしまうが、視線を戻す勇気は持ち合わせていなかった。