くっ殺女騎士は魔王の執愛から逃れられない

二十四話

 ライとアイビーのファーストダンスが終わり、その場を開けると、待ってましたと言わんばかりに男女がダンスを楽しみだす。
 大広間の隅へと避けたものの、ライの元へひきりなしに招待客達が挨拶しに来るため気が抜けない。

「元の姿に戻られたようでなによりです」
「彼女のお陰だよ。アイビーがいなければ僕は元の姿に長時間戻ることはなかっただろうね」
「それはそれは……」
「この子になにかあったらどうなるか、わかってるよね?」
「心得ております」

 同じようなやり取りが数十回続くと飽きがくるというものだ。
 引き攣りそうな口角が限界を伝えてくる。
 ライの袖口を引くと、彼の目がアイビーへ向いた。

「……少し、疲れた」
「そうだね。初めての夜会だし、今日は休もうか」
「主催者が抜けていいのか?」
「大丈夫だよ。最後に一言言うだけだから、そのぐらいに一度アイビーの傍を離れることにはなるけどね」

 優しく腰を撫でられ出口へと促される。
 アイビーは申し訳なさそうに眉を下げながらも、ライに続いた。
 出入り口を固めていた兵と一言二言交わし、小宮殿を出る。
 アイビーの髪を攫った風は予想以上に冷たく、夜会の雰囲気に呑まれかけた体を冷やしてくれた。

「涼しいな」
「そうだね」

 夜空を見上げると、月光が優しく辺りを照らしていた。
 夜会の喧騒から切り離されたような静かになったアイビーはほっと息を吐く。
 がちがちに固まっていた肩から力が抜けた。

「夜会とはこんなにも疲れるものだったんだな」
「そうだねぇ、僕もあまり得意ではないんだけどね」
「え」
「僕とアイビーだけの秘密、ね?」

 悪戯が成功した子どものように笑ったライが、そっとアイビーの頬を撫でる。
 大きな手が優しくて思わず会場内と同じようにすり寄ると、撫でていた彼の手が止まってしまった。
 気持ち良さに細めていた目をぱちりと瞬かせる。
 どうしたのかとそろりと伺えば、ライは眉根をぎゅっと寄せていた。

「どういう顔なんだ、それは」
「いや、うん、なんでもない……」
「?」
「そろそろ部屋に戻ろうか。転移魔法で送ってあげるから」
「ん、頼む」
「それじゃあいい子で待っててね。終わったら、顔見にいく」

 頷いた瞬間、視界が切り替わった。
 夜の闇の中で木々の匂いに包まれていたはずが、瞬く間に見慣れた室内へと早変わりする様は何度体験しても慣れない。
 寝室には申し訳程度の蝋燭に火が付けられており、アイビーが帰ってくると知った侍女が付けたのだと想像がついた。
 音もなく現れてた侍女二人がうやうやしく頭を下げる。

「アイビー様。おかえりなさいませ」
「あぁ。今帰った」
「先にお風呂にしてしまいましょうか」
「そうだな。少し肩が凝った」

 アイビーが苦笑すると、侍女も小さく笑った。


 身を清めながら全身のマッサージを受けた後、うつらうつらとしながら寝台へと寝転がった。
 枕元に置いてあった黒色のテディベアを背中から抱きしめる。

(顔を見にくると言っていたからな、起きておかねば……)

 霞む視界を気力だけで保っていると、窓の外に黒い影が見えた。
 音もなく現れたそれは、ライの青年姿でも少年姿でもない高さで、人の形をしている。
 “くせ者”
 そう認識した瞬間、頭を覆っていた眠気が全て飛んだ。

「誰だ!」

 勢いよく跳ね起きる。
 手からこぼれ落ちたテディベアが寝台の下に転がった。
 寝台の上で片膝をつき、いつでも動けるように姿勢を変える。
 しかし、瞬きをした時にはもう、くせ者は室内に入り込んでいた。

「王妃殿下から、言伝を預かってきた」

 ぬるりと窓の隙間から入ってきたというのに、くせ者はアイビーに近づきもせず、そっと跪く。
 後ろへ下がろうとしていたはずの体が驚きで固まってしまう。
 くせ者は逆光の中でににやりと笑い、自身の目の前に一本の短剣を置いた。
 寝台の下に転がったテディベアの目に短剣が映る。

「魔王を殺せ。期限は一週間。以上だ」

 そう言い残すと、くせ者は瞬く間に消えてしまった。

「いまさら、なぜ……」

 アイビーの口からこぼれ落ちた言葉は、テディベアにしか届かなかった。
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