くっ殺女騎士は魔王の執愛から逃れられない
二十七話
アイビーは朝の鍛錬を終えたあと、侍女に頼み着替えを手伝ってもらう。
淑女教育をしてからというもの、普段着はもっぱらワンピースで、髪もひとまとめにされていることが多い。
身支度をしてから部屋へと入ると、ライは優雅にお茶をしていた。
少年の姿をしているが、ソファーに腰掛け睫を伏せる様は一種の宗教画のように美しい。
アイビーが眩しさに目を細める。
ローテーブルに置かれたソーサーにティーカップを戻したライが、ゆったりと視線を上げた。
「おかえり」
「あぁ」
「そんなところに立ってないで、ほらおいで」
ライに促され、彼の隣に腰掛ける。
アイビーが座ると嬉しそうに彼の目が細められた。
その仕草がむずかゆく、視線を逸らしてしまう。
なんでも見透かされていそうな彼の目を真っ直ぐ見る勇気は、今のアイビーにはなかった。
「それじゃあ魔石の加工、やろっか。持ってる魔石、ここに置いて~」
アイビーは懐から魔石の入った巾着を取り出す。
ライの言う通り巾着から魔石を出すと、巾着を敷物代わりにローテーブルへと置いた。
その透明な魔石に巾着の色がぼんやりと映る。
「これでいいか?」
「うん。本来ならこの魔石の声を聞いて合う形に変えるんだけど……どうしようか。僕が手伝っても大丈夫そう?」
まるで幼子へ話しかけるようにして魔石に語りかけはじめたライには魔石の声が聞こえているらしい。
一言二言言葉を交えると話がついたらしく、ライはよしっと頷いた。
「この子はネックレスになりたいらしい。アイビー、いいかな?」
「いい、とは……? 魔石の要望が一番尊重されるべきではないのか?」
「まぁそうなんだけど、魔石が形を変える装飾品ってね、ちょっと特殊なんだよ」
「特殊?」
意思疎通ができるだけで特殊ではないのかとアイビーが首を傾げる。
言いたいことが伝わったのかライがからりと笑った。
「形を変えた魔石は離れない」
「それは……物理的にか?」
「そうだね。ずっと付けることになるよ。それでもネックレスでいい? 対話ができるってことは、交渉ができるんだ。ネックレスに違和感があるなら指輪にしてもいいし、ブレスレットでもいい」
「ちなみになぜ形を変える必要があるんだ?」
「いい質問だね。魔石本来の力を引き出すためだよ。魔石にはそれぞれ固有の力が宿ってるからね」
「ほう。初めて聞いたな」
「そっか」
にこにこと解説をするライはとても楽しげだ。
話を聞いていくとどうやら魔石関連の話は魔王領独自の文化のようで、アイビーが聞いたことがないのも仕方のない事だと慰められた。
(ネックレスか。首に何かがかかっているというのは少し……嫌かもしれないな)
ライの説明を聞きながら、アイビーはどうすればいいのか頭を悩ませる。
騎士として剣を握る感覚を寸分も狂わせたくない。
そのため指輪もブレスレットも遠慮したいのが本音だ。
「あまり戦闘の邪魔にならないものがいいのだが……。ネックレスは掴まれたらひとたまりもないだろう? 指輪もブレスレットも太刀筋に影響がでそうでな……」
「んー、じゃあどうしようね? え、なになに? 簪? 寝てるときは付けられないけどいいの? そっかぁ」
「魔石はなんて?」
「簪はどうかって聞いてるよ。寝るときは外してしまうかもしれないけど、それでもいいって」
ライはアイビーの反応を伺うようにどうする? と小首を傾げる。
アイビーはじっと魔石を見つめ、彼と同じように首を傾げた。
「本当にいいのか? ネックレスではなく簪で」
「うん、いいって言ってるよ」
「わかった。ならお願いしよう」
「まかされた。アイビー、手貸して」
目の前に差し出されたライの手に、アイビーは目を瞬かせる。
アイビーはその手と彼の顔を交互に見つめ、意味が分からないとますます首を傾げた。
「手?」
「手を通して君の魔力を使うから、手は繋いでほしいんだ。やり方わからないでしょ?」
「……わかった」
しぶしぶ頷いたアイビーはライの手を握る。
魔力の譲渡はできるが、それはアイビーの魔力といえるのだろうか。
明け渡した魔力は相手の魔力と混じってしまうというのが通説だ。
どうやって混じりけのない魔力を魔石へ向けるのか、アイビーは興味津々な眼差しで見つめる。
アイビーが観察していると、全身を流れる魔力が手のひらに集まってきた。
魔力の濃度が可視化されるほどになり、藍色の魔力の玉が出来上がる。
それはライの手を伝い、握られてない反対の手に移った。
ただ移動しただけで色に濁りはない。
ライがそっと魔力の玉を魔石にかざす。
すると、みるみるうちに魔石が簪へと早変わりした。
アイビーの魔力の色と同じ藍色の平打ちの簪で、真ん中に透明な魔石が埋め込まれている。
「どういう原理で形が変わったんだ……?」
「どうしてだろうね? 僕たちにもわかってないんだ。ただ魔石には意思があるってことは分かってるから、魔石とは“出会う”って表現が正しい」
「そういえば私が出会うと口にした時に驚いていたな」
「基本的に魔族以外は魔石と出会うなんて表現しないからね。魔石と縁が深い魔族にとってそう言われると嬉しいものなんだ」
「そうか」
文化の違いというものだろう。
(だとしたらなぜリオンとガッセは赤面していたんだ?)
疑問が泡のように浮かんだが、握られていた手が離されたことで思考が逸れてしまう。
魔石でできた簪を手に取ったライは身を乗り出してアイビーに近づくと、一つにまとめていた髪へと簪を挿した。
「ん、似合うね」
耳の上で聞こえた声が、縮まった距離を物語る。
ぴくりとも動かなくなってしまったアイビーの顔をライが覗き込む寸前、彼女は両手で顔を覆った。
ただ髪へ触れた程度だというのに、隠れていない耳も真っ赤に染まっているだろう。
隠してしまった手前、いつ顔を上げればいいのかわからない。
「アイビー? 僕、ちゃんと簪挿した顔みたいんだけど」
落ち着かせるように肩をポンポンと優しく叩かれるが、顔を上げる気にはなれなかった。
指の隙間からライを見ると、少年姿には似合わず困った顔で笑っている。
(離れようと思っているというのに、なぜこうも離れがたくなるような事ばかりしてくるんだ)
心の中で渦巻く感情がごちゃごちゃとうるさい。
感じたことのないこの気持ちに名前は、まだつけれそうになかった。
淑女教育をしてからというもの、普段着はもっぱらワンピースで、髪もひとまとめにされていることが多い。
身支度をしてから部屋へと入ると、ライは優雅にお茶をしていた。
少年の姿をしているが、ソファーに腰掛け睫を伏せる様は一種の宗教画のように美しい。
アイビーが眩しさに目を細める。
ローテーブルに置かれたソーサーにティーカップを戻したライが、ゆったりと視線を上げた。
「おかえり」
「あぁ」
「そんなところに立ってないで、ほらおいで」
ライに促され、彼の隣に腰掛ける。
アイビーが座ると嬉しそうに彼の目が細められた。
その仕草がむずかゆく、視線を逸らしてしまう。
なんでも見透かされていそうな彼の目を真っ直ぐ見る勇気は、今のアイビーにはなかった。
「それじゃあ魔石の加工、やろっか。持ってる魔石、ここに置いて~」
アイビーは懐から魔石の入った巾着を取り出す。
ライの言う通り巾着から魔石を出すと、巾着を敷物代わりにローテーブルへと置いた。
その透明な魔石に巾着の色がぼんやりと映る。
「これでいいか?」
「うん。本来ならこの魔石の声を聞いて合う形に変えるんだけど……どうしようか。僕が手伝っても大丈夫そう?」
まるで幼子へ話しかけるようにして魔石に語りかけはじめたライには魔石の声が聞こえているらしい。
一言二言言葉を交えると話がついたらしく、ライはよしっと頷いた。
「この子はネックレスになりたいらしい。アイビー、いいかな?」
「いい、とは……? 魔石の要望が一番尊重されるべきではないのか?」
「まぁそうなんだけど、魔石が形を変える装飾品ってね、ちょっと特殊なんだよ」
「特殊?」
意思疎通ができるだけで特殊ではないのかとアイビーが首を傾げる。
言いたいことが伝わったのかライがからりと笑った。
「形を変えた魔石は離れない」
「それは……物理的にか?」
「そうだね。ずっと付けることになるよ。それでもネックレスでいい? 対話ができるってことは、交渉ができるんだ。ネックレスに違和感があるなら指輪にしてもいいし、ブレスレットでもいい」
「ちなみになぜ形を変える必要があるんだ?」
「いい質問だね。魔石本来の力を引き出すためだよ。魔石にはそれぞれ固有の力が宿ってるからね」
「ほう。初めて聞いたな」
「そっか」
にこにこと解説をするライはとても楽しげだ。
話を聞いていくとどうやら魔石関連の話は魔王領独自の文化のようで、アイビーが聞いたことがないのも仕方のない事だと慰められた。
(ネックレスか。首に何かがかかっているというのは少し……嫌かもしれないな)
ライの説明を聞きながら、アイビーはどうすればいいのか頭を悩ませる。
騎士として剣を握る感覚を寸分も狂わせたくない。
そのため指輪もブレスレットも遠慮したいのが本音だ。
「あまり戦闘の邪魔にならないものがいいのだが……。ネックレスは掴まれたらひとたまりもないだろう? 指輪もブレスレットも太刀筋に影響がでそうでな……」
「んー、じゃあどうしようね? え、なになに? 簪? 寝てるときは付けられないけどいいの? そっかぁ」
「魔石はなんて?」
「簪はどうかって聞いてるよ。寝るときは外してしまうかもしれないけど、それでもいいって」
ライはアイビーの反応を伺うようにどうする? と小首を傾げる。
アイビーはじっと魔石を見つめ、彼と同じように首を傾げた。
「本当にいいのか? ネックレスではなく簪で」
「うん、いいって言ってるよ」
「わかった。ならお願いしよう」
「まかされた。アイビー、手貸して」
目の前に差し出されたライの手に、アイビーは目を瞬かせる。
アイビーはその手と彼の顔を交互に見つめ、意味が分からないとますます首を傾げた。
「手?」
「手を通して君の魔力を使うから、手は繋いでほしいんだ。やり方わからないでしょ?」
「……わかった」
しぶしぶ頷いたアイビーはライの手を握る。
魔力の譲渡はできるが、それはアイビーの魔力といえるのだろうか。
明け渡した魔力は相手の魔力と混じってしまうというのが通説だ。
どうやって混じりけのない魔力を魔石へ向けるのか、アイビーは興味津々な眼差しで見つめる。
アイビーが観察していると、全身を流れる魔力が手のひらに集まってきた。
魔力の濃度が可視化されるほどになり、藍色の魔力の玉が出来上がる。
それはライの手を伝い、握られてない反対の手に移った。
ただ移動しただけで色に濁りはない。
ライがそっと魔力の玉を魔石にかざす。
すると、みるみるうちに魔石が簪へと早変わりした。
アイビーの魔力の色と同じ藍色の平打ちの簪で、真ん中に透明な魔石が埋め込まれている。
「どういう原理で形が変わったんだ……?」
「どうしてだろうね? 僕たちにもわかってないんだ。ただ魔石には意思があるってことは分かってるから、魔石とは“出会う”って表現が正しい」
「そういえば私が出会うと口にした時に驚いていたな」
「基本的に魔族以外は魔石と出会うなんて表現しないからね。魔石と縁が深い魔族にとってそう言われると嬉しいものなんだ」
「そうか」
文化の違いというものだろう。
(だとしたらなぜリオンとガッセは赤面していたんだ?)
疑問が泡のように浮かんだが、握られていた手が離されたことで思考が逸れてしまう。
魔石でできた簪を手に取ったライは身を乗り出してアイビーに近づくと、一つにまとめていた髪へと簪を挿した。
「ん、似合うね」
耳の上で聞こえた声が、縮まった距離を物語る。
ぴくりとも動かなくなってしまったアイビーの顔をライが覗き込む寸前、彼女は両手で顔を覆った。
ただ髪へ触れた程度だというのに、隠れていない耳も真っ赤に染まっているだろう。
隠してしまった手前、いつ顔を上げればいいのかわからない。
「アイビー? 僕、ちゃんと簪挿した顔みたいんだけど」
落ち着かせるように肩をポンポンと優しく叩かれるが、顔を上げる気にはなれなかった。
指の隙間からライを見ると、少年姿には似合わず困った顔で笑っている。
(離れようと思っているというのに、なぜこうも離れがたくなるような事ばかりしてくるんだ)
心の中で渦巻く感情がごちゃごちゃとうるさい。
感じたことのないこの気持ちに名前は、まだつけれそうになかった。