くっ殺女騎士は魔王の執愛から逃れられない

三話

 トントンと肩を叩かれ意識が浮上する。
 アイビーが重い瞼を上げると、目の前には眉を下げたライがいた。
 同じ目線になるようしゃがんでいるからか、端整な顔が近い。

「こんなところで寝ていると風邪引くよ?」
「……心配されるような鍛え方はしていない」
「そっか。でも僕が勝手に心配するのはいいでしょ?」

 こてんと首を傾げたライに、アイビーは視線から逃れるように顔を背ける。

「貴様はどうして笑っている? 度々戦を仕掛けられた怒りはないのか?」
「ん~別に僕は怒ってないよ。だって君たちの王妃の差し金でしょ? 君たち騎士は職務を全うしただけだし。まぁ捕虜取ったとしても、あの王妃が交渉に応じるとは思わないからね」
「っ、なぜ私を捕虜とした!」

 眉尻を怒りのままに釣り上げ、ライを睨み付ける。
 しかしライは怒気を胎んだ視線をものともせず、きょとんとした表情を浮かべていた。

「僕、捕虜とは一言も言ってないよ?」
「は?」
「僕の城へおいでとは言ったけどね」

 お茶目にもウインクをかますライに、アイビーは閉口した。
 同時に頭の中でぐるぐると疑問が回る。

(捕虜じゃない? だとしたらなんのために私はここに連れてこられた?)

 アイビーが率いてきた騎士達は本国へと返された。
 だというのに、アイビーだけはライの意向により返されなかった。
 それが示す事実は、捕虜ではないのだろうか。

(いや、確実に捕虜だろう。この部屋も、牢の用意ができるまでの繋ぎだと思えば、納得もできる)

 悶々と考えていたアイビーに、ライがふっと小さく笑った。

「考えてることが顔に出てるよ。可愛いね」
「……は?」

 アイビーは自身に対して贈られたことのない単語に目を丸くした。
 意表を突かれたと言ってもいい。
 勢いをなくした眉尻は垂れ下がり、視線は困ったようにおろおろとさまよう。
 そんなアイビーを愛おしげに見つめるライは、膝に肘を置いて頬杖をつく。

「僕が君を可愛いと思ってるの、そんなに不思議?」
「なっ! ()ごと()を……!」
「本気なんだけどなぁ」

 ライから紡がれた言葉は、言い争いすら楽しんでいそうな声色だった。
 彼から伸ばされた両手がアイビーの手を握る。
 警戒で身を固くしたが、彼は優しくアイビーを立ち上がらせただけだった。
 目を丸くするアイビーが恐る恐る下を見ると、ライが満面の笑みを向けてくる。

「いつまでも女の子をこんなところでうずくまらせておけないからね」
「おんなのこ」

 思わず復唱してしまった。
 幼児の頃ですら自身に向けられてこなかった言葉を呑み込むことができなかったからに他ならない。
 放心するアイビーの手を引いたライが部屋の端にある扉を開く。
 扉の先に広がる光景に、アイビーの僅かに残った理性の崩れる音がした。

「ひとまずその鎧をどうにかしなきゃね。ここにあるドレスは全部君のために誂えた物だから、好きなのを着てほしいな」

 そう言って放り込まれたドレスルームにアイビーは顔を引き攣らせる。
 及び腰になり無意識に逃げだそうとした足を引き留めるように、背後から腕をがっちりと掴まれた。
 アイビーの藍色の瞳が驚愕に見開かれる。
 気配もなく現れた侍女二人は、綺麗な笑みを浮かべているが、抵抗しようとした腕はぴくりとも動かなかった。
 それどころかがちゃんがっちゃんと鎧を剥がされていく。

「え、ちょ」
「ライ様、淑女の着替えなのですから、お部屋でお待ちになっていてくださいな」
「わかった。期待してるね」
「は、え、まっ」

 無慈悲にも閉じられた扉を縋るように見つめるアイビーの頬にたらりと冷や汗が流れる。
 腕を掴んだままの侍女へ、アイビーは壊れた人形のようにぎぎぎと引き攣った顔を向けた。

「あの……」
「腕が鳴りますわね」
「綺麗な銀髪も結い上げてしまいましょう。それとお顔もお化粧施さないといけません。いいですね?」

 有無を言わさない物言いに、アイビーは頷くしかなかった。
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