くっ殺女騎士は魔王の執愛から逃れられない

四話

 アイビーはあれよあれよという間にドレスへと着替えさせられ、それに合うように化粧と髪を結い上げられていた。
 好みを聞かれた時に答えられなかった時は侍女に絶句されてしまったが、彼女達が選んだドレスはとても品がいい。
 夜空を彷彿させるマーメードラインのドレスはアイビーの瞳と同じ色で、思わず見とれてしまったほどだ。

(……何故私はドレスに着替えさせられたんだ?)

 支度の終わったアイビーがはたと正気に戻りそうになる。
 しかし、満足げな侍女二人が入ってきた時と同じ扉を開き、暫定アイビーの部屋へと押し出したことで、元に戻りそうだった思考はまた崩壊した。
 慣れない高いヒールのパンプスに足を取られつんのめる。
 持ち前の反射神経でもう一歩足を踏み出したと同時に、傾き賭けていた体は何かにぶつかり止まった。
 背中に置かれた温かなぬくもりに、アイビーはびくりと肩を震わせた。
 目の前に広がる質のいい黒い服に既視感がある。
 それはアイビーをこの城に連れてきた張本人のもので。
 しかし、この部屋にいたはずの男はまだアイビーの背を越えていない、見た目だけは小さな男の子のはずだ。
 喉から小さく空気が漏れ、脳内に警笛が鳴り響く。

(魔王ではない? だとしたらこいつは魔族、か? 敵国の騎士団長の首は確かに功績になるだろうな)

 誰かの手が緊張するアイビーの背を数回優しく叩いた。

「アイビー、積極的なのは僕としても嬉しいんだけど……」

 教えていないはずの名前を口にする目の前の誰かに、アイビーはそろそろと視線を上げる。
 そこにいたのは、ライをそのまま大きくしたような男だった。
 薄い唇は弧を描き、形のいい輪郭に彩りを添えている。
 すっと伸びた鼻筋は切れ長の目に続いており、水晶のような瞳が悪戯が成功した子どものように細められた。

「そんなに見つめられちゃうと照れるなぁ」

 彼は低い掠れた声で笑った。そのはずみで夜の闇のような色のふわふわな髪が揺れる。
 誰だと問う前に、彼はとてもいい笑顔で名を告げた。

「僕はライだよ。この姿では初めましてだね」
「……どちらが本当の姿だ」
「なーいしょ。って言いたいところだけど、君に隠し事はしたくないんだよね~」

 ライに支えられていた体をそっと戻され、ソファーへと手を引かれた。
 息をするかのようにエスコートされたアイビーが気がついた時にはすでにソファーに腰掛けていた。
 ローテーブルを挟んだ向かい側にライが座り、長い足が組まれる。
 膝に両手を乗せたのは癖だろうか。
 アイビーがライの一挙一動を観察していると、くすりと笑い声が聞こえた。

「そんなに警戒しなくてもなにもしないよ」
「すでに服を脱がされたが」
「可愛い女の子を着飾るのは変かな?」
「知らん。それで、今の姿が貴様本来の姿か?」
「うん、そうだよ」

 渋ることなく頷いたライに、アイビーは疑心の目を向ける。

「何故子どもの姿をしている?」
「それ聞いちゃう?」
「戦場で詳しい話をすると言ったのは貴様だろう」
「覚えていてくれたんだ。嬉しいなぁ」
「茶化すな」
「ごめんごめん。そうだなぁ、簡潔に言うと、君らの王妃サマのせいだよ」
「は?」

 唐突に出てきた王妃にアイビーから素っ頓狂な声が漏れる。
 じっとライを見つめるが、彼はいたって面倒そうな顔をするだけで、嘘をついているようには見えなかった。

(出陣の前に王妃殿下が言っていたな。隠しキャラがどうの、と。……まさか)

 行き着いた答えに、アイビーは大きなため息をつきたくなった。
 その様子を見ていたライの口角が僅かに上がる。
 アイビーの僅かな感情の変化に気がついたのだろう。

「気がついたみたいだね。やっぱり僕の見込んだ通りだ」
「……貴様はどこまで知っている」
「彼女が異世界から召喚された女性で、瞬く間に国の重要人物達を手籠めにした女狐ってことは知ってるね」
「ははっ、女狐か」

 乾いた笑いが漏れる。
 しかし、否定する気になれなかったのは仕方のない事かもしれない。

「ちなみに、僕にも媚びを売ってきていたよ。滑稽だよね、僕には魅了の魔法なんて効かないのに」

 やれやれと首を振るライに、アイビーは長年の疑問がようやく解けた気がした。

(魅了。そうか、魅了魔法か)

 三人の男性が一人の女性を慈しむような事態は、本来咎められる行為のはずだ。
 そもそもカーネル王国は一夫多妻制でも一妻多夫制でもない。一妻一夫だ。
 そんな当たり前のことが、王妃の毒牙にかかると分からなくなるらしい。

(いや、宮殿内で王妃たちの言動に違和感を抱いていたのは私だけだったな)

 執拗にアイビーをライの元へ向かわせるのは、魅了の効かない者同士で潰し合いをしてほしかったからか。
 背筋にひやりと悪寒が通っていく。
 王国の上層部も本当に討ち取れるとは思っていないだろうが、任務失敗が何度も重なれば、背負う責任も重くなる。
 そして、アイビーは今回最後のチャンスだと告げられている。
 ライに捕まった時点で任務は達成されなかったのだから、膨大に膨れ上がった責任は騎士団長であるアイビーの首にかかるだろう。

(魅了の効いていない私を、体よく始末するためか……?)

 勝てもしない戦へと向かわされ、叱責される。そのことに何も感じなかったわけではない。
 理不尽だと思う心も、憤りも、きちんとアイビーの中にはあった。
 アイビーは奥歯を噛み締め、震えそうになる唇を動かす。

「それで貴様は魅了が効いていない(正気の)私に何を求める」
「ちゃんと頭の回る人で安心したよ」
「茶化すな」

 じろりと睨めば、ライは肩を竦める。
 アイビーの眼力に観念したのか、ライはあらためてと前置きを口にし、口元に笑みをたたえた。

「僕と手を組んでほしい。カーネル王国を正常に戻すために」
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