くっ殺女騎士は魔王の執愛から逃れられない

三十一話

「報告します」

 水平線から太陽が昇りはじめた頃、カーネル王国の王城の一室で温度のない声が響いた。
 ヒナギクは寝台で足を組んで長い黒髪をもてあそぶ。
 髪と同じ色の瞳で床に跪く男を冷ややかな目で見下ろした。

「えぇ。それで魔王(あの男)はどうなったのかしら」
「死亡を確認しました。魔王を屠った元騎士団長が国境を越えてこちらへと向かっています」
「まぁ! 本当!」
「もちろんです。この目で息の根が止まったことを確かめましたから」
「それなら安心ね! 元騎士団長(あの女)は今日中に王城に着くかしら?」

 無邪気な笑みで笑うヒナギクに、男は頷く。

「はい。今夜には着くでしょう」
「うふふ、なら今夜はパーティーね! 魔王を亡き者にした英雄の帰還ですもの」
「伝えておきましょう」
「お願いね。帰ってきた後はどうしようかしら? うーん、やっぱりいなくなってもらうのが一番よね。バグだし」
「そちらも手配しますか?」
「そうねぇ。どうやって殺すのがいいと思う?」

 ヒナギクはこてんと首を傾げ、当たり前のように問う。
 男は一瞬戸惑ったように閉口したが、すぐに笑みを貼り付けた。

「でしたらこういうのはいかがでしょう?」

 男の口から零れた提案に、ヒナギクは花が咲いたように笑った。

「いいわね! じゃあそういう手筈でお願い」
「王妃殿下の御心のままに」


 ◇◆◇


 アイビーは街灯の消えた城下町をしっかりとした足取りで歩いていた。
 目を凝らさなければならないほど暗く、慎重に足を進める。
 一歩進むごとに暗い空気がアイビーをすり抜けていき、ぶるりと体が震えた。
 城下町の中心で自己主張をする大きな城を見上げ、アイビーは眩しさに目を細めた。
 真っ暗な闇の中でも爛々と輝くそれに目眩がしそうだ。

(……まさか私が帰ってくるとはな)

 魔王領で敗戦し、城に連れていかれた時点で、カーネル王国との縁は切れたものだと考えていた。
 戻ることもできずに生涯を終えるものだと人知れず納得していた。
 しかし、こうしてカーネル王国に戻ってくることになろうとは、誰が予想できるだろうか。

(いかんいかん。しゃんとせねば)

 アイビーは頭を振り、背筋を伸ばして城へと足早に向かった。


 門兵に見知った顔を見つけ、アイビーは詰まっていた息を吐いた。

「久しぶりだな。鍛錬は怠っていないか?」
「は……団長!?」

 大げさに目を見開いて驚く門兵に、思わず苦笑してしまう。

「なんだ? 幽霊を見たような反応して」
「い、いえ、その、本当に帰ってきてしまったんですか……?」
「ん?」

 門兵からこぼれ落ちた言葉に違和感を抱き、眉を顰める。
 真っ直ぐ報告に向かおうと段取りをつけていたアイビーだったが、優先順位を瞬く間に変更した。
 門兵の顔を正面から見やり、目の奥に魅了魔法が渦巻いていないことを確認する。
 国王や宰相のようにどこを見ているのか分からない目ではない。
 そのことに胸を撫で下ろす。

「お前は正気なんだな」
「……今、外回りしている奴らはそうですね。もう片手で数えられる程度しかいませんが……。基本的に皆城内警邏に行っちゃいますから」
「あぁ……」

 夜会の雑踏警備は毎度取り合いになるほど人気だ。騎士達の目的はもちろんヒナギクだ。
 それは今も変わらないらしい。
 彼らは一目見ようと警備らしい警備もできず、職務を全うできないことのが多いので、アイビーが統率を取っていたときは外回りをさせていた。
 アイビーがいなくなった今を考えるだけで頭を抱えそうになってしまう。
 心なしか門兵が遠い目をしている気がするが、見間違いではなさそうだ。

「団長。後生ですから、魔王領へ帰って下さい。団長は、ここにいちゃいいけない」
「ふっ、それだけ必死になってくれる部下を持って私は幸せ者だな」
「えっ、ちょっ」

 門兵の肩を労うように叩き、彼の横を通り抜ける。
 アイビーは勢いよく振り返った門兵の顔も見ずにひらりと手を振った。

「大丈夫だ。お前が心配するようなことにはならない」

 しなやかに揺れる銀髪の上で、きらりと簪が煌めいた。
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