くっ殺女騎士は魔王の執愛から逃れられない

三十二話

「魔王討伐を成し遂げたアイビー・ベルダーの入場です」

 金管楽器の音が響き、重厚な扉が開かれる。
 静まり返ったホール内から探るような視線がアイビーへと突き刺さった。
 贅の限りを尽くしたホールだが、魔王領で見た小宮殿と比べると見劣りしてしまうなと、アイビーは場違いなことを思いながら足を進める。
 会場内を視線だけで観察し、見知った騎士達が壁際に集まっていることを確認した。

(もう少し動きやすいドレスにしてもらえばよかったな)

 ホールの中心でアイビーを待つヒナギクへと目を向けながら、アイビーは内心げんなりとしてしまう。
 アイビーを労うための夜会だと聞かされていた。
 しかし、こうも騎士達に取り囲まれている現状で安心できるほどアイビーは楽観視できない。
 夜会には相応しくないからと強制的にフィッシュテールドレスへと着替えさせられてしまったが、足回りがふわふわと揺れて落ち着かない。
 アイビーは居心地の悪さを誤魔化すように背筋を伸ばした。
 一歩一歩しっかりと踏みしめ前に進む。
 そのたびに結い上げられた髪が揺れ、簪の存在を思い出させてくれた。
 アイビーは心強い存在に一人ではないと、肩の力を抜く。
 すると先ほどまでは見えてこなかった会場内の状況にも目を向けることができた。
 アイビーが社交界に疎いと知りながらドレスを勧めてきたのだと察せられるほどに、周りの目が雄弁だ。

(しかし、英雄の帰還とは名ばかりで、私を貶めたいのだと言わんばかりだな。嫌になる)

 ヒナギクの前に辿り着いたアイビーは嫌悪を飲み込み、淑女然とした微笑みを浮かべた。
 流れるようにドレスを両手で持ち上げ、片足を引く。
 優雅にカーテシーをすると、ヒナギクの口元が引き攣った。
 どうやらアイビーが淑女教育を受けていないことは公然の事実だったらしい。

(悪趣味だな)

 仕草一つで目の色を変えた出席者達に、アイビーはため息をつきたくなる。
 侮蔑の混じった視線が幾分か和らいだ。表面上の体裁は整えることができたらしい。
 周りの反応とは裏腹に、ヒナギクの機嫌は急降下していく。
 睨み付けるようにアイビーへと目を向け、真っ赤なルージュを引いた唇が開かれる。

「よく戻ってきたわね」
「もったいないお言葉です」

 アイビーがそっと目を伏せる。
 しおらしげなのが気に食わなかったのか、ヒナギクは大きくため息をついた。

「貴女が魔王を倒したと聞いたから招待してあげたのよ? もっと喜んだらどう?」
「……ご期待に添えず申し訳ありません」
「もういいわ。というか、敵国から帰ってきた貴女はもう必要ないのよね」
「必要ない、とは?」
「バグは消えるのが道理でしょ? 魔王っていうバグも処理したんだから――」

 にぃっとヒナギクの口角が釣り上がる。

「――次はお前でしょ?」

 その言葉を合図に、壁際にいたはずの騎士達がアイビーを取り囲んだ。
 やっぱりかと思う気持ちが大きく、アイビーは冷めた目で周りの騎士達を眺める。
 思い思いに抜刀をしているが、夜会の出席者達から悲鳴の一つも上がらないことを鑑みると、アイビーがこの場で処刑されるのを見に来た人達なのだろう。
 アイビーは綺麗に整えられた風貌に似合わない舌打ちをし、微笑んだままのヒナギクへと目を向けた。
 藍色の瞳が絶対零度の如く冷え切っていたのは言うまでもない。

「これはどういうことでしょう? 王妃殿下」
「どうもこうも、反逆者の処刑をするだけのことよ?」
「言うに事欠いて反逆者ときたか……」
「ヒロインの私に仇なすモブは皆、敵なのよ」
「モブ、が何を示すのか私は存じ上げませんが、自国の騎士団長を敵とは酷い言い草ですね」

 アイビーが首を竦めてみせると、ヒナギクの体が怒りに震えはじめる。
 魅了魔法のおかげで自身を肯定する人間がいないからか、反論されることに慣れていないらしい。
 目に見えて顔を真っ赤にするヒナギクを眺めながら、人は限界まで激高すると顔色まで変わるのだなと場違いな事を思った。
 ヒナギクは地団駄を踏みそうな勢いでアイビーに人差し指を突き立てる。

「もう許さない! 魔王を殺した今、バグはお前だけなのよ! 早く死んでバグを直してよ!」

 今にも飛びかかってきそうな命令に、騎士達がアイビーへと飛びかかろうとした。
 その時。

「勝手に殺さないでほしいなぁ」

 その場に似つかわしくない、間延びした声がホールに響いた。
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