右見ても左見てもクズ男とチャラ男!愛され迷惑!
プロローグ~男だらけの騎士団での愛され「姫」への道
「予算が足りない」
上司の言葉に、ルイスは顔を上げた。
王宮の会計監査室室長アイザックが、秀麗な顔に苦渋を滲ませて目の前の相手に対して訴えかけている。
「足りないって、どのくらいだ?」
騎士団の装備をそろそろ新調したい……と打ち合わせにきていた第一騎士団の副団長クライヴが、緊迫感のない調子で聞き返す。
「少なくとも、あなたがたの要望を通すのは不可能です。国王陛下の馬を二頭くらい売り飛ばせばどうにかなるかもしれませんが、値をつけても買おうと言い出す相手はいないでしょう。つまり、足りていないし、ひねり出すこともできない、そのくらい足りていません」
「どうあっても、だめということか」
「だめですね。無理です。本当にお金がない」
アイザックは、長く伸ばした銀髪を軽く括って背に流した、白皙の美青年である。一方のクライヴは、背が高く引き締まった体つきで、彫りの深い顔立ちが精悍でいかにも騎士らしい外見の騎士だ。
タイプの違う二人の青年が額を突き合わせて話し込んでいるのを、会計監査室の女性たちがぽーっと見ている。
ルイスはこの場では最年少十八歳、最近勤務を始めたばかりで右も左もわからず、女性たちが何に気を取られているかのも思い当たらぬまま不穏な会話に漠然とした不安を抱いていた。
(騎士団の予算不足ですか……。ニコラス義兄さまは大丈夫でしょうか)
ルイスの七歳上で、血の繋がりのない兄ニコラスは騎士団所属だ。ヴェルナー侯爵家嫡男で、ルイスとは連れ子のある親同士の再婚で十年前に家族となった。
ニコラスはその当時すでに寄宿学校に在籍していて、卒業後は王宮勤務の騎士となった。結婚や婚約はまだであるが、この十年間ほとんど家に帰ってくることがない。それでも、ルイスとの兄妹仲は決して悪くなかった。ニコラスは会えば親切にしてくれるし、ルイスも素直に慕っている。
お互い王宮勤務となってからも、基本的に宿舎住まいのニコラスとタウンハウスから通勤しているルイスは滅多に会うこともない。周囲も兄妹とは認識していないくらいの距離感だ。
だが少なくともルイスには「家族」という意識があるので、ニコラスの所属する騎士団絡みの話ともなれば気になってしまう。
義兄は何か困っているのだろうか? 会計監査室勤務となったいま、自分に手助けできることはないか? ルイスは話の行く末を気にかけて、上司であるアイザックの様子を窺っていた。
視線の先では、副団長クライヴが「なるほど、無いものは無いか」と肩をすくめていた。
「つまり、無から有を生み出さねばならないんだな」
「無茶なことを言っているけど、それができたら素晴らしいですね」
アイザックは、特に皮肉るでもなくクライヴにさわやかな笑みを向ける。その様子を見て、机に向かって仕事をしているはずの女性たちがまたもや仕事そっちのけで「きゃあ……」と目を輝かせていた。
気配で、察したのだろう。クライヴは室内を見回してにこりと笑顔で愛想を振りまいてから、アイザックに向き直る。
「俺に考えがある。『騎士団の日常』という配信番組で課金を募るのはどうだろう」
不思議そうに目を瞬いて、アイザックは座った位置から立ったままのクライヴを見上げた。
「配信で課金……? 最近開発された映像中継魔道具のことですか? たしかにいまは魔道具の普及推進のため、民間で魅力的な番組作りが試行錯誤されていると聞きますが、王宮騎士団の日常を配信するのはどうなのでしょう。許可を取るのも難しいでしょうし、情報管理の観点からも私は賛成できません。騎士団は、我が国の防衛を担う部署ですよ。建物の内部構造が知れるような映像を不特定多数に配信するのはいけません。機密書類が映り込んだりするのも怖いです」
アイザックはクライブに対して「あなたは管理が甘いでしょう?」と、優しい声音ながらもしっかりと釘を刺す。「まあそうだな」と笑いつつも、クライヴは「あくまで鍛錬の様子や、食事風景といった一般公開して問題ない場所での撮影だよ」と食い下がった。
「それの……どこに需要が?」
不思議そうに、アイザックが首を傾げる。クライヴは「いいから、ちょっと立て」とアイザックを席から立たせると、不意に手を伸ばしてその顎を指先でつまんだ。
「!?」
軽い仕草であったが、力は強いらしく振りほどけない様子だ。アイザックは目を見開いてクライヴを見つめて「なんですか?」と尋ねた。
クライヴはにやにやとしながら、自信満々に言い放った。
「つまりこういうことだ。うちの第一騎士団は貴族出身という入団規定がある上に、美形揃いと評判だ。しかし仕事内容は要人警護任務が多く、市中見廻りなどに出ることはほぼない。庶民のみならずご令嬢や貴婦人からも憧れの対象ではあるものの、普段の生活は見えにくい。その美青年たちがだな、かぶりつきで視聴できる映像の中で仲良く睦み合う姿を披露するんだ。しかも投げ銭をするとリクエストに応えてくれることもある。これは……跳ねる」
説明をされても、アイザックはまだぴんとこない様子でクライヴを見ていた。
「投げ銭というのは、映像中継魔道具に搭載された課金機能のこととは思いますが……。それは騎士や貴族の在り方として絶対に反対が出ますよ。まず、騎士団の騎士たちが納得しないかと」
「させる」
「強権発動ですか。しかし需要はいかほどのものでしょうか」
クライヴはちらっと室内を見渡す。二人のやりとりを、いまや女性も男性も固唾をのんで見守っていた。注目を集めているのに満足した様子で、クライヴはアイザックの顎を掴んでいた手を離して解放し、笑いかける。
「需要はある。これまで近づきがたいとされていた騎士の中の騎士、しかも容姿のいい男同士が仲間だけに見せるような表情で笑い合っている映像には価値がある。できればストーリー性も欲しいところだな。こう、誰それがちょっといい仲なのではないかと妄想が捗るような」
「ああ、すみません。私は何かと疎いのですが、少しだけわかってきました。つまり……こういうことですね?」
ようやく理解が追いついたとばかりに頷くと、アイザックは不意に足をふらつかせてクライヴの胸に倒れ込んだ。
「おいどうした。大丈夫か?」
受け止めたクライヴが、心配そうにアイザックを見下ろす。抱きとめられた体勢で、アイザックは艶やかに微笑んだ。
「大丈夫ですよ。少しめまいがした……演技です。こういうことでしょうか、皆さん」
アイザックの呼びかけに、目をうるませた女性たちがうんうんうんうんと頷いていた。
一瞬黙り込んでいたクライヴは、次の瞬間大きな笑い声を響かせた。
「そうそう、そういうことだよ! こういうちょっとしたサービスが重要なんだ。……ただなぁ。うちは育ちがいいから全員上品さは申し分ないんだが、真面目で無骨な性格の奴ばかりで、鍛錬も真剣に取り組むからやけにガタイの良い奴しかいなくて……。こう、一人くらいみんなに構われるような、一回り小さい愛され美少年で『姫』キャラがいれば言うことないんだが」
「はい、わかる気がします。女性ではいけないんですよね。限りなく女性に見えるような……愛らしく可憐な美少年。同じ騎士であり任務で課される仕事内容は同じなのに、全員が『おい、大丈夫か』『ち、仕方ねえな。もっと鍛えろよ?』と何かと構いたくなるような」
「そうそう、本人も『気遣いは不要です』なんて言って、むきになって真面目に稽古に挑むけど屈強な男たちの間ではいかにも非力で弱々しくて、そのくせ妙に強気でそこがまた可愛い。酒には弱くて飲むと真っ赤になって結局先輩にベッドに運ばれて介抱されたり……だな。べつにそこで何があるわけでもないんだが」
「クライヴ、それはだめですよ、そこまでやってしまうと『あれが騎士団の泣き所か』とみんなの姫が悪党に狙われてしまいます。でも、まあ多少ならありかもしれませんね。あとは人材ですか……」
真面目に話し合う二人の会話を、ルイスは真剣に聞いていた。
(な、何を言っているのかよくわかりません。騎士団の姫ってなんですか?)
実際にはそんな人物いないのに、映像の中で演出として登場させるとすればそれはいわゆる「やらせ」ではないだろうか……? と、ひとり首をひねっていたところで、ふと手元に影が落ちてきて顔を上げた。
いつの間にか、目の前にアイザックとクライヴが立っていた。
「ルイスくん、君に頼みたいことがある。いいかな?」
「はい、なんでしょう!?」
アイザックに声をかけられてがばっと立ち上がったルイスを見下ろして、クライヴが「いいねえ」と笑った。
「君は新人でまださほど王宮内でも顔を知られていない。将来的には母方の商会を継ぐそうだが、身元保証人は侯爵家で貴族の養子であり第一騎士団の入団条件を満たしている。ただし『騎士団の日常』の中では身元を明かす必要はない。新人騎士でみんなの後輩、そうだな偽名でレインくんとでもしようか。入団したての新人騎士として仲良くしてきてくれ。『姫』として」
さらにアイザックはルイスに質問の隙を与えず、室内を見回して「みんな、そういうことだから、いいね?」と声をかけた。
「ルイスくんを今日から向こう三ヶ月程度騎士団に出向させる。このことは部署外では他言無用だ。『騎士団の日常』の放映が始まっても、決して誰にも新人騎士レインくんの正体を明かしてはならない。レインくんは今日から男所帯である『騎士団の姫』だ」
「あの、私は男ではありませんが」
ルイスは女性の平均より身長は少しばかり高く、体つきはほっそりとしていてあまり丸みがない。声は高くも低くもなく、働きやすさを重視して髪はしっかりとまとめて地味で動きやすく装飾性のないドレスを身に着けていたが、女性である。男所帯にずかずか入っていって良いはずがない。
しかし、アイザックは「大丈夫だよ」と言い切った。
「姿勢が良くすらっとしていて、男装がよく似合いそうだ。顔立ちも綺麗で甘すぎず目元がすっきりとしていて、まさしく『騎士団の姫』にふさわしい。君はそのままで大丈夫だ。あとは全部このクライヴと騎士団がどうにかしてくれるだろう。安心して行ってきなさい」
その命令に拒否権があるか否かはわからなかったものの、ルイスは一番大事なことを確認した。
「私が騎士団に一時的に所属し、その任務に従事することで、騎士団の資金難には一定の目処がつくということでよろしいでしょうか?」
「その通りだ。絶対に跳ねる。欲を出しすぎず、必要経費を稼いだところで終えて構わない。騎士団の未来はルイスくん、君にかかっている」
上司であるアイザックにそこまで言われたら、ルイスといてこれ以上ぐずぐず言うつもりはない。
(ニコラス義兄さまの助けになるのであれば、望むところです!)
かくして、男装したルイスの「騎士団の姫」生活が幕を開けることになる。
上司の言葉に、ルイスは顔を上げた。
王宮の会計監査室室長アイザックが、秀麗な顔に苦渋を滲ませて目の前の相手に対して訴えかけている。
「足りないって、どのくらいだ?」
騎士団の装備をそろそろ新調したい……と打ち合わせにきていた第一騎士団の副団長クライヴが、緊迫感のない調子で聞き返す。
「少なくとも、あなたがたの要望を通すのは不可能です。国王陛下の馬を二頭くらい売り飛ばせばどうにかなるかもしれませんが、値をつけても買おうと言い出す相手はいないでしょう。つまり、足りていないし、ひねり出すこともできない、そのくらい足りていません」
「どうあっても、だめということか」
「だめですね。無理です。本当にお金がない」
アイザックは、長く伸ばした銀髪を軽く括って背に流した、白皙の美青年である。一方のクライヴは、背が高く引き締まった体つきで、彫りの深い顔立ちが精悍でいかにも騎士らしい外見の騎士だ。
タイプの違う二人の青年が額を突き合わせて話し込んでいるのを、会計監査室の女性たちがぽーっと見ている。
ルイスはこの場では最年少十八歳、最近勤務を始めたばかりで右も左もわからず、女性たちが何に気を取られているかのも思い当たらぬまま不穏な会話に漠然とした不安を抱いていた。
(騎士団の予算不足ですか……。ニコラス義兄さまは大丈夫でしょうか)
ルイスの七歳上で、血の繋がりのない兄ニコラスは騎士団所属だ。ヴェルナー侯爵家嫡男で、ルイスとは連れ子のある親同士の再婚で十年前に家族となった。
ニコラスはその当時すでに寄宿学校に在籍していて、卒業後は王宮勤務の騎士となった。結婚や婚約はまだであるが、この十年間ほとんど家に帰ってくることがない。それでも、ルイスとの兄妹仲は決して悪くなかった。ニコラスは会えば親切にしてくれるし、ルイスも素直に慕っている。
お互い王宮勤務となってからも、基本的に宿舎住まいのニコラスとタウンハウスから通勤しているルイスは滅多に会うこともない。周囲も兄妹とは認識していないくらいの距離感だ。
だが少なくともルイスには「家族」という意識があるので、ニコラスの所属する騎士団絡みの話ともなれば気になってしまう。
義兄は何か困っているのだろうか? 会計監査室勤務となったいま、自分に手助けできることはないか? ルイスは話の行く末を気にかけて、上司であるアイザックの様子を窺っていた。
視線の先では、副団長クライヴが「なるほど、無いものは無いか」と肩をすくめていた。
「つまり、無から有を生み出さねばならないんだな」
「無茶なことを言っているけど、それができたら素晴らしいですね」
アイザックは、特に皮肉るでもなくクライヴにさわやかな笑みを向ける。その様子を見て、机に向かって仕事をしているはずの女性たちがまたもや仕事そっちのけで「きゃあ……」と目を輝かせていた。
気配で、察したのだろう。クライヴは室内を見回してにこりと笑顔で愛想を振りまいてから、アイザックに向き直る。
「俺に考えがある。『騎士団の日常』という配信番組で課金を募るのはどうだろう」
不思議そうに目を瞬いて、アイザックは座った位置から立ったままのクライヴを見上げた。
「配信で課金……? 最近開発された映像中継魔道具のことですか? たしかにいまは魔道具の普及推進のため、民間で魅力的な番組作りが試行錯誤されていると聞きますが、王宮騎士団の日常を配信するのはどうなのでしょう。許可を取るのも難しいでしょうし、情報管理の観点からも私は賛成できません。騎士団は、我が国の防衛を担う部署ですよ。建物の内部構造が知れるような映像を不特定多数に配信するのはいけません。機密書類が映り込んだりするのも怖いです」
アイザックはクライブに対して「あなたは管理が甘いでしょう?」と、優しい声音ながらもしっかりと釘を刺す。「まあそうだな」と笑いつつも、クライヴは「あくまで鍛錬の様子や、食事風景といった一般公開して問題ない場所での撮影だよ」と食い下がった。
「それの……どこに需要が?」
不思議そうに、アイザックが首を傾げる。クライヴは「いいから、ちょっと立て」とアイザックを席から立たせると、不意に手を伸ばしてその顎を指先でつまんだ。
「!?」
軽い仕草であったが、力は強いらしく振りほどけない様子だ。アイザックは目を見開いてクライヴを見つめて「なんですか?」と尋ねた。
クライヴはにやにやとしながら、自信満々に言い放った。
「つまりこういうことだ。うちの第一騎士団は貴族出身という入団規定がある上に、美形揃いと評判だ。しかし仕事内容は要人警護任務が多く、市中見廻りなどに出ることはほぼない。庶民のみならずご令嬢や貴婦人からも憧れの対象ではあるものの、普段の生活は見えにくい。その美青年たちがだな、かぶりつきで視聴できる映像の中で仲良く睦み合う姿を披露するんだ。しかも投げ銭をするとリクエストに応えてくれることもある。これは……跳ねる」
説明をされても、アイザックはまだぴんとこない様子でクライヴを見ていた。
「投げ銭というのは、映像中継魔道具に搭載された課金機能のこととは思いますが……。それは騎士や貴族の在り方として絶対に反対が出ますよ。まず、騎士団の騎士たちが納得しないかと」
「させる」
「強権発動ですか。しかし需要はいかほどのものでしょうか」
クライヴはちらっと室内を見渡す。二人のやりとりを、いまや女性も男性も固唾をのんで見守っていた。注目を集めているのに満足した様子で、クライヴはアイザックの顎を掴んでいた手を離して解放し、笑いかける。
「需要はある。これまで近づきがたいとされていた騎士の中の騎士、しかも容姿のいい男同士が仲間だけに見せるような表情で笑い合っている映像には価値がある。できればストーリー性も欲しいところだな。こう、誰それがちょっといい仲なのではないかと妄想が捗るような」
「ああ、すみません。私は何かと疎いのですが、少しだけわかってきました。つまり……こういうことですね?」
ようやく理解が追いついたとばかりに頷くと、アイザックは不意に足をふらつかせてクライヴの胸に倒れ込んだ。
「おいどうした。大丈夫か?」
受け止めたクライヴが、心配そうにアイザックを見下ろす。抱きとめられた体勢で、アイザックは艶やかに微笑んだ。
「大丈夫ですよ。少しめまいがした……演技です。こういうことでしょうか、皆さん」
アイザックの呼びかけに、目をうるませた女性たちがうんうんうんうんと頷いていた。
一瞬黙り込んでいたクライヴは、次の瞬間大きな笑い声を響かせた。
「そうそう、そういうことだよ! こういうちょっとしたサービスが重要なんだ。……ただなぁ。うちは育ちがいいから全員上品さは申し分ないんだが、真面目で無骨な性格の奴ばかりで、鍛錬も真剣に取り組むからやけにガタイの良い奴しかいなくて……。こう、一人くらいみんなに構われるような、一回り小さい愛され美少年で『姫』キャラがいれば言うことないんだが」
「はい、わかる気がします。女性ではいけないんですよね。限りなく女性に見えるような……愛らしく可憐な美少年。同じ騎士であり任務で課される仕事内容は同じなのに、全員が『おい、大丈夫か』『ち、仕方ねえな。もっと鍛えろよ?』と何かと構いたくなるような」
「そうそう、本人も『気遣いは不要です』なんて言って、むきになって真面目に稽古に挑むけど屈強な男たちの間ではいかにも非力で弱々しくて、そのくせ妙に強気でそこがまた可愛い。酒には弱くて飲むと真っ赤になって結局先輩にベッドに運ばれて介抱されたり……だな。べつにそこで何があるわけでもないんだが」
「クライヴ、それはだめですよ、そこまでやってしまうと『あれが騎士団の泣き所か』とみんなの姫が悪党に狙われてしまいます。でも、まあ多少ならありかもしれませんね。あとは人材ですか……」
真面目に話し合う二人の会話を、ルイスは真剣に聞いていた。
(な、何を言っているのかよくわかりません。騎士団の姫ってなんですか?)
実際にはそんな人物いないのに、映像の中で演出として登場させるとすればそれはいわゆる「やらせ」ではないだろうか……? と、ひとり首をひねっていたところで、ふと手元に影が落ちてきて顔を上げた。
いつの間にか、目の前にアイザックとクライヴが立っていた。
「ルイスくん、君に頼みたいことがある。いいかな?」
「はい、なんでしょう!?」
アイザックに声をかけられてがばっと立ち上がったルイスを見下ろして、クライヴが「いいねえ」と笑った。
「君は新人でまださほど王宮内でも顔を知られていない。将来的には母方の商会を継ぐそうだが、身元保証人は侯爵家で貴族の養子であり第一騎士団の入団条件を満たしている。ただし『騎士団の日常』の中では身元を明かす必要はない。新人騎士でみんなの後輩、そうだな偽名でレインくんとでもしようか。入団したての新人騎士として仲良くしてきてくれ。『姫』として」
さらにアイザックはルイスに質問の隙を与えず、室内を見回して「みんな、そういうことだから、いいね?」と声をかけた。
「ルイスくんを今日から向こう三ヶ月程度騎士団に出向させる。このことは部署外では他言無用だ。『騎士団の日常』の放映が始まっても、決して誰にも新人騎士レインくんの正体を明かしてはならない。レインくんは今日から男所帯である『騎士団の姫』だ」
「あの、私は男ではありませんが」
ルイスは女性の平均より身長は少しばかり高く、体つきはほっそりとしていてあまり丸みがない。声は高くも低くもなく、働きやすさを重視して髪はしっかりとまとめて地味で動きやすく装飾性のないドレスを身に着けていたが、女性である。男所帯にずかずか入っていって良いはずがない。
しかし、アイザックは「大丈夫だよ」と言い切った。
「姿勢が良くすらっとしていて、男装がよく似合いそうだ。顔立ちも綺麗で甘すぎず目元がすっきりとしていて、まさしく『騎士団の姫』にふさわしい。君はそのままで大丈夫だ。あとは全部このクライヴと騎士団がどうにかしてくれるだろう。安心して行ってきなさい」
その命令に拒否権があるか否かはわからなかったものの、ルイスは一番大事なことを確認した。
「私が騎士団に一時的に所属し、その任務に従事することで、騎士団の資金難には一定の目処がつくということでよろしいでしょうか?」
「その通りだ。絶対に跳ねる。欲を出しすぎず、必要経費を稼いだところで終えて構わない。騎士団の未来はルイスくん、君にかかっている」
上司であるアイザックにそこまで言われたら、ルイスといてこれ以上ぐずぐず言うつもりはない。
(ニコラス義兄さまの助けになるのであれば、望むところです!)
かくして、男装したルイスの「騎士団の姫」生活が幕を開けることになる。
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