右見ても左見てもクズ男とチャラ男!愛され迷惑!

3 まさか、バレていないつもりなのか……!?

 ニコラスは、副団長であるクライヴがその小柄な新人騎士を連れてきたときから、自分の目が信じられずに穴が空くほど見つめてしまっていた。
 どう見ても「レイン」は血の繋がらない妹のルイスである。

(前回顔を合わせたのは、王宮に就職が決まったと聞いた三ヶ月前の食事か……? しばらく会っていなかったし、服装や髪型も違うが、あのプラチナブロンドと青い目はルイスで間違いない。男にしては顔が可愛すぎる)

 隣に立っているのが騎士団の中でもとりわけ体格の良いクライヴというのを抜きにしても、騎士服姿の「レイン」は見るからに華奢でほっそりとした体つきをしている。ニコラスは「副団長は俺の義妹から即刻離れてください」と、いまにも前のめりになり声に出して言ってしまいそうなのを、ぎりぎりのところで耐えていた。頭の中では「何故?」がずっとぐるぐるしている。

(どういうことだ? 「姫」と副団長は言ったか? ルイスが姫? しかし服装は騎士服で……勤務先は会計監査室のはずだが、どうしてまたこの男所帯へ? 配信任務とは? ルイスも今回の件に何か関わりがあるのか?)

 仲間である騎士団の面々を疑うつもりはないが、義妹ルイスがこんな男だらけの場所にいるのはとにかく落ち着かない。「早く家に送り帰さねば」で頭がいっぱいで、ニコラスは著しく余裕を欠いていた。

 そのニコラスの横で、経緯は違えど同じように「こんな小さな子をこの場に長居させてはいけない」と思ったらしいランドルフが動いた。
 真面目な彼らしく、丁寧な口ぶりで「君はこの仕事を辞退すべきだ」とルイスに対して言っている。その通りだと、これにはニコラスも全面的に同意だった。

 しかし「レイン」と名乗っているルイスは、ランドルフの提案に取り合うこともなく「大丈夫です! ご指導ご鞭撻のほどよろしくお願いします!」などと笑顔で言っていた。
 一体そのやる気は、どこからくるのか。ニコラスには不思議でならない。

(騎士に……なりたかったのか? そんな話は聞いたことはなかったが。俺に言えなかっただけか? いや、俺にこそ言うべきだろ? 俺は騎士なんだから。とにかく今日のところは一緒に屋敷に帰って話を聞いたほうが――)

 思い悩むニコラスの前で、ランドルフが不意に手を伸ばしてルイスの手首を掴んだ。「あっ」とルイスが短く悲鳴を上げた。

 その瞬間、ニコラスは考える前に動いていた。二人の間に割って入り、ランドルフの手を引き剥がしてルイスを背にかばう。
 私の義妹に何をする――とその素性を口にするのをためらい、咄嗟に当たり障りのない表現を選ぶ。

「ランドルフ。子どもに無体を働くな」

「ああ、悪い。まさか騎士になろうという男の腕がそんなに細いとは思わなかったんだ。痛かったよな、大丈夫か? 折れていないか? ひびくらい入ってしまったかもしれない。騎士団は練習でたまにそういうことはあるが、初めてだとびっくりするよな」

 ニコラスに叱り飛ばされたからというだけでなく、ランドルフは生来の生真面目さから焦った様子で早口に言う。ルイスの様子が気になるようで、ニコラスの背後を覗き込む仕草をした。
 やめろ見るな減る、と口走りそうになりつつニコラスは危ういところで唇を引き結んで堪える。
 その背後から、ルイスがひょこっと顔を出した。

「大丈夫です、少しびっくりしただけです。自分でも騎士になるにはひ弱すぎて頼りないと強く思っていましたので、この機会にしっかり体を鍛えようと思います!」

「必要か?」

 思わず、ニコラスは振り返りざまに口を挟んでしまった。

(べつに会計観察室は腕っぷしが必要とされる部署でもないのだし、力仕事もできる人間に任せればいいのだから、ルイスは無理して鍛えなくてもいいのに。騎士団の鍛錬はシャレにならないほど過酷だぞ)

 女性で文官のルイスに、耐えられるはずがない。どれほど痛々しい光景になることか。ほとんど虐待か拷問になってしまう、とニコラスは眉をひそめてルイスを見下ろす。言いたいことが山程ある。
 視線がぶつかると、ルイスはふわっと花がほころぶような笑みを浮かべて胸に手を当てて言った。

「ご心配頂いているのかもしれませんが、それには及びません。稽古の風景を視聴者の皆様にご覧いただくのも、今回の任務に含まれていると聞いています。僕は新人なのですべての訓練が『初めて』となるわけですが、こんな弱々しい男が配信番組終了の頃には見違えるほど体が出来上がって……という成長の過程を楽しんでいただくのも一興かと思います!」

 いやいや。ルイスは女性であって、いくら過酷な訓練に耐えたからって男の体にはならないだろう。しかも期間は三ヶ月と言っていたよな? 筋肉痛で寝込んでいるうちに終わるぞ。
 よほどニコラスはそう言って諭したかったが、続くルイスの一言に黙らせられてしまうことになる。

「手加減などは一切いりませんので、ぜひ一緒に良い番組を作っていきましょう! 差し支えなければ、お名前をうかがってもよろしいでしょうか」

 ニコラスは、かろうじて無表情でその言葉をやり過ごした。心の中では「……名前?」という疑問が高速でぐるぐるとまわっている。まわりすぎて気分が悪くなりそうであったが、ほどなくして結論が出た。
 名前を聞く→初対面であるとニコラス本人や周囲に印象付ける意味がある→……
 ぞくっと背筋に震えが走って、ニコラスは無言のまま目を瞠った。

(まさかルイス、俺に素性がバレていないと本気で思っているのか……!? そんなわけないだろう!! 一目で気づいたぞ。変装らしい変装もしていないし、どこからどう見ても男には見えない、れっきとした可愛い女性で……)

 家族の欲目でルイスをつい愛でてしまうニコラスであるが、そんな場合ではない。いまにも「何を言っているんだ」と諭してしまいそうだし、退室を促したい気持ちでいっぱいであった。
 その横で、ランドルフが響きの良い美声で答えた。

「俺はランドルフ・ウォーカーだ。よろしく。こっちはニコラス・ヴェルナー。学生時代からの同期でそろそろ腐れ縁かな」

 爽やかにルイスを見下ろして微笑みかけている友人の端整な横顔を、ニコラスは唖然として見つめてしまう。

(お前……、義兄の俺を差し置いて俺の義妹に勝手に話しかけるな……! というかなんだその爽やかさは。いや、普段から爽やかな男ではあるが? 学生時代からずーっと女性は苦手にしていて、自分から話しかけたことなんてなかっただろう……?)

 なんでルイスは平気なんだ? と疑問符を浮かべるニコラスをよそに、騎士団の面々がぱらぱらとルイスに名乗り始めた。誰も彼も礼儀正しくはあるが、早くも「仲間」に対する気安さを漂わせている。

「なんだこのアットホームな空気は……」

 思わず声に出てしまった。
 反応したのはクライブで、遠慮なくぶはっと噴き出し、腹を抱えて笑い出した。

「いいじゃねえか、第一騎士団はこのアットホーム感が売りだろう」

「売り出したことはありません。むしろ任務のときは全員無表情でいるわけですから、部外者からすると意外性しかないはずです。こんな気安い連中だなんて、誰も考えてはいないでしょう」

「おう。よしよし、じゃあそのイメージを良い意味で覆していこうな。第一回配信は、第一騎士団がアットホームな雰囲気で新人騎士レインくんを迎えるところからだ。彼の華奢な体格を前に、誰も彼もが『自分が鍛えてやらねば彼はすぐに脱落してしまう』と危機感を覚えて世話を焼き始める……いいね、絵になる」

 絵になる? と首を傾げるニコラスをよそに、早くもランドルフが「笑い事ではありません」と恐ろしく真面目くさった厳しい表情でクライヴに食ってかかってかかる。
 そして、がらっと変わった親身な態度でルイスに向かって言った。

「第一騎士団は華やかと誤解されがちだが、それは式典などのほんの一場面だけで普段は地味できつい鍛錬の積み重ねだ。大の男でもすぐに音を上げる……。でも心配しなくてもいい。ここで知り合ったのも何かの縁だ、最初は俺が君の面倒を見るから」

 ニコラスは、思わずランドルフの肩に手を置いて掴みかかった。面倒を見る? 俺の義妹だぞ? という瞬間的に煮えたぎった怒りをなんとかやり過ごしつつ、押し殺した声で尋ねた。

「何を勝手に決めているんだ? 誰もお前に面倒を見てくれなんて頼んでいないだろう? 先輩気取りもいい加減にしろ。そんなに新人にいいところを見せたいのか?」

「ニコラス、何をイライラしているのか知らないが、先輩が後輩の育成に責任を持つのは普通だろ?」

「だったら俺でいいだろ。彼の面倒は俺が見る」

 義兄なので、と心の中で付け足す。
 それをはっきりと言えないのは、この期に及んでもルイスが「義兄(にい)さま」と呼びかけてくる気配が微塵もないせいだ。

(言わないということは、言えない事情が何かあるんだよな? 騎士団内では素性を明かしてはならないとか、あらかじめ決め事があるんだろう。あとで二人になったときに聞き出すとして、皆の前ではあくまで初対面で通したほうがいいんだろうな。女性だと知っているのも、言えない)

 不意に、閃くものがあった。

 普段なら女性を苦手としているランドルフが、妙に積極的である理由に思い当たったのだ。
 つまりランドルフは、ルイスが女性であるとはまったく気づいておらず「レイン」という少年だと素直に信じているのだ。そのため、こうも積極的に関わりを持とうとしている。
 そのとき、それまで黙っていたヴィンセントまでもが突如として参戦してきた。

「お二人で後輩の取り合いをなさっているところに口を挟んですみません。僕、ずっと後輩が欲しかったんです。レインくんの世話係は僕ではいけませんか?」

 くっと、ニコラスは歯を食いしばる。

(ヴィンセント、お前もか!)

 彼もまた、その美貌でモテすぎた幼少期の反動か、普段の生活においては「女性が苦手」であるのを隠してもいないのだ。それが今日は、華奢で庇護欲をそそる後輩()()なら全然平気とばかりに妙に張り切っている。
 目を見開いて固まるニコラスをよそに、他の騎士たちまで「俺も俺も」と言い始めた。
 ニコラスは、その気持ちまでもが手に取るようによくわかってしまった。

 女っ気のない第一騎士団の騎士たちは、根っからの「男同士が気楽」という者の集まりなのだ。つまり、無礼講で飲み食いをする場があっても「ここに女性がいたらなぁ」と言い出す者がひとりもいない。全員「女性がいたら気を遣うので、男だけで気安い会話しているほうが落ち着く」という考えの持ち主なのだ。他ならぬニコラスも同じ考えである。

 その男たちの前に、女性ほど気を遣う存在ではないものの、騎士としての使命感を奮い立たせる「か弱く儚げな後輩男子」が現れたら、それはもう全員が兄貴分となって構いたがるのは道理であった。

(やめろ。兄は俺だけだ。全員、俺の可愛い義妹に兄貴面するんじゃねえ。許さない)

 まさにニコラスが喧嘩腰でそれを口にしそうになった瞬間、クライヴがぱんぱんと手を打って注意を引き、全員を黙らせる。
 その上で、にこにことしながら言った。

「いいぞ、お前ら。もっとやれと言いたいところだが、続きはぜひ配信の段取りを組んでから頼む。魔道具の前で、いまのを思う存分やってくれ」

 人の悪そうな笑みとともに、クライヴは芸のない作戦名を高らかに告げた。
 第一騎士団「姫」争奪戦、これより開始だ、と。
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