彼女の季節を戻したい
過去に囚われている彼女
絶景を見る前で突然しゃがみこんで、弱々しい声を出す葵には、庇護欲をそそるものがあった。
だけど、どうして良いか、分からない。
葵は何に対してこんな弱々しくなっているのかも、分からない。
「……どうしたの?」
「ごめんね、そっち側の景色は見れないかも……」
そっち側の景色――海。
この場所からは、海と、反対側に自分たちの住む町が見える。
……葵は、海を見たくないのだろうか?
どうやら、僕と同じようなことを疑問に思った柊里が、
「海、嫌いだった?」
と、葵に聞いてくれた。
「やっぱりあれは海なんだ……。ごめんね、せっかく連れてきてもらったのに」
「ううん、勝手につれてきた私が悪いよ」
「……」
葵は黙ってしまった。
それと同時に、沈黙がこの場を支配する。
葵は、海を見ないようにしたいのか、背中を海に向けて、しゃがんでいる。
「……じゃあ、反対側を見に行こう! 町が見えるんだよ!」
「そうだね……」
葵は相変わらず弱々しく、だけどちゃんと頷いた。
「綺麗……」
「でしょう?」
反対側の景色を見て葵が呟いた言葉に、柊里が自慢げに答える。
こちらの景色を見るのは何の問題もないようだ。
やはり、海に何かあるのだろうな。
そう、確信できるものがあった。
帰り道。
「海、どうして無理なの?」
柊里が、突然葵に聞いた。
「無理っていうか……苦手、かな。嫌な記憶を思い出しちゃうから」
「嫌な記憶?」
「うん」
「どんな?」
「ごめんね、これ以上は言いたくない」
「そっか。ごめん」
海が、嫌な記憶を思い出させる?
なんだろう、すごく気になる。
これまでも、彼女の暗い過去を聞いたことがあるけど、それと同じくらいの感じ。
そこからは、当たり障りのない会話をして、下山した。
「柊里ちゃん、先に帰っててくれる? 冬青に話したいことがあるの」
「いいけど……」
「今日はありがとう、また夜に一緒に行こうね」
「……うん!」
いろいろあったが、あの場所が嫌いなわけではないみたいなのでいいのだろう。
それにしても話とは一体何なのだろうか?
「ごめんね、残ってもらって。なんとなく誰かに伝えたくなったの」
そして、僕は悟った。
ああ、きっと海に関することについてだと。
「私のお父さん、自殺したって言ったでしょ?」
「うん」
「海に、身を投げたの」
だからか……
「……どうして?」
「分からない。残っていたのは石の下に置かれてあった遺書だけだった」
「そっか……」
「遺体もね、見つかっていないの」
そう言って、彼女はこらえきれないといったふうに涙をこぼした。
「ねえ、私ってお父さんの邪魔だったかな? 私がいなければもっと楽に生活できて、自殺することもなかったんじゃないかと思うと、怖い……」
想像以上の闇が、彼女の中にあった。
「大事にされていたよ」
「……」
「だってお父さんは死ぬまでずっと葵を養ってくれたでしょう?」
「うん……」
「海なら、いろんなところで葵の目に触れるから、思い出してもらえるって思ったんじゃないのかな」
今、不意に思いついた考え。
だけど、ちゃんと葵は愛されているんだ。
そこだけは何故か自信があったからこの思いつきは腑に落ちるものだった。
「うん……だといいな……」
何か少しでも、この言葉が彼女を前向きにさせるきっかけになれば良い。
その思いがあった。
「送るよ」
「うん。ありがとう……」
なんだか葵を一人で帰らせるのが心配で、ついていくことにした。