憧れのセカイへ!
 『曲は諏訪光里さんの“愛はそばに”です!』

 アナウンスが入った。もうあと数分で曲が始まる。
 どうしよう、きっとヒールでドレスを破いてしまったんだ。
 足元の裾だから、少し動いただけで目立ってしまう。客席は近いし、きっと丸分かりだろう。

 「ねぇ、あの子の衣装どうしたのかな?」

 「裾破れてる?」

 会場全体でヒソヒソ話が聞こえてきた。わたしのことだ。
 ……こんな服でステージなんてできるわけがない。どうすればいい? 何かできることはある?
 そのとき、髪につけていたリボンの髪飾りがあることに気がついた。そうだ、リボンを裾と裾の間に付ければ……!

 「うそっ、あの子のドレス!」

 「リボンがついて、さっきよりかわいくなってる!」

 これなら破けているようには見えない。良かった、髪飾りがあって。
 わたしはその後、無事ステージを終えた。

 「近藤先生!」

 「お、きみは月川のぞみだよね? どうした?」

 「あの、すみません、ドレスの裾を破いてしまって……弁償、ですよね」

 恐る恐る近藤先生に正直に話した。
 きっととっくに気づいていたと思うけれど。

 「まぁ、誰にでもあることだから仕方ない。弁償もいい」

 「えっ?」

 予想外の言葉に驚いてしまう。
 そんなあっさり許してくれるとは思っていなかった。衣装はアイドルにとって大切なものだろうから。

 「そのかわり……この天美学院には寮があること知っているよね?」

 「あっ、はい、もちろん」

 天美学院には寮がある。
 それはなぜかというと、遠くの地方から通う生徒も多いから。
 わたしはまだ断然近い方だし、家族が好きだから、寮には住まないことにしたけれど。

 「寮はあの諏訪光里もいるんだ」

 「えぇ、光里さんも!」

 「そう。だから月川には、今日これから諏訪の手伝いをしてもらう。もちろん帰るまでで構わない。どう?」

 光里さんの手伝い!?
 そんなの答えはひとつ。

 「やらせてください!」

 「よし、じゃあ早速これからは自由時間だから、諏訪の部屋に行って手伝いをお願いね」

 「はいっ」

 わたしは寮へ走って向かった。寮は大きく広々としていて、主に高等部の先輩たちが使っているようだった。
 学食は美味しいと噂だし、そんなところに入学したばかりのわたしが入れるなんて……!

 「あっ、あれ月川のぞみちゃんじゃない!?」

 「本当だ、かわいいー」

 「あれでしょ? 新入生お披露目ステージでハプニングを回避した子だよね!」

 えっ、わたしが噂になってる!?
 それもそうか。あのステージは先輩たち全員が見ていたのだから。
 わたしは通り過ぎていく先輩たちにぺこぺこと頭を軽く下げていく。
 そしてとうとう、光里さんの部屋にたどり着いた。
 光里さんの部屋は他の人より少し大きくて、ドアも綺麗な白色で作られていた。

 「えっと、こんにちは! わたし、月川のぞみです! あの、近藤先生から聞いていると思うのですが、今日一日お手伝いをさせていただきたく……」

 そのとき、ガチャッとドアが開いた。
 そこから出てきたのは、中等部の先輩だった。

 「あれ、あなた……月川さん?」

 「はっ、はい」

 「初めまして、わたしは小田 凛香(おだ りんか)。中等部三年生です。光里先輩のお手伝い係をしているの」

 光里さんのお手伝い係は、確か毎日光里さんのお仕事にマネージャーとして着いて行ったり、スケジュールを管理すると聞いたことがある。
 自分のアイドルとしての仕事もしながら先輩のお仕事の手伝いもするなんて、かっこよすぎる!

 「凛香先輩、よろしくお願いします。わたしも今日一日光里さんのお手伝い係をさせていただくことになりました」

 「そうなんだ、それはすごくありがたいな。じゃあわたしは隣の部屋に住んでるから、何かあったら言ってね。光里先輩のご迷惑にならないように」

 「はい、頑張ります!」

 「うん、頑張ってね」

 凛香先輩は髪型がショートの小顔で綺麗な人だった。
 優しくてしっかりしてそうだし、光里さんとも仲良いのかな。
 光里さんのお手伝い係なんて羨ましいなぁ!

 「凛香ー、ごめんなさい、明日の夜実家に帰らなくちゃいけなくなって。確かラジオの収録があったわよね? キャンセルしてもらえる?」

 ジュー、と何かを焼く音と共に、光里さんの声が聞こえてきた。
 そっか、光里さんはわたしがいることを知らないんだ。
 急いで光里さんのところに行かなければ。

 「あの、こんばんは!」

 「えっ、のぞみちゃん!? ここ、わたしの部屋よ?」

 光里さんは驚いているようだった。
 それも不審に思っているだろう、突然ファンのわたしが部屋にいるのだから。

 「すみません、実は近藤先生に今日帰るまで光里さんのお手伝いを任されて!」

 「近藤先生に? どうしてのぞみちゃんが?」

 「それはその、ステージでドレスを破いてしまって……」

 しゅんと俯く。
 それでも光里さんは優しく肩をぽんぽんとしてくれた。

 「なるほどね。落ち込まないで、のぞみちゃん」

 「え……?」

 「わたし見てたけど、あのとき咄嗟にリボンをつけてアレンジしてたよね?」

 「はい、そうするしかなくて」

 そう言うと、光里さんはにっこりと微笑んだ。

 「普通、そんなことできないと思う。ほとんどの人は頭が真っ白になって動揺してしまって、行動に移せないと思うの。でも、のぞみちゃんはできた。それはきっと……のぞみちゃんに才能があるからだと思った」

 「わたしに、才能が……?」

 そんなことあるだろうか。
 光里さんはそんなふうに言ってくれるけれど、自分ではそんなこと全く思わない。むしろ失敗ばかりな自分が情けないとまで思う。

 「そんなこと、ないです。わたしに才能なんて」

 「ふふ、まぁそれはこれからのぞみちゃんが自分で確かめることだね」

 「わたしが、自分で……」

 「うん、そう。自分は何が得意で、何が苦手なのか。何の才能があるのか。それがきっと分かるようになるよ」

 光里さんの言ったことは、正直今はよく分からなかった。
 でも、それでいいのかもしれない。これから少しずつ分かっていきたいから。

 「そうだ! わたし、お料理が好きなの」

 「えっ、光里さんが?」

 「そう、一番得意なのはね、オムライス。凛香用に二人前作ったんだけど、良かったら食べる?」

 「はいっ、いただきたいです! お昼食べてないからペコペコで!」

 そう言うと、光里さんはくすっと笑った。

 「な、何か変なこと言いましたか?」

 「ううん、のぞみちゃんかわいいなって。今持ってくるから待っててね」

 わたしが、かわいい? どういう意味だろうか。
 素直に言われたなら嬉しいけど……!

 「はい、どうぞ」

 「いただきます!」

 すごい、オムライスが光って見える……!
 まさか入学初日から光里さんの手作り料理を食べることができるなんて。この幸せを心に残そう。
 一口頬張ると、口いっぱいとろける卵とチキンライスの味が広がった。

 「美味しいです!」

 「良かった。この卵の甘い味と、ケチャップの酸味が混ざってすごく良い味になる。正反対だけど、合わさるととても相性がいいの。だからオムライスが大好物」

 うわぁ、すごいなぁ……!
 食レポがわたしとは大違い。さすがトップアイドルの光里さん。
 本当にすごいとしか言いようがなかった。

 「ごちそうさまでした! 洗い物はわたしがやりますね」

 「ありがとう。じゃあわたしはレッスンがあるから行くね。それ終わったら帰って大丈夫だから」

 「はい、行ってらっしゃい」

 やっぱり光里さんは最高の憧れだ。
 オムライスが好きという一面も知れて嬉しい。
 わたしもこれからアイドルとして頑張ろう!
< 2 / 22 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop