あおいくん、付き合って!
第1話
俺のクラスには、二人の『あおい』がいる。
一人はクラスで一番目立っている王子様、日向葵。
それからもう一人は、クラスで埋もれた存在の平民Bの俺、白井蒼だ。
「キャーッ! 葵くん、こっち見てーっ!」
「あたし、お弁当作ってきたの! よかったら食べてね」
「あーっ、あたしもーっ!」
うっとうしかった梅雨と、長かった期末テストがやっと終わって、ピカピカに晴れた7月の月曜日の朝。
ただでさえにぎやかな教室が、日向葵のご登校により、一気に騒がしくなった。
クラスの女子、女子、女子――とにかく女子が、理科の教科書で見た強力な磁石に吸い寄せられる鉄くずみたいに、自然とあいつに向かって集まっていく。
「あいつ、本当人気だよな~」
さっきまで俺に新作ゲームの話を熱く語っていた幼なじみの陸が、女子に囲まれる日向葵を遠い目で眺めながらつぶやく。
「新学期から毎朝ずーっと、あーいうふうに女子に囲まれてるなんて。少女漫画の王子様みたいですげーよなあ」
「そう? 俺は全然そうは思わないけど」
「とか言って、蒼。お前、本当はめちゃくちゃうらやましいんじゃないの~?」
「べっつにー。朝からあのキンキン声で叫ばれたら鼓膜破れそうだし」
最初から興味ないですって感じで、そっけなく返した俺。
でも、本当は――声にしたら恥ずかしいから言わないけど、本当はめちゃくちゃうらやましい‼
俺だってモテたい! たくさんの女子にちやほやされたいよ!
でも、現実は残酷だ。クラスの女子のほとんどが日向葵に夢中で、俺や陸を含めた他の男子たちには見向きもしない。
というか、常日頃から思ってるんだけど……あいつ、日向葵と俺、白井蒼。
漢字は違うけど、同じ『あおい』って名前なのに、どうしてこうも置かれた立場が違うんだろう?
やっぱり顔? いや、見た目なのか?
悔しいけど、日向葵は男の俺から見てもかっこいい。
髪はサラサラで、色素が薄くてはちみつみたいな色をしているし。
顔は今をときめく、俺らと同年代のアイドルグループにいてもおかしくないくらい、華やかなイケメンだ。
手足もすらりと長くて、そんじょそこらのモデルより均整が整ったスタイルをしている。
対して俺は、たいした艶のない黒髪に、おしゃれをしてもパッとしない顔立ち。
身長だって、クラスの平均より低めだ。
それに、よくよく考えたら、名前の漢字からしてもう違うんだよな。
あいつは向日葵の葵に対して、俺は顔面蒼白の蒼。
しかも、名字が白井だから、『白いのか蒼いのか、はっきりしない名前だな』って、日々自分のフルネームに心の中でツッコみを入れている。
「とにかく、俺は恋愛にも王子様にも憧れてないから」
俺は自分に暗示をかけるように、陸にそう言った。
「ふーん? じゃあ、蒼は何になりたいの?」
「特に何もない。今のまま、平民Bとしてひっそりと生きていたい」
「平民Bって……、ブフッ」
「何? 変?」
急にふき出した陸は、俺の冷たい目を見ると、ケラケラと笑い出した。
「変だよ! だって、平民Bって……去年の文化祭で、蒼がやった劇の役だろ⁉ それを今でも名乗ってるとか超ウケる!」
それは……、たしかにそうかも。
でも、あまりにも『平民B』という役名が、自分にしっくりきてしまうんだよな……。なんてことを思っていたそのとき。
ほんの一瞬、日向葵と目が合った。
いつから俺のことを見つめていたのだろう。
さりげなく、でも真顔でじっとこちらに視線を注いでいたあいつの表情が、太陽に向かって咲く向日葵のようにふっとほころぶ。
あれ? 今、俺に向かって笑った?
なぜだ? 俺の見間違いか? ……って、考えたけどやっぱり気のせいだろうな。
だって、俺たちは今年同じクラスになってから、会話どころか挨拶すらしたことがない。
一度も関わったことのない地味な俺に、クラスの中心にいるあいつがあんな満面の笑顔を向けるなんて、天地がひっくり返ってもあり得ない。
そう、日向葵と俺は住む世界が違うんだ。あいつの眼中に俺がいないのは当たり前のことだ。
大きなお城に住む王子様の目に、自分の国のはずれで暮らしている一平民の顔が、まったく映っていないように。
いつもと変わり映えのしない授業と、話の長い担任からの連絡事項が終わって、やっと放課後になった。
全身を縛り付けていたものから解放された気分で背筋を伸ばしていると、女子の騒ぐ声が聞こえてくる。
「あれ? 葵くんが、いない……?」
「えっ? さっきまでいたのに?」
なんだ。日向葵を探してたんだ。まあ、俺には関係ないからどうでもいいけど。
「蒼ー、一緒に帰ろうぜー」
「おう」
俺は陸に返事をして、一緒に生徒玄関へと向かった。それから靴をはき替えようと靴箱を開けたそのとき。
「何これ?」
俺のスニーカーの上に、封筒が乗っていた。
送り主は不明。ただ、表面に『白井蒼くんへ』と綺麗な字で書かれているだけ。
「ひょっとして、ラブレター⁉」
陸が目をキラキラさせながら、俺の手元をのぞき込んでくる。
「いやいや、まさか……」
今までモテなかった俺に、そんな奇跡があるわけがないだろ……。
そんなことを自分に言い聞かせながら、封筒の中の便せんを開くと。
「えっと……【この手紙を読んだら、すぐに中庭に来てください】って、ラブレター⁉」
「おおっ! 蒼にも春が来たか⁉」
陸の目がさっきよりも輝きを増した。
「今は夏だぞ。春はとっくに通りすぎてる」
「何言ってんだよ~。これまで恋愛沙汰のれの字もなかったから冬だったんだよ」
「氷河期かよ⁉ あと、沙汰は余計だって!」
「まーまー、とりあえず、ラブレターが届いてよかったじゃん。じゃあ、手紙をくれた子とどうなったか、あとで連絡くれよ~!」
「あっ、おい!」
俺が止める間もなく、陸は風のように一目散で校舎を飛び出していった。
なんだか心細いけど、きっと俺の邪魔にならないようにとあいつなりに配慮してくれたんだろう。
あれ? 俺、ラブレターをくれた子に告白されるかもしれないってことだよな?
そこで俺が「OK」って返事をしたら、平民Bは卒業。
憧れの彼女と一緒に海に行ってはしゃいだり、夏祭りに行って花火を見たり、ときには冷房の効いた図書館で一緒に課題をやったり……ヤバいヤバいヤバい。幸せな妄想が止まらない!
でも、ここで立ち止まってはいられない。今すぐに中庭に向かおう!
ダッシュで校舎を出た俺は、青々とした緑で生い茂る中庭へと向かった。
ドキドキしながら奥へと進んでいくと、開けた場所にある、バラの生垣の前に人がいた。
はちみつ色の髪に、すらりと長い手足。
すべてのパーツが完璧な、華やかなイケメン顔。
ん? イケメン……?
「あ、あのっ……白井くん。僕の手紙、読んでくれた?」
「え?」
う、嘘だろ……?
俺宛てのラブレターの送り主って――まさかのクラスの王子様、日向葵だったのかよ⁉

