トップアイドルは白衣の天使に恋をする

最終章 帰る場所

紗凪side

開演3時間前。

ドーム周辺は、すでにものすごい熱気に包まれていた。

「……すご」

思わず声が漏れる。

人、人、人。

どこを見てもファンの子たちで溢れていた。

黒騎士のロゴが入ったバッグ。

メンバーカラーの服。

うちわ。タオル。

みんな本当に楽しそうで。

歩いているだけで、その熱量が伝わってくる。

私は少し圧倒されながら、隣の梓を見る。

すると。

「紗凪!!見てこれ!!」

完全にテンションが上がり切っていた。

両手いっぱいのグッズ袋。

「ちょ、梓買いすぎじゃない?」

「いや限定って言われたら買うでしょ!?」

「そんなものなの?」

「そんなものよ!!」

めちゃくちゃ真剣だった。

完全にライブオタクの顔をしている。

思わず笑ってしまう。

「……でも本当にすごいね」

私は改めて周りを見渡した。

ドームを囲む人の波。

大型ビジョンに映る黒騎士の映像。

遠くから聞こえるリハ音。

ここに、陽貴くんが立つ。

そう思うだけで、なんだか胸がそわそわする。


梓の手元を見る。

そこにあるグッズ。

タオル。

ペンライト。

アクリルスタンド。

キーホルダー。

……やたら青い。

私は数秒黙ってから、にやっと笑った。

「……なんかさ、優朔さんカラー多くない?」

その瞬間。

梓がぴたりと固まった。

「……なんのこと?」

でも耳が赤い。

分かりやすすぎる。

「え〜?」

「まさか〜?」

わざとらしく言うと。

「うるさいわねっ!」

梓が顔を赤くしながら睨んでくる。

でも否定しきれてない。

私は思わず吹き出した。

「いやでも、絶対そうじゃん」

「違うって!」

「その青いペンライト何本あるの?」

「……3本」

「多いわね」

二人で笑う。

その空気がすごく楽しくて。

学生時代みたいだな、なんて思った。

するとふと梓が少しだけ表情を緩めた。

「……でも、優朔さん間に合ってよかったよね」

その声に、私も頷く。

「うん」

事故から約1ヶ月。

右肩の傷もだいぶ良くなり。

肋骨痛はまだ少し残っているけれど。

2週間前、無事に退院できた。

もちろん医師からは、

“無理はしないこと”

“ライブ中も痛みが強ければすぐ言うこと”

散々言われていたけど。

それでも優朔さんは絶対、このツアー初日だけは立ちたかったんだと思う。

「リハの時もまだちょっと痛そうだったって陽貴君が言ってた」

私はぽつりと言う。

すると梓が小さく眉を寄せた。

「絶対無理してるわよね、あの人」

その言い方が、どこか自然で。

私は思わず横を見る。

「……梓さぁ」

「なによ」

「めちゃくちゃ心配してるじゃん」

「患者だったからよ」

即答。

でも。

前より少しだけ、その返しが弱い。

私はくすっと笑った。

すると梓が、誤魔化すみたいに話題を変える。

「ていうか紗凪は?」

「え?」

「陽貴くん見たら絶対泣くでしょ」

「泣かないし!」

「いや絶対泣く」

「泣かないって!」

言い返しながらも。

少しだけ胸が高鳴る。

これから。

私は初めて見る。

ステージの上の陽貴くんを。

何万人もの歓声を浴びる姿を。

私の知らない、“アイドルの陽貴くん”を。

そう思うだけで。

期待と緊張で胸がいっぱいになっていた。
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