双光-ふたひかり-
ep2 『明日会いに行きます』
俺はソラのことをもっと知りたくなった。
その手始めとして色絵ソラが主役の動画パレスロの中で俺が好んでいるスロットの回を視聴してみることにした。
パレスロでの彼女はエンドレスセブンの時とは雰囲気が変わっていて凄く気持ちが楽そうに喋っていた。
どこかあどけなさが残っている仕草や振る舞いに俺は何故か見ていられなくなって視聴を止めた。
失望した訳じゃない。むしろその逆。
「可愛すぎる……」
彼女の可愛さになんだか怖くなった。
見ていると辛くなる。彼女に本気で恋してしまった自分が情けなくなる。
これから交わることのない女の子を届かない位置から見ている現実に耐えられなくなる。
これ以上のめり込んだら危険だ。と魂が拒否反応を示している。
スピリチュアルめいてはいたがまさにそんな感覚を覚えた。
それと同時に画面の中の人に本気で恋をしてしまったという現実を思い知らされる。
これが報われない恋。傷つくことが確約されたいばらの道。それは地獄の門に手をかけてしまった感覚に似ていた。
俺は全てに恐怖した。それでも何故だかこの恋は諦めたくない。たかが一目惚れをしたタレントに対してそんな感情も同時に存在していた。
それから視聴はしないのだが、サムネイルだけを見るために色絵ソラで検索は続けていた。
そして彼女がデビューした時の動画を見つける。なぜだかこれなら少し見ていられる気がした。
内容はスロットをいつ知ったかだったり、愛称はなんて呼ばれたいかだったり……。
その中で、愛称はソララと呼ばれていることを知った。
彼女もそう呼ばれたがっていたし、どう呼ぶか悩んでいた俺はソララと呼ぶようにしようと思った。
「まただ……」
ソラはあれから何度も病みツイートを吐き出していた。
この世に生きづらさを感じている内容だったり、自己嫌悪する内容だったり様々だ。
そんな内容のツイートを日常的に見ていると俺はいてもたってもいられなくなった。
「私は出来た人間ではないから、溜まってしまった不満を吐き出すためにこのアカウントを使っています。綺麗な内容が見たいならそっちに行ってくれ……」
彼女の病みツイートは攻撃的な部分も見えることがあり、ファンから見ても言い過ぎと感じられる人がいるらしくそこを指摘する人も現れる。
それを抑え込まれた気がしてこうしてひとりひとりに噛みついてしまっていた。
「そういう強い言い方は良くないんじゃないかな?」
「こんな女だったのかよ」
「タレントでしょ? そういう事はネットでは吐かない方がいいよ」
全てに悪意がある訳ではない。でも善意だったとしても彼女からしたら自分がしたいことを否定されている気がして嫌だったのだろう。
「そういう人は見るな! ってプロフールに書いてあるでしょ。見えないの? 私だってこんなことしたくてしてる訳じゃない。でも精神がまだまだ子供だし、心の逃げ場所や鬱憤の解消していかないとこの世の中で生きていけないんだよ!!」
「良いよね。普通に生きられている人は楽で。生きてるだけで辛くなるこっちの身にもなってよ!」
見知らぬ人へかける言葉としては非常に強い。
俺もこのような内容を言い返されたら耐えられるかわからなかった。
でも、見ていて彼女が感じている辛さには共感できるものもあった。
俺はこの世に対して絶望し、諦めた目で俯瞰しているからこう熱くはならないが、生きづらいと感じているのは一緒だ。
彼女はそれでも諦めることなく生きようとしている。だからこそ辛さを全て受け止めてしまうのだ。
俺はその辛さを見て見ぬふりしている。言葉にするなら「気にしない」何事も気にしない。誰が何と言おうが無視して生きる。
それが俺のスタイルだ。
だからもし、彼女の立場になったのなら、このような言葉をぶつけられても彼らを下に見て無視しているだろう。
心に多少のもやもやは残るだろうが、人類がこのように下衆で無能だという事は受け入れている。
どうせ一時的に認知しただけであり、数日後には俺の存在すら忘れ去っている。
ならこちらもそいつらを抱える必要なんてない。
俺がYouTubeで心無い言葉を浴びせられてきた時も、そんな気持ちで活動していた。
どうせ誰も見ないし誰も気にしない。なら自分が楽しいと思った時だけ動画投稿し、低俗なコメントや意見を持つ人間を自分の人生から排除して生きる。
その結果、楽しみを感じなくなり今では何の活動もしなくなってしまったのだが……。
彼女にはそれが出来ないんだろう。
それを少し哀れにも思った。俺だったらもう少し楽にしてあげられるかもしれない。
少し経つと落ち着いたのか先ほどの言いようを公開している様子が見えた。
「あぁ……。またやってしまった。こんな私ゲンメツだよね……。早くこんな未熟な私から成長したいよ……」
俺は思わずそれにコメントした。
「ゲンメツなんてしません。私は色絵ソラという人間が好きになったので、良いところも悪いところも含めて応援してます!」
届くかどうかなんてわからない。けれど何もしないよりは自分の気持ちが落ち着いた。
この感覚を俺はどこかで体験したことがある。
そうだ……。
俺は悩みを持っている女の子に寄り添ってあげる事を過去に経験しているのだ。
俺には2人の元恋人がいた。そのふたりともがその経験の中で恋人になった。
2人目の恋人『深雪』と出会った時は特にその周りにも同じことをしていてふとこのような仕事が向いているのではないか? とまで思ったことがあった。
結局、人付き合いが苦手な俺はその道を避けるように進んでしまったが、その方面での経験が少し自分に勇気を与えてコメントという行動を起こすことが出来た。
そのコメントに返事はない。
届かなくて当然。そんな気持ちだった俺はガッカリはしなかった。
ただ彼女が少しでも前向きになってくれたらそれでいい。そのお手伝いが少しでも出来たら本望だ。
その時の俺は、そんな純粋な気持ちが湧きあがってきていた。
「来店のお仕事お疲れさまでした!」
その日から俺は、彼女が仕事のツイートをするたびにコメントするようになっていった。
内容は当たり障りのない日常的なもの。俺という人間が認知されるほど目立った内容ではなかったけれど、今まで人のツイートにコメントすることがほとんどなかったためそれだけでもかなりの勇気が必要だった。
ある日、俺は自然とペンを握った。
デジタルイラストを描くためのペンタブレット。
いつぶりに描くだろう……? 動画のサムネイルを作成するときや仕事をするときにちょくちょく触る事があったが、自分のイラストを描くつもりで触るのは久々だ。
深雪とは『うごくメモ帳』というイラストアプリでの交流がきっかけで出会った。
DSを使って作品を作り投稿するのだが、ホームページ内ではコメント等で会話することが可能。
その時にイラストを描くことにのめり込み始めて、PCを購入した後には安物ではあるがペンタブレットとペイントソフトを購入し遊び感覚ではあったがずっと絵を描いていた。
かれこれ10年以上も前の話だ。
それから続いていたのはイラストとYouTubeの動画投稿だけ。それも今では触れる事もなく2年ほど過ごしていたが、こうしてまた意欲が舞い戻ってきた。
「俺にはこれしか……ねぇからなぁ……」
自分に自信が持てる特色のある行動がイラストだけだったというのもある。
見た感じソラのイラストを描いている人も少ないし、彼女のTwitterはアイコンもオリジナルではなかったし、ヘッダー画像も使用されてはいなかった。
これはチャンスだ。
心のどこかでそう感じていたのかもしれない。
深く考えずただ心の赴くままに好きを表現してみる。
イラストを描いている作業中は資料として彼女の顔を少なくない頻度で見る事になる。
宣材写真を参考にしていたが、見るたびに可愛くて笑顔が零れた。
俺はタレントとしての色絵ソラが好きだけども、それ以上に彼女に恋している。
だからそれを表現するためにキラキラした笑顔の色絵ソラのパターンと、メンタルが弱いけど頑張っているサブ垢の彼女も描いてみることにした。
今まで誰かのためにイラストを描いたことなんてほどんどなかった。
世間に期待しない生き方はイラストでも同様に感じていて、イラストを上げたところで世間は誰も見ない。という感覚で投稿していた。
その気持ちを表すかのように俺が上げるイラストには1いいねも付くことがないのがほとんどだった。
世界は誰一人俺を認識しない。その価値観を払拭できる出来事は何に対しても抱き続けていて、一種の呪いのようなものとまで感じていた。
その世界で生きてきた俺が、今から好きな人にイラストを見てもらおうとしている。
緊張しない訳がなかった。
どうあがこうが目には入るし、表面上とは言えありがとうという言葉くらいは貰えるだろう。
その先どうなるかなんてわからないけど、はじめて言葉を返して貰えるかもしれないことを俺は実行しようとしているのだ。
今まで感じたことのない。血が湧き立ち体中の水が炭酸水にでもなってしまったかのような凍えてしまいそうな感覚だ。
それでも俺は意を決して、「雷に打たれたような一目惚れをした。世界一可愛い色絵ソラ」という言葉を添えてイラストを送った。
送った後は気が楽になった。
俺は昔から喉元を過ぎると熱さを忘れる。
俺は中学時代。目だたなかった日陰の人間だった。だが、文化祭の演劇をする際に、突然敵役のボスをやりたいと立候補し、周りを驚かせたことがある。
人前に出ることを得意としない性格だったにも関わらず、その演劇を披露した時は全くと言っていいほど緊張はしなかった。
賽は既に投げられた。
ネガティブな言葉を投げている訳ではないのだから、どう転ぼうが受け止めよう。
これで何も起こらなかったとしても当然。ダメで元々だ。
そんな感覚で待っていると、返事が来た。
「私を描いてくださりありがとうございます!!画風が好みです!保存させていただきました!」
ファンアートを受け取ったタレントとしての言葉。当たり前だ……。それでも飛び跳ねるくらい嬉しかった。
一先ず喜んではくれた様子だった。
ここからは少し怖い。
メンタルが弱いことを表現したサブ垢のイラストも送る。
彼女がここにコンプレックスを抱いていたのなら、ネガティブな方面で受け取る可能性だってある。
可愛いテイストで描いてはみたが、一か八かでもあった。
結果は……。
「かわいい!!よければサブ垢のアイコンかヘッダーにしてもいいですか……!?」
喜んでくれた。なんなら一枚目よりも嬉しかったような様子すら伺えた。
よく知り合ってもいないのにも関わらず、少し踏み込んだイラスト。それを受け入れてもらえたことが素直に嬉しかった。
彼女のプロフィールにはヘッダー画像がなかったので、念のためヘッダーサイズを予め作っておいた。
その期待通り、イラストをヘッダーに使ってもらえることになったのだ。
少しだけ……。少しだけではあるけれど前進できた気がした。
俺にはイラストしかない。と思い、今まで培ってきたものに頼ってみて良かった……。
勇気を出して創作してみて良かった……。
俺の反応としては彼女に素直に喜んだ素振りを見せられなかったと思う。でも心の中ではその出来事を純粋に喜ぶことが出来た。
「痛ってぇ……」
「どこが?」
「胃が痛ぇ……」
俺はその頃とてつもない胃痛に悩まされていた。
普段はスーパーの弁当に加え惣菜をいくつか食べる生活をしていたのだが、最近ではこの胃痛のせいで弁当を半分ほどしか食べられない。
間食もほとんどせず、食欲もまるで湧かない。
疑似的な断食状態と言ったところだ。
普段から少食だった俺はそのことに関してはそこまで苦に感じなかったが、なにより胃が痛い。
時折酷く締め付けるような痛みが走り非常に苦しい。
色々な胃腸薬を試してはみたが、いつものように軽くなる事はなくその状態はしばらく続くことになる。
ヘッダーにイラストを使用してもらったとはいえ、現実的にすぐに特別扱いされるわけではない。
あの日からも変わらず当たり障りのない挨拶コメントをしたりしてみたが、反応が来ることはなかった。
もちろんそれで当然だと受け入れている。
イラストを送ったとはいえ一度も会った事もないファンを特別扱いするほど世の中は甘くない。
話題に出せば思い出す。現状ではその程度の存在なのは間違いないのだ。
今日は靖志とパチンコではなくカラオケに来ていた。
俺たちは昔から歌うことが好きで、高校時代からカラオケにはよく通っていた。
YouTubeを通して歌い手にでもなってみるか? と意気込んでみた時は週3くらいの頻度で通っていた頃もある。
今では通う頻度も減り、スタミナ的な面では以前に劣るまでになってしまったが、一般人よりは歌への自信はあった。
俺は特に女性の高音域を出すことが出来るいわゆる『両声類』という声を持っていたため水樹〇々の曲を好んでよく歌っている。
カラオケに着くや否やキュウキュウと胃が痛みソファに蹲って溜息を吐く。
「どうしたの?」
「ソララの事を考えると胃のもやもやが溜まるから吐き出さないと耐えられないんよ」
「まぁ……わかるけど」
注文したドリンクを飲みながらソララの事をふと話題に出してみる。
「12月24日にソララがフレアに来店だってさ」
その日にはソララの12月のスケジュールが発表されており、近所のパチンコ店のフレアに来店というお仕事でやってくるらしい。
靖志はそれを聞いても半笑いで言った。
「でも行かないんでしょ?」
俺は芸能人やアーティストに直接会うという行為に意味はないと思っていた。
それを知っている靖志はどうせ今回も同じで、どんなに近所でも直接会うことはしないだろう。そう思っていたと思う。
でもそれは少し違っていた……。
「でもクリスマスイブにソララと過ごせるってなるとなぁ」
「お……? ワンチャン?」
いつもとは違う返しに靖志も驚きの反応を見せる。
「ずるいよなぁ。ピンポイントにその日は」
女性関係が乏しかった俺はクリスマスやイブに関してはただの日常としか認識してはいなかった。
家族でご飯を食べる際のネタとしてチーズフォンデュをしたりチキンを買ったりする日でありそれ以上の意味はない。
だが、やはり世間一般の認識としてのクリスマスもどこかで感じていたのかもしれない。
その日に会える。というのはどこか特別感を感じてしまう。
12月24日をクリスマスらしく最後に過ごしたのは深雪と付き合っていた頃になる。
彼女の誕生日は12月24日で、親にはクリスマスと一緒くたにされてしまうのが悲しいという理由から24日は誕生日らしく、そして25日はクリスマスらしく過ごすようにしたのも今では懐かしい思い出だ。
それから10年以上離れていたとしてもこういう感情は抱いてしまうものなのだなと実感した。
「そういえばあの子のヘッダー、今俺のイラストだよ」
「凄いじゃん! これで認知されたね」
「どうかなぁ……?」
「いや、されたに決まってるじゃん!」
靖志はそう言っていたが俺は内心不安もあった。
願望では認知されていて欲しいと思っている。だがそれから一切関わりもなければ自分に自信もない人間だったため半信半疑ではあった。
それから何度も彼女が悩みを抱えては言葉を投げかけてはいるが届いているかはわからない。
直接会わないと何も始まらないか……? 珍しくそんな思いも湧いてきていた。
俺が俺という存在を一個人に対してアピールしたいと思うのはもしかしたら生まれて初めてかもしれない。
今までの人生で告白めいたことをしたことはあったが、その全てがどこか曖昧で好きだと思っていたかも疑ってしまうような感覚。
今思うと、どうして告白までして近づきたかったのだろうか? と疑問を抱いてしまうくらい。
恋人関係にまで発展したふたりは、ふたりとも相手から告白してくれたのを受け止めた形になる。
俺は昔から自分がどう思っているかもわからないまま人にアピールしようとしていたのかもしれない……。
ソララに対しては真っすぐな気持ちがあった。
もし彼女が他の男性と恋仲になってしまっても、行きつく先で独り身になったのなら迎えに行きたい。と素直に思えるくらい好きになってしまっていたのだ。
俺はどこか『処女厨』と呼ばれる価値観が強く、他の男性に一度取られてしまうとショックを受けると同時に潔癖が発動して諦めるのが早くなる。
だが、彼女に対しての気持ちは例外に成りえると思えた。
心のどこかから湧いてくる「ソララが俺が世界を生きやすくなれるようにしてあげなきゃいけない」という謎の使命感すら感じていた。
「イラストを使ってもらえてるなら会話の切り口になるしね!」
「まぁ……確かに?」
使ってくれたことへの感謝を伝えるという名目なら確かに会いやすい。
「そんなに想ってるならとりあえず一回会っといた方がまたなにか変わるんじゃない?」
靖志の押しもやけに強い。
カラオケが終わる頃には会うことに気持ちが固まりつつあった。
12月。
彼女は突然バッサリと髪を切った。
以前はウルフカットのような髪型だったが、かなりショートヘアになっておりその容姿があまりにも好みで俺は恋心の熱を更に上げた。
それに比べて今まで容姿に拘ってこなかった俺は男性としての魅力は皆無と言える有様だ。
髪は適当に切ったものでぼさぼさの自然体。服装もダルダルのトレーナーを何日も着まわしている。
化粧水等はまともに付けないし、いかにもダサいオタクという風貌の眼鏡。
このまま会いに行ったって絶対に引かれる……。惹く部分がひとつもない俺は引かれる……。
そんな失敗はあってはならない! 絶対に!!
俺は自分が思い付くであろう一般男性の嗜みを自分に施した。
眼科に行ってコンタクトを処方してもらい、薬局で化粧水やトリートメントを買う。
昔一時期付けていたが面倒くさくなりやめてしまったワックスや、マニキュアを取り出して使用した。
ネイルは昔から好んでおり、男性でも違和感なく俺らしさを演出できる色として黒のネイルにしてみた。
以前、俺は恋愛を諦めた頃に中性的な男性に憧れていたのだが、そうではなく今回は男性らしい姿を目指した。
彼女に男として見てほしかったからだ。
ソララはあまり男性の顔や容姿を重視しない性格をしているようには見受けられたものの、第一印象は良いに越したことはない。
自分としては人生で最大の出来る限りを尽くしたと思う。
それでもやはり普段からやり慣れている男性とは雲泥の差があったとは思うが容姿に努力をした自分。という初めての感覚に悪い気はしない。
それらは俺にとってはかなりの高額になった。
今までお洒落にお金を使うことがほとんどなかったので、1万円を超える金額に目が飛び出そうになったが不思議と抵抗感はなかった。
心の底でどうしても必要な出費だと感じていたからだ。
いわば人生を懸けた最後の恋と言ってもいいかもしれない。
今や会った事もない女の子にそれほどまでに強く深い想いを抱いていることに違和感も覚えなかった。
彼女はゲームが非常に好きだ。
俺がソララを知ってからもFPSのオンラインゲームをVTuberの姿で配信していた。
彼女は昔ハマっていたゲームのことを何度か話すことがあった。
そのいくつかのタイトルは俺もハマっていた頃がある。
俺もゲームは大好きで、YouTubeで活動していた後半はそのほとんどがゲーム実況の動画だった。
その中のひとつは動画を投稿していたこともあり、もしかしたら何かの奇跡で彼女がその動画を見たことがあったりしたかもしれない。
本気で彼女の姿を追うようになってから何度か不思議な繋がりを感じる事が増えた。
懐かしさとでもいうのだろうか……?
前にどこかであっているような感覚。
その感覚の正体を俺はゲームじゃないか? と疑っていた。
オンライン上ではハンドルネームでやりとりをするし、以前はプライベートなネーミングにしていたら絶対に気付けない。
俺自身も今と昔では使っているハンドルネームも違っていたので気付きようがない。
もしかしたら彼女とは名前の異なる時にどこかで話したことがあるのだろうか……?
俺はまたイラストを描くことにした。
今度はそのVTuberの姿だ。獣のような女の子をモチーフとしたデザインになっており、普段描きなれないテイストが描いていて非常に楽しかった。
それを送ると引用してまで喜んでくれた。
その様子を見られるだけで幸せだ。
俺はまたしても素直に喜ぶことが出来ず「俺が描きたいから描いているだけなので」
と謙遜して見せた。
内心凄く嬉しかったし、この頃にはイラストを描くことへの自信が蘇りつつあった。
描くことってこんなにも楽しいことだったのか。と創作への意欲が湧いてくる。
色々なパターンの彼女を描きたくなってくる。
一度失ってしまった生きがいではあったが、彼女との出会いを通して自分の手に戻ってきた気がした。
最近では彼女の出ている動画はほとんどチェックするようになった。
以前感じていた恐怖心も今はなく、純粋に彼女の可愛さを受け入れられるようになった。
もっとこの子を知りたいという探求心も大きくなっていたのかもしれない。
今までの人生で他人に興味を示せなかった俺をこれほどまでに惹き付ける。ソララにはそんな魔力があった。
新番組として『NEXT WAVE』という動画が公開された。
そこにはソララはもちろん、彼女を含めたエンドレスセブンのビギナータレントの中から4人が共演していた。
俗に言う若い女の子だけを集めたアイドル番組といった雰囲気だ。
以前の俺なら絶対に見る事はなかっただろう。ソララが出演しているという理由だけで視聴することにした。
番組はただただ女の子が実践する内容で、明確なテーマもあまりない。でもソララの新しい表情が見られて幸せだった。
番組の中で交友を深めるため、その番組だけのニックネームを付けることになった。
彼女のニックネームははじめ怖い印象を象徴するものであったが段々と柔らかくなってき、結果的に『ベル』と名付けられた。
ソララとは別番組でも共演している仲良しタレントの環は『アリス』
ギャル風メイクをした女の子の才谷こと(さいだに こと)は『マリーナ』
他の共演者よりも少し年上のお姉さんである藍川テレサ(あいかわ てれさ)は『ローズ』
と命名され、一気にグループらしくなると回を増すごとに打ち解けていっている様子だった。



そんな様子を見ているとやはりこちらも感情移入してしまう。
晴れてグループらしくなったその番組のキャラクターとして彼女たちを描いてみたくなった。
はじめはもちろんベル。今回はソララではなくベルを描く。
彼女に送ってはみたがいつものような反応はなかった。
だが、忙しいのだと思い深く考えることなく気持ちは次へ向かっていた。
マリーナ、アリス、ローズと描きそれぞれを本人へと送る。
アリスからの返事はなかったが、マリーナとローズからのコメントはあり、特にマリーナとあだ名を付けられたことからの反応は感触が良くこのような表現を好んでいる様子が伺えた。
ソララからではないにしろ、人に喜んでもらえるのは嬉しい。
全員分のイラストが出来上がると、それを番組を再現するような形でデザインし壁紙にも使えるサイズで公開してみることにした。
イラストを再び描くようになってから本人以外に向けて公開したのはこれが初めてだ。
複数のリツイートやいいねが届き、中にはそれを見てフォローしてくれる人もいた。
たくさんの人に見られる感覚を初めて味わう。俺の中に陽の光が差し込んでくる。
慣れない感覚に戸惑いもしたが、嬉しい気持ちを自分自身で否定することはしなかった。
そして日付は12月23日を迎える。
彼女と会える前日だ。
来店や収録がある前日はその告知のツイートをする。
いつもはその投稿に応援のコメントをするが、今日の内容は違っていた。
「明日行きます!」
こんなことわざわざ伝える必要はなかったのだけれど、なぜだか言いたくなった。
当日になって怖気付かないように自分の決意に釘を刺す意味をあったのかもしれない。
普段はいいねのみの反応の彼女だったが、その日は返事のコメントをくれた。
「お待ちしております!!」
彼女も俺と直接会えることを楽しみにしてくれてたらいいな。なんて淡い妄想が浮かぶ。
やはりどこか特別な縁を感じる人ではあったので、人智を超えた何かで繋がっているかもしれないという想像はいつまでも尽きなかった。
この頃には、俺がこんなにも好きになっているんだからもしかしたらこの子と結婚するのかもしれない……? という謎の感覚まで過る。
一般的に結婚を決めるに至ったコメントとして「ビビッときた」というような言葉があるが、まさにこれはそういう感覚なのではないだろうか?
それくらい今までの自分が感じたものとは何かが違う存在だった。
この感覚は直接会ったら何かが変わったり、物事が進んだりするのだろうか……?
既に俺は彼女に出会ってから無数の知らない世界を体験してきた。
身嗜みを整えてみたり。人へイラストを送ってその結果全く俺を知らない人まで届いたり。普段は見なかったものを見たり。細かい事を含めたらその全ては数えきれない。
また新たなステージが幕を開ける。そんな根拠のない自信があった。
当日の朝。彼女はめずらしくツイートを連投していた。
「私って化粧を面倒くさがっちゃう人種だから、仕事以外の日はマスク付けてすっぴんで出かけちゃうわぁ……」
「化粧する時間も寝ていたいくらい朝弱いし、顔も浮腫みやすいから大変だ……。今日も顔がパンパンだ」
俺はなんだかそれを見て保険をかけているように見えた。
これは完全に妄想だが、ソララが俺を特別視してくれているのだとしたらこの保険は俺が会いに来てくれる日だから、最高に可愛い顔ではないからガッカリしないで欲しい。
と言っているような気がした。
俺は内心そんな妄想じみた想像に、そんなこと気にしなくても可愛いのに、と思った。
俺は化粧をバッチリ決めている女の子よりも、ナチュラルメイクに近いもはやすっぴんでいるような女の子の方が好みだった。
深雪も出会ったころは化粧をしていなかったが、化粧をするようになって少しがっかりした記憶がある。
素のままのその子を愛したい。という価値観を持っていたので、化粧に対して苦手意識がある事を知れたのは少し嬉しかった。
そんなツイートを見ていると、いくつかの通知が届く。
NEXT WAVEのイラストは未だに新たに知ってくれる人がいるみたいで今でもいいねがいくつか届く。
その中にその番組の広報からいいねとフォローがあった。
そして描いてくれてありがとうというコメント付きだ。
これには驚いた。広報というのは謂わば公式スタッフだ。
番組の公式にまで評価いただく経験なんてない俺は嬉しさよりも恐縮な気持ちが勝った。
そんな気持ちを抱きながらもフォローとコメントを返す。さすがに大きなことだったので、これを機にイラストの仕事に繋がったりするかもしれない……?
という期待感も膨らんだ。
慣れない身支度をして鏡に映る自分を見る。
大丈夫だ。この日のために清潔感ある一般男性になる準備は整えてきた。
そう自分に言い聞かせて家を出る。
電車とフレアの送迎バスを使ってソララの元へ向かう。
その送迎バスはよく使用していたが、その日の感覚は少し違っていた。
ソララが近付くたびに何かを感じるかもしれない。という意識が消えない。
しかし、その予感は当たらず何事もなく店に辿り着いた。
靖志は少し遅れるらしい。俺は先に店に入りソララの姿を探してみることにした。
20スロの区画は最近はあまり行かない。そのレートで耐えうる軍資金を手にすることがなくなったのでパチンコ店に入っても低貸しコーナーに直行だ。
スロット台が連なる角台に彼女はいた。
俺からは後ろ姿しか見えない。もし何かの繋がりを感じ、シンパシーのような特別な力があるのだとしたら彼女が振り向いたりするのだろうか……?
静かに後ろを通り過ぎる。
彼女は気付きもしない。それどころか、感覚としては本当に普通の女の子。
俺からしても何も特別を感じる事はなかった。
今までの自分の感覚は全て勘違いだったのだろうか……?
この子もまた、今日で全て忘れていってしまう存在なのだろうか?
話をしたところで何かが変わる気配すら感じなかった。
靖志が到着しいつも通り低貸しコーナーに座る。
「行ってくるの?」
「いや……、心の準備がまだ」
「さっさと済ませちゃえばいいのに」
特別感がなくとも、顔を合わせれば可愛い女の子には違いない。
女性とのやり取りに慣れてない俺は心の準備が必要だった。
対応してもらえる時間は15時までと決められている。
それは気を急かすタイムリミットと同時に、まだ大丈夫という安心材料ともなった。
なんだかんだで12時。
そろそろ行くかと心を決めてみたのだが、ちょうど彼女はお昼ご飯の時間らしく席を外していた。
「あの子お昼みたいだから俺たちも飯食うか……?」
「いいよ」
俺たちは近くの回転寿司で昼食をとることにした。
彼女のTwitterを覗くと、そこには男性店員と一緒に楽し気に映る写真が投稿されていた。
タレントがそういう写真を上げていたところでなんとも思わないのは当たり前だ。私は以前までそういう価値観だった。
だが、今回はそれとは話が違う。やっぱり私は彼女に本気で恋をしている身なのでもちろんその写真には嫉妬した。
よく知りもしない子に対しそんな感情を抱くのは可笑しい話だが、その時の私は思考で『仕事なんだから仕方ない』と思いながらも、潜在意識では本気で嫌だった。
俺は元々嫉妬深く、深雪と付き合っている時に、男子とたまたまふたりきりで帰っただけで非常に落胆し大喧嘩をしたことがある。
正確に言えば俺の気持ちが一気に冷めた。
前々からそういう嫉妬させる行為が嫌いだと伝えていたので、伝えていてもなおそういう行動を取るのかというガッカリ感が大きかったのだ。
それが理由で別れた訳ではなかったが、その時の自分の感覚をよく覚えている。
俺ってこんなにも嫉妬深く、どんなに彼女のヒステリックを受けたとしても冷めなかった愛がこうも一瞬で無に還る感覚を味わうのか……と。
それほどまでに自分の嫉妬心というものにトラウマを抱いていた。
この時も未だに胃痛と少食状態が続いていたのでお寿司も2皿食べただけで精いっぱいだった。
店に戻ると彼女の姿もそこにあり、意を決して話しかけてみることにした。
彼女は角の台だったため、通路側から姿を見せればこちらに気付く。
俺は後ろから声をかける勇気がなかったため、その方法を使って手を振ってみた。
すると彼女はこちらに目を向け気付いた様子を見せてくれた。
「こんにちは!」
彼女は元気よく挨拶してくれる。
俺は彼女があまりに可愛くて、緊張も相まって何を話していいかわからない。
何より目を直視出来ず顔を何度も背ける形で話をする態度。なんて失礼なんだろう。
彼女の顔を見れないでいるとふと指先に目が行った。
あれ……? ソララってネイルしてたっけ……?
今まで彼女の写真は上がるたびによく見ていたが、過去の写真を遡ってもネイルをしている彼女を見つける事は出来なかった。
しかしその疑問を直接聞くこともできず、とりあえず自己紹介として自分が誰かを伝えてみる事にした。
「あの……。覚えているかどうかわからないですけど、イラスト描いたものです」
「あぁ! 言也さん?」
「そうですそうです!」
彼女は名前まで憶えていてくれた。言也という珍しい名前だったので疑問形ではあったものの、存在自体は認知してくれていたようだった。
「言也のイラスト……。絵のタッチって言うんですか? 凄い好みだったので描いてもらってすごく嬉しかったです!」
なぜかその言い方が俺には一生懸命に見えた。
慣れない言葉で丁寧に想いを伝えてくれているような様子が凄く嬉しかった。
だが、褒められ慣れていない俺はここでも無意識に拒絶してしまい、きっと社交辞令に決まってる。
でもこうやって言葉を選んでファンが喜んでくれるように伝える一生懸命な様がなんとも愛おしく映った。
俺が想像していた以上に良い子なのかもしれない……。
そんな印象で彼女への愛が今まで以上に膨らんだ。
「直接見ても世界一可愛いですね!」
はじめのイラストを送った時に「世界一可愛い」と伝えていたのでそれを直接言葉でも伝えてみた。
非常にキモイ言い方をしてしまったかもしれない。
だが一応は褒め言葉。褒められて嬉しくない人間はそうそういない。
彼女もその言葉を受け取り、照れ笑いながらそんなことないですよ。と謙遜して見せた。
その様子も本当に可愛い。
マスクを付けた姿だったがその可愛さははっきりと見て取れた。
それからスロットの話など、少し交わしたあと彼女がいい時間だと察したのか、差し入れで渡したものを手に持ちお礼を口にする。
「来てくれてありがとうございました! 差し入れもいただいてしまいありがとうございます!」
「あ……」
俺は携帯を取り出す。その様子を見た彼女は驚いた表情をした。
「そうだ! 写真! すいません忘れてました」
ファン対応には一緒に、もしくはタレントの写真撮影をしてくれるファンサービスがある。
写真は3枚まで撮影可能だったので、俺はもちろん3枚お願いする。
1枚目は普通のピースだ。これはごく一般的。誰しもお願いするだろう。
2枚目は彼女が最近決めポーズとしているもの、俺も一緒にやってツーショットにしてもらった。
そして3枚目。俺は今日ここに来るにあたり決めていたことがある。
チャンスがあったらやりたい。
「もしあれだったら全然大丈夫なんですけど、これって知ってますか?」
これとは片方が手でハートを作り、片方が親指を立ててグッドを作る。片思いハートというポーズだ。
最近ではネタ扱いされていてカジュアルな意味合いが強いが、私にとって彼女に片思いしているのは事実なので印象が変わってくる。
彼女の事が本気で好きだった私はその写真が欲しかった。だから内心恥ずかしいと思いながらも尋ねてみた。
元ネタがゲームプレイヤー関係というのもあり、ゲーマー気質な彼女は初対面だというのに簡単に快諾してくれた。
最後の写真も嫌がる様子や表情を見せずに撮影終了。それと同時に彼女と俺の時間は終わりを告げる。
「ありがとうございました」
少し頭を下げなら後退するようにその場を後にする。
別れ際に彼女が優しく手を振ってくれたのが本当に嬉しかった。
靖志のところに戻り写真を確認する。可愛い……。
結局ほとんど顔も見れず、話した内容すらまともに覚えていない状況ではあったが心の幸福感は凄まじいものだった。
好きな人と一緒の時間を過ごすって、こんなにも素晴らしいものなんだな……。
今まで恋人と呼べる人は2人いたが、そのどちらとも比べられないほどの幸せがこの時間には詰まっていた。
なんの特別感もない赤の他人だというのに今までに感じたことがないくらいに心が満たされた。
「どうだった?」
「幸せだぁ……」
初めての多幸感に顔を覆う。
エンドレスセブンで制作された彼女のステッカーも貰う事が出来た。その宝物を眺めて再びスロットを打った。
時間が15時に差し掛かる頃。心がざわめき出す。
どうせ会うなら2回くらい話しておけば? と前に靖志に言われその時は拒否したのだが、実際ここに来てみるとその方が変に固執することなく綺麗に終われる気がした。
「もう一回行ってくるわ」
「いってらっしゃい」
スタッフの方にもう一度お話してもいいですか? と確認し、その機会をいただくことができた。
2度目に話しかけた時の彼女の元気はなかった。スロットの調子が悪いというのもあるかもしれないが、自分に自信がない私は2度目がしつこいと思われたのかもしれない。という不安が湧いた。
時間ももう少ないのでスロットを回しながらの対応となり、話に集中出来ている様子もない。
先ほど言い忘れていた、少し前に行われた試合のお疲れ様と、年末に予定されていた生配信を見ます。という報告をし、その場を後にした。
そのあとの俺達はそのまま普段と同じ様に閉店ギリギリまで遊び、彼女は真っすぐ帰宅したようでTwitterではお母さんとケーキを食べている様子を投稿していた。
内心、俺はイラストをヘッダーにしてくれたという特別感から、絵を描いてくれた人が来てくれて嬉しかった。等の投稿がされることをどこか期待してしまっいていたがそんなことはなく、彼女にとってはただの仕事の1日だったんだな。と複雑な気持ちを抱いた。
最後の様子も相まって、何かが進んだ感覚もなかった。
むしろ後退してしまったかもしれない……。気持ちを諦めに向けた方が楽なのかもしれない……。
今ならまだ……、逃げるには間に合う気がした。
12月24日。これが俺と彼女が初めて直接出会った日だった。
その手始めとして色絵ソラが主役の動画パレスロの中で俺が好んでいるスロットの回を視聴してみることにした。
パレスロでの彼女はエンドレスセブンの時とは雰囲気が変わっていて凄く気持ちが楽そうに喋っていた。
どこかあどけなさが残っている仕草や振る舞いに俺は何故か見ていられなくなって視聴を止めた。
失望した訳じゃない。むしろその逆。
「可愛すぎる……」
彼女の可愛さになんだか怖くなった。
見ていると辛くなる。彼女に本気で恋してしまった自分が情けなくなる。
これから交わることのない女の子を届かない位置から見ている現実に耐えられなくなる。
これ以上のめり込んだら危険だ。と魂が拒否反応を示している。
スピリチュアルめいてはいたがまさにそんな感覚を覚えた。
それと同時に画面の中の人に本気で恋をしてしまったという現実を思い知らされる。
これが報われない恋。傷つくことが確約されたいばらの道。それは地獄の門に手をかけてしまった感覚に似ていた。
俺は全てに恐怖した。それでも何故だかこの恋は諦めたくない。たかが一目惚れをしたタレントに対してそんな感情も同時に存在していた。
それから視聴はしないのだが、サムネイルだけを見るために色絵ソラで検索は続けていた。
そして彼女がデビューした時の動画を見つける。なぜだかこれなら少し見ていられる気がした。
内容はスロットをいつ知ったかだったり、愛称はなんて呼ばれたいかだったり……。
その中で、愛称はソララと呼ばれていることを知った。
彼女もそう呼ばれたがっていたし、どう呼ぶか悩んでいた俺はソララと呼ぶようにしようと思った。
「まただ……」
ソラはあれから何度も病みツイートを吐き出していた。
この世に生きづらさを感じている内容だったり、自己嫌悪する内容だったり様々だ。
そんな内容のツイートを日常的に見ていると俺はいてもたってもいられなくなった。
「私は出来た人間ではないから、溜まってしまった不満を吐き出すためにこのアカウントを使っています。綺麗な内容が見たいならそっちに行ってくれ……」
彼女の病みツイートは攻撃的な部分も見えることがあり、ファンから見ても言い過ぎと感じられる人がいるらしくそこを指摘する人も現れる。
それを抑え込まれた気がしてこうしてひとりひとりに噛みついてしまっていた。
「そういう強い言い方は良くないんじゃないかな?」
「こんな女だったのかよ」
「タレントでしょ? そういう事はネットでは吐かない方がいいよ」
全てに悪意がある訳ではない。でも善意だったとしても彼女からしたら自分がしたいことを否定されている気がして嫌だったのだろう。
「そういう人は見るな! ってプロフールに書いてあるでしょ。見えないの? 私だってこんなことしたくてしてる訳じゃない。でも精神がまだまだ子供だし、心の逃げ場所や鬱憤の解消していかないとこの世の中で生きていけないんだよ!!」
「良いよね。普通に生きられている人は楽で。生きてるだけで辛くなるこっちの身にもなってよ!」
見知らぬ人へかける言葉としては非常に強い。
俺もこのような内容を言い返されたら耐えられるかわからなかった。
でも、見ていて彼女が感じている辛さには共感できるものもあった。
俺はこの世に対して絶望し、諦めた目で俯瞰しているからこう熱くはならないが、生きづらいと感じているのは一緒だ。
彼女はそれでも諦めることなく生きようとしている。だからこそ辛さを全て受け止めてしまうのだ。
俺はその辛さを見て見ぬふりしている。言葉にするなら「気にしない」何事も気にしない。誰が何と言おうが無視して生きる。
それが俺のスタイルだ。
だからもし、彼女の立場になったのなら、このような言葉をぶつけられても彼らを下に見て無視しているだろう。
心に多少のもやもやは残るだろうが、人類がこのように下衆で無能だという事は受け入れている。
どうせ一時的に認知しただけであり、数日後には俺の存在すら忘れ去っている。
ならこちらもそいつらを抱える必要なんてない。
俺がYouTubeで心無い言葉を浴びせられてきた時も、そんな気持ちで活動していた。
どうせ誰も見ないし誰も気にしない。なら自分が楽しいと思った時だけ動画投稿し、低俗なコメントや意見を持つ人間を自分の人生から排除して生きる。
その結果、楽しみを感じなくなり今では何の活動もしなくなってしまったのだが……。
彼女にはそれが出来ないんだろう。
それを少し哀れにも思った。俺だったらもう少し楽にしてあげられるかもしれない。
少し経つと落ち着いたのか先ほどの言いようを公開している様子が見えた。
「あぁ……。またやってしまった。こんな私ゲンメツだよね……。早くこんな未熟な私から成長したいよ……」
俺は思わずそれにコメントした。
「ゲンメツなんてしません。私は色絵ソラという人間が好きになったので、良いところも悪いところも含めて応援してます!」
届くかどうかなんてわからない。けれど何もしないよりは自分の気持ちが落ち着いた。
この感覚を俺はどこかで体験したことがある。
そうだ……。
俺は悩みを持っている女の子に寄り添ってあげる事を過去に経験しているのだ。
俺には2人の元恋人がいた。そのふたりともがその経験の中で恋人になった。
2人目の恋人『深雪』と出会った時は特にその周りにも同じことをしていてふとこのような仕事が向いているのではないか? とまで思ったことがあった。
結局、人付き合いが苦手な俺はその道を避けるように進んでしまったが、その方面での経験が少し自分に勇気を与えてコメントという行動を起こすことが出来た。
そのコメントに返事はない。
届かなくて当然。そんな気持ちだった俺はガッカリはしなかった。
ただ彼女が少しでも前向きになってくれたらそれでいい。そのお手伝いが少しでも出来たら本望だ。
その時の俺は、そんな純粋な気持ちが湧きあがってきていた。
「来店のお仕事お疲れさまでした!」
その日から俺は、彼女が仕事のツイートをするたびにコメントするようになっていった。
内容は当たり障りのない日常的なもの。俺という人間が認知されるほど目立った内容ではなかったけれど、今まで人のツイートにコメントすることがほとんどなかったためそれだけでもかなりの勇気が必要だった。
ある日、俺は自然とペンを握った。
デジタルイラストを描くためのペンタブレット。
いつぶりに描くだろう……? 動画のサムネイルを作成するときや仕事をするときにちょくちょく触る事があったが、自分のイラストを描くつもりで触るのは久々だ。
深雪とは『うごくメモ帳』というイラストアプリでの交流がきっかけで出会った。
DSを使って作品を作り投稿するのだが、ホームページ内ではコメント等で会話することが可能。
その時にイラストを描くことにのめり込み始めて、PCを購入した後には安物ではあるがペンタブレットとペイントソフトを購入し遊び感覚ではあったがずっと絵を描いていた。
かれこれ10年以上も前の話だ。
それから続いていたのはイラストとYouTubeの動画投稿だけ。それも今では触れる事もなく2年ほど過ごしていたが、こうしてまた意欲が舞い戻ってきた。
「俺にはこれしか……ねぇからなぁ……」
自分に自信が持てる特色のある行動がイラストだけだったというのもある。
見た感じソラのイラストを描いている人も少ないし、彼女のTwitterはアイコンもオリジナルではなかったし、ヘッダー画像も使用されてはいなかった。
これはチャンスだ。
心のどこかでそう感じていたのかもしれない。
深く考えずただ心の赴くままに好きを表現してみる。
イラストを描いている作業中は資料として彼女の顔を少なくない頻度で見る事になる。
宣材写真を参考にしていたが、見るたびに可愛くて笑顔が零れた。
俺はタレントとしての色絵ソラが好きだけども、それ以上に彼女に恋している。
だからそれを表現するためにキラキラした笑顔の色絵ソラのパターンと、メンタルが弱いけど頑張っているサブ垢の彼女も描いてみることにした。
今まで誰かのためにイラストを描いたことなんてほどんどなかった。
世間に期待しない生き方はイラストでも同様に感じていて、イラストを上げたところで世間は誰も見ない。という感覚で投稿していた。
その気持ちを表すかのように俺が上げるイラストには1いいねも付くことがないのがほとんどだった。
世界は誰一人俺を認識しない。その価値観を払拭できる出来事は何に対しても抱き続けていて、一種の呪いのようなものとまで感じていた。
その世界で生きてきた俺が、今から好きな人にイラストを見てもらおうとしている。
緊張しない訳がなかった。
どうあがこうが目には入るし、表面上とは言えありがとうという言葉くらいは貰えるだろう。
その先どうなるかなんてわからないけど、はじめて言葉を返して貰えるかもしれないことを俺は実行しようとしているのだ。
今まで感じたことのない。血が湧き立ち体中の水が炭酸水にでもなってしまったかのような凍えてしまいそうな感覚だ。
それでも俺は意を決して、「雷に打たれたような一目惚れをした。世界一可愛い色絵ソラ」という言葉を添えてイラストを送った。
送った後は気が楽になった。
俺は昔から喉元を過ぎると熱さを忘れる。
俺は中学時代。目だたなかった日陰の人間だった。だが、文化祭の演劇をする際に、突然敵役のボスをやりたいと立候補し、周りを驚かせたことがある。
人前に出ることを得意としない性格だったにも関わらず、その演劇を披露した時は全くと言っていいほど緊張はしなかった。
賽は既に投げられた。
ネガティブな言葉を投げている訳ではないのだから、どう転ぼうが受け止めよう。
これで何も起こらなかったとしても当然。ダメで元々だ。
そんな感覚で待っていると、返事が来た。
「私を描いてくださりありがとうございます!!画風が好みです!保存させていただきました!」
ファンアートを受け取ったタレントとしての言葉。当たり前だ……。それでも飛び跳ねるくらい嬉しかった。
一先ず喜んではくれた様子だった。
ここからは少し怖い。
メンタルが弱いことを表現したサブ垢のイラストも送る。
彼女がここにコンプレックスを抱いていたのなら、ネガティブな方面で受け取る可能性だってある。
可愛いテイストで描いてはみたが、一か八かでもあった。
結果は……。
「かわいい!!よければサブ垢のアイコンかヘッダーにしてもいいですか……!?」
喜んでくれた。なんなら一枚目よりも嬉しかったような様子すら伺えた。
よく知り合ってもいないのにも関わらず、少し踏み込んだイラスト。それを受け入れてもらえたことが素直に嬉しかった。
彼女のプロフィールにはヘッダー画像がなかったので、念のためヘッダーサイズを予め作っておいた。
その期待通り、イラストをヘッダーに使ってもらえることになったのだ。
少しだけ……。少しだけではあるけれど前進できた気がした。
俺にはイラストしかない。と思い、今まで培ってきたものに頼ってみて良かった……。
勇気を出して創作してみて良かった……。
俺の反応としては彼女に素直に喜んだ素振りを見せられなかったと思う。でも心の中ではその出来事を純粋に喜ぶことが出来た。
「痛ってぇ……」
「どこが?」
「胃が痛ぇ……」
俺はその頃とてつもない胃痛に悩まされていた。
普段はスーパーの弁当に加え惣菜をいくつか食べる生活をしていたのだが、最近ではこの胃痛のせいで弁当を半分ほどしか食べられない。
間食もほとんどせず、食欲もまるで湧かない。
疑似的な断食状態と言ったところだ。
普段から少食だった俺はそのことに関してはそこまで苦に感じなかったが、なにより胃が痛い。
時折酷く締め付けるような痛みが走り非常に苦しい。
色々な胃腸薬を試してはみたが、いつものように軽くなる事はなくその状態はしばらく続くことになる。
ヘッダーにイラストを使用してもらったとはいえ、現実的にすぐに特別扱いされるわけではない。
あの日からも変わらず当たり障りのない挨拶コメントをしたりしてみたが、反応が来ることはなかった。
もちろんそれで当然だと受け入れている。
イラストを送ったとはいえ一度も会った事もないファンを特別扱いするほど世の中は甘くない。
話題に出せば思い出す。現状ではその程度の存在なのは間違いないのだ。
今日は靖志とパチンコではなくカラオケに来ていた。
俺たちは昔から歌うことが好きで、高校時代からカラオケにはよく通っていた。
YouTubeを通して歌い手にでもなってみるか? と意気込んでみた時は週3くらいの頻度で通っていた頃もある。
今では通う頻度も減り、スタミナ的な面では以前に劣るまでになってしまったが、一般人よりは歌への自信はあった。
俺は特に女性の高音域を出すことが出来るいわゆる『両声類』という声を持っていたため水樹〇々の曲を好んでよく歌っている。
カラオケに着くや否やキュウキュウと胃が痛みソファに蹲って溜息を吐く。
「どうしたの?」
「ソララの事を考えると胃のもやもやが溜まるから吐き出さないと耐えられないんよ」
「まぁ……わかるけど」
注文したドリンクを飲みながらソララの事をふと話題に出してみる。
「12月24日にソララがフレアに来店だってさ」
その日にはソララの12月のスケジュールが発表されており、近所のパチンコ店のフレアに来店というお仕事でやってくるらしい。
靖志はそれを聞いても半笑いで言った。
「でも行かないんでしょ?」
俺は芸能人やアーティストに直接会うという行為に意味はないと思っていた。
それを知っている靖志はどうせ今回も同じで、どんなに近所でも直接会うことはしないだろう。そう思っていたと思う。
でもそれは少し違っていた……。
「でもクリスマスイブにソララと過ごせるってなるとなぁ」
「お……? ワンチャン?」
いつもとは違う返しに靖志も驚きの反応を見せる。
「ずるいよなぁ。ピンポイントにその日は」
女性関係が乏しかった俺はクリスマスやイブに関してはただの日常としか認識してはいなかった。
家族でご飯を食べる際のネタとしてチーズフォンデュをしたりチキンを買ったりする日でありそれ以上の意味はない。
だが、やはり世間一般の認識としてのクリスマスもどこかで感じていたのかもしれない。
その日に会える。というのはどこか特別感を感じてしまう。
12月24日をクリスマスらしく最後に過ごしたのは深雪と付き合っていた頃になる。
彼女の誕生日は12月24日で、親にはクリスマスと一緒くたにされてしまうのが悲しいという理由から24日は誕生日らしく、そして25日はクリスマスらしく過ごすようにしたのも今では懐かしい思い出だ。
それから10年以上離れていたとしてもこういう感情は抱いてしまうものなのだなと実感した。
「そういえばあの子のヘッダー、今俺のイラストだよ」
「凄いじゃん! これで認知されたね」
「どうかなぁ……?」
「いや、されたに決まってるじゃん!」
靖志はそう言っていたが俺は内心不安もあった。
願望では認知されていて欲しいと思っている。だがそれから一切関わりもなければ自分に自信もない人間だったため半信半疑ではあった。
それから何度も彼女が悩みを抱えては言葉を投げかけてはいるが届いているかはわからない。
直接会わないと何も始まらないか……? 珍しくそんな思いも湧いてきていた。
俺が俺という存在を一個人に対してアピールしたいと思うのはもしかしたら生まれて初めてかもしれない。
今までの人生で告白めいたことをしたことはあったが、その全てがどこか曖昧で好きだと思っていたかも疑ってしまうような感覚。
今思うと、どうして告白までして近づきたかったのだろうか? と疑問を抱いてしまうくらい。
恋人関係にまで発展したふたりは、ふたりとも相手から告白してくれたのを受け止めた形になる。
俺は昔から自分がどう思っているかもわからないまま人にアピールしようとしていたのかもしれない……。
ソララに対しては真っすぐな気持ちがあった。
もし彼女が他の男性と恋仲になってしまっても、行きつく先で独り身になったのなら迎えに行きたい。と素直に思えるくらい好きになってしまっていたのだ。
俺はどこか『処女厨』と呼ばれる価値観が強く、他の男性に一度取られてしまうとショックを受けると同時に潔癖が発動して諦めるのが早くなる。
だが、彼女に対しての気持ちは例外に成りえると思えた。
心のどこかから湧いてくる「ソララが俺が世界を生きやすくなれるようにしてあげなきゃいけない」という謎の使命感すら感じていた。
「イラストを使ってもらえてるなら会話の切り口になるしね!」
「まぁ……確かに?」
使ってくれたことへの感謝を伝えるという名目なら確かに会いやすい。
「そんなに想ってるならとりあえず一回会っといた方がまたなにか変わるんじゃない?」
靖志の押しもやけに強い。
カラオケが終わる頃には会うことに気持ちが固まりつつあった。
12月。
彼女は突然バッサリと髪を切った。
以前はウルフカットのような髪型だったが、かなりショートヘアになっておりその容姿があまりにも好みで俺は恋心の熱を更に上げた。
それに比べて今まで容姿に拘ってこなかった俺は男性としての魅力は皆無と言える有様だ。
髪は適当に切ったものでぼさぼさの自然体。服装もダルダルのトレーナーを何日も着まわしている。
化粧水等はまともに付けないし、いかにもダサいオタクという風貌の眼鏡。
このまま会いに行ったって絶対に引かれる……。惹く部分がひとつもない俺は引かれる……。
そんな失敗はあってはならない! 絶対に!!
俺は自分が思い付くであろう一般男性の嗜みを自分に施した。
眼科に行ってコンタクトを処方してもらい、薬局で化粧水やトリートメントを買う。
昔一時期付けていたが面倒くさくなりやめてしまったワックスや、マニキュアを取り出して使用した。
ネイルは昔から好んでおり、男性でも違和感なく俺らしさを演出できる色として黒のネイルにしてみた。
以前、俺は恋愛を諦めた頃に中性的な男性に憧れていたのだが、そうではなく今回は男性らしい姿を目指した。
彼女に男として見てほしかったからだ。
ソララはあまり男性の顔や容姿を重視しない性格をしているようには見受けられたものの、第一印象は良いに越したことはない。
自分としては人生で最大の出来る限りを尽くしたと思う。
それでもやはり普段からやり慣れている男性とは雲泥の差があったとは思うが容姿に努力をした自分。という初めての感覚に悪い気はしない。
それらは俺にとってはかなりの高額になった。
今までお洒落にお金を使うことがほとんどなかったので、1万円を超える金額に目が飛び出そうになったが不思議と抵抗感はなかった。
心の底でどうしても必要な出費だと感じていたからだ。
いわば人生を懸けた最後の恋と言ってもいいかもしれない。
今や会った事もない女の子にそれほどまでに強く深い想いを抱いていることに違和感も覚えなかった。
彼女はゲームが非常に好きだ。
俺がソララを知ってからもFPSのオンラインゲームをVTuberの姿で配信していた。
彼女は昔ハマっていたゲームのことを何度か話すことがあった。
そのいくつかのタイトルは俺もハマっていた頃がある。
俺もゲームは大好きで、YouTubeで活動していた後半はそのほとんどがゲーム実況の動画だった。
その中のひとつは動画を投稿していたこともあり、もしかしたら何かの奇跡で彼女がその動画を見たことがあったりしたかもしれない。
本気で彼女の姿を追うようになってから何度か不思議な繋がりを感じる事が増えた。
懐かしさとでもいうのだろうか……?
前にどこかであっているような感覚。
その感覚の正体を俺はゲームじゃないか? と疑っていた。
オンライン上ではハンドルネームでやりとりをするし、以前はプライベートなネーミングにしていたら絶対に気付けない。
俺自身も今と昔では使っているハンドルネームも違っていたので気付きようがない。
もしかしたら彼女とは名前の異なる時にどこかで話したことがあるのだろうか……?
俺はまたイラストを描くことにした。
今度はそのVTuberの姿だ。獣のような女の子をモチーフとしたデザインになっており、普段描きなれないテイストが描いていて非常に楽しかった。
それを送ると引用してまで喜んでくれた。
その様子を見られるだけで幸せだ。
俺はまたしても素直に喜ぶことが出来ず「俺が描きたいから描いているだけなので」
と謙遜して見せた。
内心凄く嬉しかったし、この頃にはイラストを描くことへの自信が蘇りつつあった。
描くことってこんなにも楽しいことだったのか。と創作への意欲が湧いてくる。
色々なパターンの彼女を描きたくなってくる。
一度失ってしまった生きがいではあったが、彼女との出会いを通して自分の手に戻ってきた気がした。
最近では彼女の出ている動画はほとんどチェックするようになった。
以前感じていた恐怖心も今はなく、純粋に彼女の可愛さを受け入れられるようになった。
もっとこの子を知りたいという探求心も大きくなっていたのかもしれない。
今までの人生で他人に興味を示せなかった俺をこれほどまでに惹き付ける。ソララにはそんな魔力があった。
新番組として『NEXT WAVE』という動画が公開された。
そこにはソララはもちろん、彼女を含めたエンドレスセブンのビギナータレントの中から4人が共演していた。
俗に言う若い女の子だけを集めたアイドル番組といった雰囲気だ。
以前の俺なら絶対に見る事はなかっただろう。ソララが出演しているという理由だけで視聴することにした。
番組はただただ女の子が実践する内容で、明確なテーマもあまりない。でもソララの新しい表情が見られて幸せだった。
番組の中で交友を深めるため、その番組だけのニックネームを付けることになった。
彼女のニックネームははじめ怖い印象を象徴するものであったが段々と柔らかくなってき、結果的に『ベル』と名付けられた。
ソララとは別番組でも共演している仲良しタレントの環は『アリス』
ギャル風メイクをした女の子の才谷こと(さいだに こと)は『マリーナ』
他の共演者よりも少し年上のお姉さんである藍川テレサ(あいかわ てれさ)は『ローズ』
と命名され、一気にグループらしくなると回を増すごとに打ち解けていっている様子だった。



そんな様子を見ているとやはりこちらも感情移入してしまう。
晴れてグループらしくなったその番組のキャラクターとして彼女たちを描いてみたくなった。
はじめはもちろんベル。今回はソララではなくベルを描く。
彼女に送ってはみたがいつものような反応はなかった。
だが、忙しいのだと思い深く考えることなく気持ちは次へ向かっていた。
マリーナ、アリス、ローズと描きそれぞれを本人へと送る。
アリスからの返事はなかったが、マリーナとローズからのコメントはあり、特にマリーナとあだ名を付けられたことからの反応は感触が良くこのような表現を好んでいる様子が伺えた。
ソララからではないにしろ、人に喜んでもらえるのは嬉しい。
全員分のイラストが出来上がると、それを番組を再現するような形でデザインし壁紙にも使えるサイズで公開してみることにした。
イラストを再び描くようになってから本人以外に向けて公開したのはこれが初めてだ。
複数のリツイートやいいねが届き、中にはそれを見てフォローしてくれる人もいた。
たくさんの人に見られる感覚を初めて味わう。俺の中に陽の光が差し込んでくる。
慣れない感覚に戸惑いもしたが、嬉しい気持ちを自分自身で否定することはしなかった。
そして日付は12月23日を迎える。
彼女と会える前日だ。
来店や収録がある前日はその告知のツイートをする。
いつもはその投稿に応援のコメントをするが、今日の内容は違っていた。
「明日行きます!」
こんなことわざわざ伝える必要はなかったのだけれど、なぜだか言いたくなった。
当日になって怖気付かないように自分の決意に釘を刺す意味をあったのかもしれない。
普段はいいねのみの反応の彼女だったが、その日は返事のコメントをくれた。
「お待ちしております!!」
彼女も俺と直接会えることを楽しみにしてくれてたらいいな。なんて淡い妄想が浮かぶ。
やはりどこか特別な縁を感じる人ではあったので、人智を超えた何かで繋がっているかもしれないという想像はいつまでも尽きなかった。
この頃には、俺がこんなにも好きになっているんだからもしかしたらこの子と結婚するのかもしれない……? という謎の感覚まで過る。
一般的に結婚を決めるに至ったコメントとして「ビビッときた」というような言葉があるが、まさにこれはそういう感覚なのではないだろうか?
それくらい今までの自分が感じたものとは何かが違う存在だった。
この感覚は直接会ったら何かが変わったり、物事が進んだりするのだろうか……?
既に俺は彼女に出会ってから無数の知らない世界を体験してきた。
身嗜みを整えてみたり。人へイラストを送ってその結果全く俺を知らない人まで届いたり。普段は見なかったものを見たり。細かい事を含めたらその全ては数えきれない。
また新たなステージが幕を開ける。そんな根拠のない自信があった。
当日の朝。彼女はめずらしくツイートを連投していた。
「私って化粧を面倒くさがっちゃう人種だから、仕事以外の日はマスク付けてすっぴんで出かけちゃうわぁ……」
「化粧する時間も寝ていたいくらい朝弱いし、顔も浮腫みやすいから大変だ……。今日も顔がパンパンだ」
俺はなんだかそれを見て保険をかけているように見えた。
これは完全に妄想だが、ソララが俺を特別視してくれているのだとしたらこの保険は俺が会いに来てくれる日だから、最高に可愛い顔ではないからガッカリしないで欲しい。
と言っているような気がした。
俺は内心そんな妄想じみた想像に、そんなこと気にしなくても可愛いのに、と思った。
俺は化粧をバッチリ決めている女の子よりも、ナチュラルメイクに近いもはやすっぴんでいるような女の子の方が好みだった。
深雪も出会ったころは化粧をしていなかったが、化粧をするようになって少しがっかりした記憶がある。
素のままのその子を愛したい。という価値観を持っていたので、化粧に対して苦手意識がある事を知れたのは少し嬉しかった。
そんなツイートを見ていると、いくつかの通知が届く。
NEXT WAVEのイラストは未だに新たに知ってくれる人がいるみたいで今でもいいねがいくつか届く。
その中にその番組の広報からいいねとフォローがあった。
そして描いてくれてありがとうというコメント付きだ。
これには驚いた。広報というのは謂わば公式スタッフだ。
番組の公式にまで評価いただく経験なんてない俺は嬉しさよりも恐縮な気持ちが勝った。
そんな気持ちを抱きながらもフォローとコメントを返す。さすがに大きなことだったので、これを機にイラストの仕事に繋がったりするかもしれない……?
という期待感も膨らんだ。
慣れない身支度をして鏡に映る自分を見る。
大丈夫だ。この日のために清潔感ある一般男性になる準備は整えてきた。
そう自分に言い聞かせて家を出る。
電車とフレアの送迎バスを使ってソララの元へ向かう。
その送迎バスはよく使用していたが、その日の感覚は少し違っていた。
ソララが近付くたびに何かを感じるかもしれない。という意識が消えない。
しかし、その予感は当たらず何事もなく店に辿り着いた。
靖志は少し遅れるらしい。俺は先に店に入りソララの姿を探してみることにした。
20スロの区画は最近はあまり行かない。そのレートで耐えうる軍資金を手にすることがなくなったのでパチンコ店に入っても低貸しコーナーに直行だ。
スロット台が連なる角台に彼女はいた。
俺からは後ろ姿しか見えない。もし何かの繋がりを感じ、シンパシーのような特別な力があるのだとしたら彼女が振り向いたりするのだろうか……?
静かに後ろを通り過ぎる。
彼女は気付きもしない。それどころか、感覚としては本当に普通の女の子。
俺からしても何も特別を感じる事はなかった。
今までの自分の感覚は全て勘違いだったのだろうか……?
この子もまた、今日で全て忘れていってしまう存在なのだろうか?
話をしたところで何かが変わる気配すら感じなかった。
靖志が到着しいつも通り低貸しコーナーに座る。
「行ってくるの?」
「いや……、心の準備がまだ」
「さっさと済ませちゃえばいいのに」
特別感がなくとも、顔を合わせれば可愛い女の子には違いない。
女性とのやり取りに慣れてない俺は心の準備が必要だった。
対応してもらえる時間は15時までと決められている。
それは気を急かすタイムリミットと同時に、まだ大丈夫という安心材料ともなった。
なんだかんだで12時。
そろそろ行くかと心を決めてみたのだが、ちょうど彼女はお昼ご飯の時間らしく席を外していた。
「あの子お昼みたいだから俺たちも飯食うか……?」
「いいよ」
俺たちは近くの回転寿司で昼食をとることにした。
彼女のTwitterを覗くと、そこには男性店員と一緒に楽し気に映る写真が投稿されていた。
タレントがそういう写真を上げていたところでなんとも思わないのは当たり前だ。私は以前までそういう価値観だった。
だが、今回はそれとは話が違う。やっぱり私は彼女に本気で恋をしている身なのでもちろんその写真には嫉妬した。
よく知りもしない子に対しそんな感情を抱くのは可笑しい話だが、その時の私は思考で『仕事なんだから仕方ない』と思いながらも、潜在意識では本気で嫌だった。
俺は元々嫉妬深く、深雪と付き合っている時に、男子とたまたまふたりきりで帰っただけで非常に落胆し大喧嘩をしたことがある。
正確に言えば俺の気持ちが一気に冷めた。
前々からそういう嫉妬させる行為が嫌いだと伝えていたので、伝えていてもなおそういう行動を取るのかというガッカリ感が大きかったのだ。
それが理由で別れた訳ではなかったが、その時の自分の感覚をよく覚えている。
俺ってこんなにも嫉妬深く、どんなに彼女のヒステリックを受けたとしても冷めなかった愛がこうも一瞬で無に還る感覚を味わうのか……と。
それほどまでに自分の嫉妬心というものにトラウマを抱いていた。
この時も未だに胃痛と少食状態が続いていたのでお寿司も2皿食べただけで精いっぱいだった。
店に戻ると彼女の姿もそこにあり、意を決して話しかけてみることにした。
彼女は角の台だったため、通路側から姿を見せればこちらに気付く。
俺は後ろから声をかける勇気がなかったため、その方法を使って手を振ってみた。
すると彼女はこちらに目を向け気付いた様子を見せてくれた。
「こんにちは!」
彼女は元気よく挨拶してくれる。
俺は彼女があまりに可愛くて、緊張も相まって何を話していいかわからない。
何より目を直視出来ず顔を何度も背ける形で話をする態度。なんて失礼なんだろう。
彼女の顔を見れないでいるとふと指先に目が行った。
あれ……? ソララってネイルしてたっけ……?
今まで彼女の写真は上がるたびによく見ていたが、過去の写真を遡ってもネイルをしている彼女を見つける事は出来なかった。
しかしその疑問を直接聞くこともできず、とりあえず自己紹介として自分が誰かを伝えてみる事にした。
「あの……。覚えているかどうかわからないですけど、イラスト描いたものです」
「あぁ! 言也さん?」
「そうですそうです!」
彼女は名前まで憶えていてくれた。言也という珍しい名前だったので疑問形ではあったものの、存在自体は認知してくれていたようだった。
「言也のイラスト……。絵のタッチって言うんですか? 凄い好みだったので描いてもらってすごく嬉しかったです!」
なぜかその言い方が俺には一生懸命に見えた。
慣れない言葉で丁寧に想いを伝えてくれているような様子が凄く嬉しかった。
だが、褒められ慣れていない俺はここでも無意識に拒絶してしまい、きっと社交辞令に決まってる。
でもこうやって言葉を選んでファンが喜んでくれるように伝える一生懸命な様がなんとも愛おしく映った。
俺が想像していた以上に良い子なのかもしれない……。
そんな印象で彼女への愛が今まで以上に膨らんだ。
「直接見ても世界一可愛いですね!」
はじめのイラストを送った時に「世界一可愛い」と伝えていたのでそれを直接言葉でも伝えてみた。
非常にキモイ言い方をしてしまったかもしれない。
だが一応は褒め言葉。褒められて嬉しくない人間はそうそういない。
彼女もその言葉を受け取り、照れ笑いながらそんなことないですよ。と謙遜して見せた。
その様子も本当に可愛い。
マスクを付けた姿だったがその可愛さははっきりと見て取れた。
それからスロットの話など、少し交わしたあと彼女がいい時間だと察したのか、差し入れで渡したものを手に持ちお礼を口にする。
「来てくれてありがとうございました! 差し入れもいただいてしまいありがとうございます!」
「あ……」
俺は携帯を取り出す。その様子を見た彼女は驚いた表情をした。
「そうだ! 写真! すいません忘れてました」
ファン対応には一緒に、もしくはタレントの写真撮影をしてくれるファンサービスがある。
写真は3枚まで撮影可能だったので、俺はもちろん3枚お願いする。
1枚目は普通のピースだ。これはごく一般的。誰しもお願いするだろう。
2枚目は彼女が最近決めポーズとしているもの、俺も一緒にやってツーショットにしてもらった。
そして3枚目。俺は今日ここに来るにあたり決めていたことがある。
チャンスがあったらやりたい。
「もしあれだったら全然大丈夫なんですけど、これって知ってますか?」
これとは片方が手でハートを作り、片方が親指を立ててグッドを作る。片思いハートというポーズだ。
最近ではネタ扱いされていてカジュアルな意味合いが強いが、私にとって彼女に片思いしているのは事実なので印象が変わってくる。
彼女の事が本気で好きだった私はその写真が欲しかった。だから内心恥ずかしいと思いながらも尋ねてみた。
元ネタがゲームプレイヤー関係というのもあり、ゲーマー気質な彼女は初対面だというのに簡単に快諾してくれた。
最後の写真も嫌がる様子や表情を見せずに撮影終了。それと同時に彼女と俺の時間は終わりを告げる。
「ありがとうございました」
少し頭を下げなら後退するようにその場を後にする。
別れ際に彼女が優しく手を振ってくれたのが本当に嬉しかった。
靖志のところに戻り写真を確認する。可愛い……。
結局ほとんど顔も見れず、話した内容すらまともに覚えていない状況ではあったが心の幸福感は凄まじいものだった。
好きな人と一緒の時間を過ごすって、こんなにも素晴らしいものなんだな……。
今まで恋人と呼べる人は2人いたが、そのどちらとも比べられないほどの幸せがこの時間には詰まっていた。
なんの特別感もない赤の他人だというのに今までに感じたことがないくらいに心が満たされた。
「どうだった?」
「幸せだぁ……」
初めての多幸感に顔を覆う。
エンドレスセブンで制作された彼女のステッカーも貰う事が出来た。その宝物を眺めて再びスロットを打った。
時間が15時に差し掛かる頃。心がざわめき出す。
どうせ会うなら2回くらい話しておけば? と前に靖志に言われその時は拒否したのだが、実際ここに来てみるとその方が変に固執することなく綺麗に終われる気がした。
「もう一回行ってくるわ」
「いってらっしゃい」
スタッフの方にもう一度お話してもいいですか? と確認し、その機会をいただくことができた。
2度目に話しかけた時の彼女の元気はなかった。スロットの調子が悪いというのもあるかもしれないが、自分に自信がない私は2度目がしつこいと思われたのかもしれない。という不安が湧いた。
時間ももう少ないのでスロットを回しながらの対応となり、話に集中出来ている様子もない。
先ほど言い忘れていた、少し前に行われた試合のお疲れ様と、年末に予定されていた生配信を見ます。という報告をし、その場を後にした。
そのあとの俺達はそのまま普段と同じ様に閉店ギリギリまで遊び、彼女は真っすぐ帰宅したようでTwitterではお母さんとケーキを食べている様子を投稿していた。
内心、俺はイラストをヘッダーにしてくれたという特別感から、絵を描いてくれた人が来てくれて嬉しかった。等の投稿がされることをどこか期待してしまっいていたがそんなことはなく、彼女にとってはただの仕事の1日だったんだな。と複雑な気持ちを抱いた。
最後の様子も相まって、何かが進んだ感覚もなかった。
むしろ後退してしまったかもしれない……。気持ちを諦めに向けた方が楽なのかもしれない……。
今ならまだ……、逃げるには間に合う気がした。
12月24日。これが俺と彼女が初めて直接出会った日だった。