アンコールはリビングで
「……あの夜、凪がここで俺を見つけてくれたから、今の俺がいる」

少し掠れた甘い声が、耳元に落ちる。
彼の心臓の音が、厚い胸板越しに私の胸へとダイレクトに伝わってきた。

「……一生、俺のそばでこの声聴いてて。……絶対、手放さねぇから」

「……うん。ずっと、特等席で聴いてる」

薄暗い非常階段の踊り場。

湊が私の顎に手を添え、自分のマスクを指で下へとずらした。
触れるだけの、羽のように優しいキス。
ちゅ、と微かな水音が響き、彼が微かに目を開けて私の反応を伺う。

私が背伸びをして、彼のベージュのコートの襟をぎゅっと掴むと、湊の琥珀色の瞳に、逃げ場のない熱い光が灯った。

そこから先は、息をするのも忘れるくらい、深く、甘く、長いキスだった。

冷たいコンクリートの空間の中で、彼の熱い吐息と体温だけが、私を圧倒的な熱で溶かしていく。

唇が離れるたびに甘い音が響き、息を吸い込む隙間すら惜しむように、またすぐに重なり合う。

「……んっ、……湊……」

「……可愛い。……全然、足りねぇ」

私を抱きしめる腕の力が強くなり、彼から伝わってくる体温がさらに上がっていくのがわかる。

思い出の非常階段で、私たちは時間の許す限り、お互いの輪郭を溶かし合わせるように口付けを交わし続けた。
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