アンコールはリビングで
「……なぁ、凪」

「ん?」

俺の腕の中で少しだけ顔を傾けた彼女の、濡れて色気を増した唇に、俺は迷うことなく自分の唇を重ねた。

「……んっ、」

チュッ、と軽いリップ音が響き、ゆっくりと唇を離す。

温泉の熱気にあてられたのか、それとも照れているのか。
彼女の頬は、薄暗い中でも分かるほど赤く染まり、潤んだ瞳が俺を真っ直ぐに見つめ返していた。

「……あんま長湯すると、湯あたりする。……そろそろ、上がるか」

俺の少し低くなった声色に込められた意味を察したのか、凪は小さくコクリと頷いた。

「……うん」

立ち上がろうとする彼女の身体を、俺は水滴も気にせずにヒョイと横抱きに抱え上げた。

「きゃっ……ちょっと湊! 重いでしょ、自分で歩けるから!」

「うるせぇ。大人しく運ばれてろ」

抗議する彼女の言葉を塞ぐように、俺はもう一度、今度は深く、甘いキスを落とした。

窓の外では、変わらず渓谷の川音が静かに流れている。

広々としたベッドルームへと続くドアを足で押し開けながら、俺は腕の中の、この世で一番愛おしくて大切な熱に、今夜はとことん溺れようと決めていた。

日常から遠く離れた渓谷の隠れ家で。

俺たちの甘く溶けるような夜は、まだ始まったばかりだった。
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