アンコールはリビングで
「ほら、湊は今、一番大事な時期でしょ? ツアーも大成功したし、ファンの人たちのこともあるし、立場もあるし……。私は、今のまま、こうやって一緒にご飯食べて、笑い合えるだけで十分幸せだから! 本当に、何も気にしてないからね!」

彼に迷惑をかけたくない。

彼の重荷になりたくない。

だから、世間一般的な『結婚』という形なんて、私には必要ない。

私が必死に取り繕うように笑ってそう言い切った、その瞬間だった。

「……ふざけんな」

湊の低く、静かな声が、私の言葉をピシャリと遮った。

「え……?」

「……凪。それ、誰のために言ってんの」

カウンター越しに真っ直ぐに私を射抜く彼の瞳には、さっきまでの軽さがひとかけらもなかった。

奥にあるのは、静かで、けれど一歩も引かない光だった。

「歌うのは、俺にとって大事なことだ。それは嘘じゃねぇ。……けど」

湊はカウンターの上に両手をつき、顔を近づけて、逃げ場をなくすように私を見据えた。

「どう考えたって、凪のほうが大事に決まってんだろ」

「……っ」

ドクン、と。

心臓が、痛いほど大きく跳ねた。

< 966 / 1,000 >

この作品をシェア

pagetop