幼なじみは不滅です!

プロローグ

特別って何だろうーー。
(しゅん)くんへの気持ちは、『特別』と呼べるのかな。

あたしたち三人は、いわゆる幼なじみだ。
遊ぶ時も一緒。
学校に行く時も一緒。
どんな時も、大好きな幼なじみたちがいたという、当たり前の世界。
その一瞬。
そのひととき。
それは今、思い出すと後悔だらけで、何もできなかったという現実が襲ってくる。
だけど、ぎゅっと握られた、もう一人の幼なじみ、隼人(はやと)の手のひらの温かさ。
それだけが、今のあたしの光だった。
もしも、もう一度、瞬くんと会えるのならーー。

『隼人、瞬くん!』

一歩踏み出した先に待っているのは、大好きな幼なじみたちだ。
怖いものなんて、何もなかった。



ステータス。
それはあらゆるものの状態を、数値にあらわしたものだ。
それが突然、見えるようになったら、世界はどう変わるのだろう。
小学五年生の夏休み明け。
その日、あたし、岩内(いわない)こはるの朝は思いがけない出来事から始まった。

ーーピピピピ………。

ヒヨコ型の目覚まし時計が、元気いっぱいに鳴っている。
重たいまぶたを何とか開けて、ベッドの近くに置いている目覚まし時計を見た。

「……なにこれ?」

その瞬間、あたしはびっくりして目をまたたいた。

『目ざまし時計、レベル5。起きてほしい度100』

ええっ!?
目覚まし時計って、レベルがあるの?
起きてほしい度って、なに?

『目覚まし時計と戦う』
『目覚まし時計を止める』
『寝る』

しかも、謎の選択コマンドまで出てきた!
選択コマンドは、ゲーム中に行動を行う時の選択肢のことなんだけど。
……って寝たら、間違いなく学校に遅刻しちゃうよ!
あたしはおそるおそる、『目覚まし時計を止める』に向かって指を動かす。
すると、目覚まし時計にふれていないのに、ぴたりと音が止まったんだ。

『目覚まし時計の満足度がアップ。目覚まし時計のレベルが6に上がりました!』
「うわわわわっ!?」

あたしは驚いて飛び上がる。
カラフルなメッセージに続いて、またたきする間をなく、新たなメッセージが表示されたからだ。

『イケている目覚まし時計のスキルを覚えました』

イケている目覚まし時計のスキル?
これって、何か意味があるの?
あたしが目覚まし時計に向かって指を動かすと、スキルの説明がふわりと浮かんだ。

『イケている目覚まし時計。効果、目覚まし時計の音が、ヒヨコの鳴き声にパワーアップ!』

うわわっ、最悪!!
めちゃくちゃ使い道がないじゃんーー!!

「ほんとに……なにこれ……?」

ベッドから起き上がり、部屋をゆっくりと見渡した。
その瞬間、あたしの足は情けないことにガクガク震えだす。
だって、ステータスが見えるのは目覚まし時計だけじゃなかったから。

(ランドセル、レベル5。ペンケース、レベル8。アルバム、レベル5。部屋にあるもの、ぜんぶ、ステータスが見える)

あたしはぽかんと口を開けた。
この現象が何故、起きたのかは分からない。
てっきり、こういう現象はゲームやマンガの世界の話だと思っていたけど。

(もしかして、あたし、夢を見ているのかな?)

あたしの現在の気分を簡単に表現するとこうなる。
だって、現実感なんてなかったから。
ステータスが見えるなんて、あり得ない話だよ。
とても信じられないことなのに、その現象は部屋を出てからも続いた。

「うわわっーー!! お母さんーー!!」

恐怖を覚えたあたしは階段を下りて、一階のリビングに向かう。
階段を降りた先には、朝ごはんの香りが漂っていた。

「おはよう、こはる。そんなに慌てて、どうしたの?」

リビングに入ると、お母さんが驚いたように首をかしげていた。
テーブルの上には、フレンチトーストと目玉焼きとフルーツサラダが並べられている。

「お母さん、見て見て!」

テーブルに身を乗り出したあたしに、お母さんが不思議そうにした。

「フレンチトーストがレベル2だって!」
「レベル2? なんの話かしら?」

あたしの切羽詰まった声に、お母さんはきょとんとする。
その当たり前のように言われた言葉に思わず、面食らう。

「えっ? もしかして、見えているの……あたしだけ?」

あたしは思わぬ事実を目の当たりして息をのむ。

「ほら、わけわからないこと言っていないで、早く食べなさい。遅刻するわよ」
「……うん」

お母さんの言葉に、あたしは戸惑いながらも席に座る。
いつもなら、楽しい朝ごはんの時間。
だけど、周りはステータスだらけ。
おかしな現象が気になって集中できないよ。
それでも何とか朝ごはんを食べ終わると、大慌てで学校に行く準備をする。
すでに、いつもの登校時間は過ぎていたからだ。

「もう、こんな時間! 急がないと!」

あたしはランドセルを背負い、いつもより遅れて家を飛び出した。
小走りで学校に向かっていると、秋のさわやかな風が髪をふわりと揺らす。
あたし、岩内こはるは、いたって普通の小学五年生のはずだった。
少なくとも、昨日までは……。

「うわあっ! 外もステータスだらけ!」

通学路には、様々なもののステータスがあふれ返っている。
あたしは指を動かし、きょろきょろと辺りを見回した。
信号機、電柱、車、バス、自転車。
あらゆるもののステータスが見える。
あっ、そういえば……!

「お母さんのステータスは見えなかったよね。それに散歩中の犬さんのステータスも見えなかった。もしかして、人や動物のステータスは見えないのかな」

頭をフル回転させて、状況を整理する。

「うん、きっとそうだ!」

あたしは一人納得したようにポンッと手をたたいた。

「とにかく、ステータスを気にしすぎちゃ負けだよね。早く学校に行かなくちゃ!」

あたしはゆううつを吹き飛ばすように学校に急いだ。



朝の五年三組の教室には、明るい声が飛びかっている。

「おはよー、こはる」
「おはよう」

教室に入ると、あたしはそそくさと自分の席につく。

(黒板、窓、ロッカー、教科書……ダメだ。教室の中も、ステータスだらけだよ……)

周囲の反応にうといあたしでも、ステータスの反応にはどうしても敏感になってしまう。

「みんな、席につけ!」

授業開始のチャイムとともに、教室に入ってきたのは担任の坂田(さかた)先生と男の子だった。

「新しいクラスメイトを紹介するぞ!」

坂田先生がそう言った途端、教室中がざわつきだす。

「わっ! かっこいい!」
「ちょっ、イケメンだよ!」
「きゃー、素敵!」

クラス中の女の子から黄色い悲鳴が上がる。

「転校生?」

ステータスばかり気にしていたあたしも、そっと前を見た。
さらさらの髪に、まるで王子様のような整った顔立ち。
アイドルのような甘い雰囲気の男の子。
だけど……。

「あ……」

その男の子を見た途端、あたしの顔から一瞬で笑みが消える。
夢でも見ているのかと自分の目を疑った。
だけど、目をそらせない。
怯えるように、強ばった顔で男の子を見つめてしまう。
男の子は黒板の前に立つと、よく通る声で自己紹介を始めた。

「……家庭の事情でこちらに引っ越してきました、緒方(おがた)(しゅん)です。四年生までは、隣町の小学校に通っていました。よろしくお願いします」

その男の子ーー瞬くんがそう言ってぺこりと頭を下げると、クラス中が再び、ざわつき始める。
そのざわつきのほとんどは、もちろんクラスの女の子たちだ。

「それじゃ……席は、岩内の隣な」

坂田先生は教室内を見渡して、そう口にした。

「……っ」

かっこいい男の子の隣の席。
これが知らない男の子なら、きっと胸がきゅんと震えるんだと思う。
だけど、あたしの身体は予想外の展開を前にして、ガクガクと震え出していた。
だって、瞬くんはあたしの幼なじみの一人で……。
そして、一年前、川に落ちたことがきっかけで、死んだはずなんだから――。
否応なしに、過去の記憶が蘇ってくる。

『瞬くん!』

あの時、川に落ちた瞬くんをどうして助けられなかったんだろう。
あたしはただ、泣きながら、沈んでいく瞬くんを見ていただけだった。

『お願い! 誰か、瞬くんを助けて!』

あたしは思い出す。
あの日までは。
手を伸ばせば届く距離に、いつも大好きな幼なじみはいた。
でも……。

瞬くんが死んだ日。

瞬くんがいなくなってから、毎日が苦しかった。
少しずつ刻まれる時計の針と同じように、今この瞬間も生まれている風。
どこへ導くか分からない風に触れた時――。
聞こえてくるのは、仮初めの現実なのかもしれない。

さびしい、と思うほどの時間は経ったから。
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