ドア開けたら元カレが寝てた
第二話 夕凪 颯也、今日から居候しまーす
「痛だだだだだだだっ…」
「はーい、顔逸らさないでー。また消毒液塗りますよー」
「ぐぉぉぉぉぉ……」
足元に無造作に置かれた、床にこぼれた大量のビールを含み、おもーくなった雑巾を見て私は思わずため息をついてしまう。
あの後、とりあえず颯也を手当しなければと考えた私は玄関に傷だらけの颯也を座らせ、ひとまず近くにあった救急箱で応急処置を始めた。
ドアの前で寝てたときは暗がりで分かりにくかったが、颯也の全身にはすごくたくさんの傷が刻まれていて、とても痛々しい。
幸いにも銃弾がかかすった程度だったから、私でも何とか手当できる範囲で助かった。
颯也の長い前髪をかき分け、ぽんぽんとガーゼで優しく拭いていく。
「怪我の手当なんてされたのいつぶりだろ…。ねぇ優里ぃ、もうちょい優しくしてよー」
「うっせぇよ怪我人のクセに」
「えー…俺のハイパーイケメンフェイスがどうなってもいいのぉ? 優里が俺の顔大好きなの知ってるよぉ?」
「チッ、だまれこの女たらし」
「ねぇ〜ねぇ〜」
相変わらず長い睫毛に、高い鼻筋。
日本人離れした、西洋の彫刻のような顔に思わずイラッとしてしまう。
どんな国宝級イケメンでも、こいつにはきっと敵わない。そんな予感がする。
無駄に形のいい唇がとても余計なことを次々と口にしていくので、傷口に消毒液をこれでもかと塗りたくってやった。
お゙お゙ぉと獣のようなダミ声を披露する颯也。
はっ、ざまぁ見ろ。
ひとまず、目立つような傷はあらかた手当したので、救急箱をしまおうと私は立ち上がる。
「ちょっと救急箱片付けてくるからあんたはそこで待ってな」
「う〜っす」
とてもかるい返事をする颯也。
大丈夫なんかコイツ。
若干ジト目になりながらも、私はリビングに戻って棚の上に救急箱を置く。
のしっ。
後ろから突然、生温かい塊が私の背中を覆い尽くした。
すごく嫌な予感がする。
「……優里の部屋、めっちゃ良い部屋じゃん」
「私は玄関で待っててって言ったはずだけどなぁ……?」
予想通り、颯也が私を後ろから包むように腕を回していた。所謂バックハグというもの。
微かに漂う血と汗の匂い。
意図的に寄せられた唇から発する颯也の息が私の首筋を掠める。
学生時代に颯也の過度なスキンシップには慣れたとはいえ、私でも思わずドキッとしてしまう。
流石女たらしというべきか。
学生時代はよく他の女の子たちから言い寄られていたし、大人になってからはきっとこんなふうに女を取っ替え引っ替えしてきたに違いない。
「……他の女みたいに、私がそんなのでなびくとでも?」
「いや、こんなの優里以外にやらないって」
颯也が目を細めながら、ぐいと顔を近づけてくる。
「……で? さっき、私にかくまってほしいって言った?」
「うん言ったよ?」
私は誤魔化すように、颯也の顔を右手で遠ざけながら、できるだけ嫌そうな声色で聞いた。
飄々とした顔で、私の体を引き寄せてくるあたりがとてもムカつく。
イケメンだから余計に。子猫か何かかな?
「俺……何でもするよ?」
「何でもぉ?」
「そ。優里なら、毎日寝てもいーよ? 昔みたいに毎日キス五回とかでもいーし」
狼のような、颯也の鋭い八重歯が光る。
ペロリと好戦的に唇を舐めている辺り、頼めば本当にやってきそうだ。
あーあ…
颯也はやっぱり変わってないね。
そういうとこも本当に変わってない。
「私さ、付き合ってたときも嫌って言ったよねそれ?」
「え」
「そういう自己犠牲嫌いなの私」
あんたはいつも優しいから。
そうやって、昔から自己犠牲で済まそうとするところがあった。
毎日キス五回っていうのも、元々は颯也が自分の体を大切に思ってなかったから始めたことだ。
「自己犠牲ってか…結構本気だったんだけど……まぁ、そうだね。ゴメン、ちょっと急すぎたかも」
「……何でもするってのは本気なワケね?」
「え?? うん」
「ふーん……」
「なになになに?」
心無しか颯也がソワソワしてるけど、別に変なことするつもりないからね?
「……じゃあ、うちの家事やってよ」
「かじ?」
「そう家事」
「家事って……洗濯とかってこと?」
「そう」
は、と目を点にする颯也。
思わず、ぶふっと吹き出してしまう。
「マジか……」
「あんた捨て置くのも嫌だし、かといってただで住まわすのも、ね。働かざる者食うべからずよ」
「俺、家事できねぇけど?」
だろうな。
学生時代もそうだったけど、颯也は面倒くさいことは誰かに押し付けてしまうタイプだ。
特に自分の身の回りのことはすぐ疎かにしてしまうので、付き合っていたころは私が半ば颯也のお世話係のようになっていた。
これは私の直感だけど、しばらく颯也は私の家に入り浸りになることだろう。
きっと嫌がったところで、無理矢理颯也はついてくるだけだし、それなら私が颯也の自立の助けになってあげればいいと考えたのだ。
とはいえ……
「相当苦労しそうだなぁ……颯也に家事教えるの」
「俺だって、付き合いとかあるし暇じゃないんだぜ?」
「家事もできないくらい?」
「そう言われるとなぁ〜……。ま、仕事は大体夜が多いし、多分いけると思うよ」
そう言ってニカッと笑ってみせる颯也。
昔と比べて笑顔は人懐っこくなったけど、どこか底知れない暗さを含んでいる。
そもそも銃による傷がある時点でまともな仕事じゃないんだろう。
そこを指摘するほど私は野暮じゃない。
こんな怪しい奴を家に招き入れるなんて私も馬鹿なもんだ。
きっと全部お酒のせい。
こんなに虚しいのも。悲しいのも。
あなたとの会話がこんなに嬉しいのも。
ぜんぶ、ぜんぶ。
そう思わなきゃ、こんな人生なんてやってられない。
無意識に、私の手は颯也の髪を優しく撫でていた。
颯也ははにかみながらもそれを受け入れる。
「……なんだい、優里急に俺の頭なんか撫でちゃって」
「何でもないよ」
「いや、何でもないって…」
「まぁ、今日は遅いし? とりあえず私お皿片付けて早く風呂入って寝るから。あんたもここにかくまわれたいなら、さっさと寝ること。分かった?」
「へーい……このおつまみだけ食べてもいい?」
「好きにして」
やったぁと子供のように目を輝かせる颯也はおつまみをリスのように頬につめる。
まるで昔に戻ったみたいだ。
「んふっ…馬鹿じゃないの」
本当に美味しそうに食べる彼を見て、私はまた笑いのあまり吹き出してしまう。
「俺…優里のためなら何でもやるから」
そう言ってにこにこと微笑む颯也の目つきは、ぎらぎらと妖しく光っていた気がした。
そして暫くして。
私が寝る支度をしようとリビングを出たとき。
彼は素早くポケットから一つの携帯を取り出す。
「もしもし聞こえるか? 俺だ。…そう、お前らのボスだ。手短に言うが、この電話で言いたいことはただひとつだけ。
しばらく昼の仕事はよこすな。外せない用事ができた」
……ふふ、どうやら俺は家事をやらなきゃいけないらしいぞ。
世界で知らぬものはいない、巨大マフィア【CLOCK】
そのボスは今、とある女の家政婦になろうとしているらしい。
「はーい、顔逸らさないでー。また消毒液塗りますよー」
「ぐぉぉぉぉぉ……」
足元に無造作に置かれた、床にこぼれた大量のビールを含み、おもーくなった雑巾を見て私は思わずため息をついてしまう。
あの後、とりあえず颯也を手当しなければと考えた私は玄関に傷だらけの颯也を座らせ、ひとまず近くにあった救急箱で応急処置を始めた。
ドアの前で寝てたときは暗がりで分かりにくかったが、颯也の全身にはすごくたくさんの傷が刻まれていて、とても痛々しい。
幸いにも銃弾がかかすった程度だったから、私でも何とか手当できる範囲で助かった。
颯也の長い前髪をかき分け、ぽんぽんとガーゼで優しく拭いていく。
「怪我の手当なんてされたのいつぶりだろ…。ねぇ優里ぃ、もうちょい優しくしてよー」
「うっせぇよ怪我人のクセに」
「えー…俺のハイパーイケメンフェイスがどうなってもいいのぉ? 優里が俺の顔大好きなの知ってるよぉ?」
「チッ、だまれこの女たらし」
「ねぇ〜ねぇ〜」
相変わらず長い睫毛に、高い鼻筋。
日本人離れした、西洋の彫刻のような顔に思わずイラッとしてしまう。
どんな国宝級イケメンでも、こいつにはきっと敵わない。そんな予感がする。
無駄に形のいい唇がとても余計なことを次々と口にしていくので、傷口に消毒液をこれでもかと塗りたくってやった。
お゙お゙ぉと獣のようなダミ声を披露する颯也。
はっ、ざまぁ見ろ。
ひとまず、目立つような傷はあらかた手当したので、救急箱をしまおうと私は立ち上がる。
「ちょっと救急箱片付けてくるからあんたはそこで待ってな」
「う〜っす」
とてもかるい返事をする颯也。
大丈夫なんかコイツ。
若干ジト目になりながらも、私はリビングに戻って棚の上に救急箱を置く。
のしっ。
後ろから突然、生温かい塊が私の背中を覆い尽くした。
すごく嫌な予感がする。
「……優里の部屋、めっちゃ良い部屋じゃん」
「私は玄関で待っててって言ったはずだけどなぁ……?」
予想通り、颯也が私を後ろから包むように腕を回していた。所謂バックハグというもの。
微かに漂う血と汗の匂い。
意図的に寄せられた唇から発する颯也の息が私の首筋を掠める。
学生時代に颯也の過度なスキンシップには慣れたとはいえ、私でも思わずドキッとしてしまう。
流石女たらしというべきか。
学生時代はよく他の女の子たちから言い寄られていたし、大人になってからはきっとこんなふうに女を取っ替え引っ替えしてきたに違いない。
「……他の女みたいに、私がそんなのでなびくとでも?」
「いや、こんなの優里以外にやらないって」
颯也が目を細めながら、ぐいと顔を近づけてくる。
「……で? さっき、私にかくまってほしいって言った?」
「うん言ったよ?」
私は誤魔化すように、颯也の顔を右手で遠ざけながら、できるだけ嫌そうな声色で聞いた。
飄々とした顔で、私の体を引き寄せてくるあたりがとてもムカつく。
イケメンだから余計に。子猫か何かかな?
「俺……何でもするよ?」
「何でもぉ?」
「そ。優里なら、毎日寝てもいーよ? 昔みたいに毎日キス五回とかでもいーし」
狼のような、颯也の鋭い八重歯が光る。
ペロリと好戦的に唇を舐めている辺り、頼めば本当にやってきそうだ。
あーあ…
颯也はやっぱり変わってないね。
そういうとこも本当に変わってない。
「私さ、付き合ってたときも嫌って言ったよねそれ?」
「え」
「そういう自己犠牲嫌いなの私」
あんたはいつも優しいから。
そうやって、昔から自己犠牲で済まそうとするところがあった。
毎日キス五回っていうのも、元々は颯也が自分の体を大切に思ってなかったから始めたことだ。
「自己犠牲ってか…結構本気だったんだけど……まぁ、そうだね。ゴメン、ちょっと急すぎたかも」
「……何でもするってのは本気なワケね?」
「え?? うん」
「ふーん……」
「なになになに?」
心無しか颯也がソワソワしてるけど、別に変なことするつもりないからね?
「……じゃあ、うちの家事やってよ」
「かじ?」
「そう家事」
「家事って……洗濯とかってこと?」
「そう」
は、と目を点にする颯也。
思わず、ぶふっと吹き出してしまう。
「マジか……」
「あんた捨て置くのも嫌だし、かといってただで住まわすのも、ね。働かざる者食うべからずよ」
「俺、家事できねぇけど?」
だろうな。
学生時代もそうだったけど、颯也は面倒くさいことは誰かに押し付けてしまうタイプだ。
特に自分の身の回りのことはすぐ疎かにしてしまうので、付き合っていたころは私が半ば颯也のお世話係のようになっていた。
これは私の直感だけど、しばらく颯也は私の家に入り浸りになることだろう。
きっと嫌がったところで、無理矢理颯也はついてくるだけだし、それなら私が颯也の自立の助けになってあげればいいと考えたのだ。
とはいえ……
「相当苦労しそうだなぁ……颯也に家事教えるの」
「俺だって、付き合いとかあるし暇じゃないんだぜ?」
「家事もできないくらい?」
「そう言われるとなぁ〜……。ま、仕事は大体夜が多いし、多分いけると思うよ」
そう言ってニカッと笑ってみせる颯也。
昔と比べて笑顔は人懐っこくなったけど、どこか底知れない暗さを含んでいる。
そもそも銃による傷がある時点でまともな仕事じゃないんだろう。
そこを指摘するほど私は野暮じゃない。
こんな怪しい奴を家に招き入れるなんて私も馬鹿なもんだ。
きっと全部お酒のせい。
こんなに虚しいのも。悲しいのも。
あなたとの会話がこんなに嬉しいのも。
ぜんぶ、ぜんぶ。
そう思わなきゃ、こんな人生なんてやってられない。
無意識に、私の手は颯也の髪を優しく撫でていた。
颯也ははにかみながらもそれを受け入れる。
「……なんだい、優里急に俺の頭なんか撫でちゃって」
「何でもないよ」
「いや、何でもないって…」
「まぁ、今日は遅いし? とりあえず私お皿片付けて早く風呂入って寝るから。あんたもここにかくまわれたいなら、さっさと寝ること。分かった?」
「へーい……このおつまみだけ食べてもいい?」
「好きにして」
やったぁと子供のように目を輝かせる颯也はおつまみをリスのように頬につめる。
まるで昔に戻ったみたいだ。
「んふっ…馬鹿じゃないの」
本当に美味しそうに食べる彼を見て、私はまた笑いのあまり吹き出してしまう。
「俺…優里のためなら何でもやるから」
そう言ってにこにこと微笑む颯也の目つきは、ぎらぎらと妖しく光っていた気がした。
そして暫くして。
私が寝る支度をしようとリビングを出たとき。
彼は素早くポケットから一つの携帯を取り出す。
「もしもし聞こえるか? 俺だ。…そう、お前らのボスだ。手短に言うが、この電話で言いたいことはただひとつだけ。
しばらく昼の仕事はよこすな。外せない用事ができた」
……ふふ、どうやら俺は家事をやらなきゃいけないらしいぞ。
世界で知らぬものはいない、巨大マフィア【CLOCK】
そのボスは今、とある女の家政婦になろうとしているらしい。