08 ーHACHIー ~俺の彼女と私の彼~
EP100 婚姻式(3)
ユイとミカゲの婚姻式が開催される。
タクマに導かれて、聖堂の中央に引かれた赤い絨毯のバージンロードを歩く。
ユイの視線の先には、黒のフロックコートを纏ったミカゲ。
静かに微笑みながらユイを待っている。
しかしその目は――。
(ミカゲ……?)
会場には大勢の参列客がいた。
メディアのカメラマンも多数いるだろうか。
ミカゲの奥、中央には白い法衣を纏った司祭が立つ。
司祭から離れた左側に「RARUTO」メンバーと合唱団アルゼリス。
ユイの入場と共にレミの美しいソプラノが聖堂に響く。
その旋律に寄り添うのは合唱団アルゼリスによるバックコーラス。
「RARUTO」のトミーが奏でるピアノ伴奏が、ルークの優雅な指揮が、それらを導く。
すべてこの瞬間のために用意された”推し”による祝福の演出。
その“奇跡”に胸が高鳴る。
やがてタクマが離れる。
ユイはミカゲに託された。
当然のように微笑むユイとミカゲ。
しかし、その目は赤紫色ではなく……。
(青紫色――。どうして、今……?)
ミカゲの瞳の変化。
それは、あの夜同様『裏』のマガミ家当主が“同調していることを示す。
同時に右手に僅かな疼きを感じた。
(ミシルシが……)
ユイはゆっくりと小さく息を吐いた。
歩調をそろえて歩き進む。
カザム教の神・シュゼルトを象徴する像と司祭が待つ祭壇へと。
ユイとミカゲが祭壇に到着したタイミング。
ラウルが歌い始めたその瞬間。
ユイは思わず息をのんだ。
壇上の演台。
白布の上の金のロウソク立て。
水晶の花瓶に彩られた白と青の花束。
インクの小瓶に施された細かいレリーフにいたるまで、全ての彩度がぐっと引き上げられて目に届く。まさに、祭壇が光に包まれたかのような感覚。
ラウルの声が響いた瞬間、それは人の喉から生まれた音とは思えなかった。
ずっと聴いてきた推しの声であるはずなのに、これまでとは全然違う。
その違和感よりも、ユイの心を捕らえたのは。
――目の前にラウルがいるという事実だった。
(さすが推し……)
式に集中しようと思えば思うほど、ラウルの声が、その歌詞が心を掴んで離さない。
前にもこんなことがあった。
音楽フェスのステージで歌うヒロトの声を、全身全霊で受けていたあの日――。
あの時もレミはデュエットを歌っていた。
そのレミの声が美しく花ひらく。
今、寄り添うのはラウルの声だ。
決してレミより前に出ることがなく、それでいて、自然にレミを高みへ連れていく。
二つの声はまるで”糸”のように紡がれ、のぼる。
その様子は未来、ミカゲとユイがそうなることを祝福するかのようだった。
ユイの足が祭壇に届くというとき。
指揮を行うルークはその手の動きを緩やかにし、そして閉じる。
入場曲を担っていたレミの旋律もトミーのピアノも静寂にとける。
司祭の祝詞が響き始めた後。
ラウルの声が静かに空気を伝う。
伴奏はない。支える声もない。
その調べはただ、会場の隅々に染み渡る。
ユイは司祭の祝詞を受ける中、ラウルが紡ぐ甘く囁くその響きだけを追いかけていた。
注がれるラウルの視線。
かつての推しが自身だけを視界に収めているという事実。
しかしその眼差しにあるのは、澄み切った「敬意」だ。
新郎と向かい合う。
紡がれる歌詞は、まさに新郎の想い。
なんて純粋で……誠実なのだろう。
幾重にもなった想いの束がユイを包み、そして流れ込む。
想いと重なるもう一つの誓いが。
ワンフレーズ終わった時。
ユイは、フッと正面の人物に吸い寄せられる。
今、ユイの目に映るのは。
『当主』と『裏の当主』。
ふたりはひとりの”新郎”としてユイの正面にいた。
―*―
「ミカゲ・カイ・マガミ。汝はユイ・リア・カイドウを妻とし、神シュゼルトの御名において彼女に永遠の愛を誓いますか?」
数秒置いて、ミカゲは答える。
「はい」
その声は、本来のミカゲの声とは違っていた。
次の瞬間、ユイは確信する。
これは、世界の守護者の声だ。
ミカゲは“同調”を使っている。
ではたった今、永遠の愛を誓ったのは――?
疑念を抱いた瞬間、ユイは信じられない幻視を見る。
目の前にいるミカゲにヒロトがゆっくりと重なった。
青を含んだ、紫色の目。それはヒロトの目。
司祭はユイに同じ問いを投げかけた。
求められる誓いの言葉が、逃れられない現実として迫る。
向けられる紫の眼差しの奥から、もっと大きく、もっと古い何かが。
ミカゲの想いを借りて語り掛けて来る。
永遠の愛を誓うこのタイミングに。
そしてユイは先ほどの違和感の正体にようやく気が付く。
ラウルは“世界の守護者”の声で歌っていた。
何もかも投げ捨てて、自分の元に来い、と誘うように。
(この婚姻式は、最初からミカゲとのものではなかった……)
ミカゲを”器”としただけの、世界の守護者との婚姻式だ。
巧妙に仕掛けられた舞台。ミカゲが紡ぎ出す嘘の愛。
それらはすべて、ユイがこれから放つ「はい」という答えのためにある。
いや、ユイに「はい」と言わせるためのものだ。
実際この場面での正解は、「はい」だ。
そう。何も考えずただ一言、新郎の言葉を繰り返せばいい。
しかし、喉の奥から漏れるのは、細く苦しい空気だけ。
この場で、ユイはわかってしまった。
いま「はい」とその言葉を発してしまえば、自身を構成している決定的な何かが崩壊してしまう、と。
ユイの頬を涙がつたう。
宙を泳いだ視線をMathewが捉えた。
その目は激しい激情に揺れていた。
Mathewがそんな“怒り”を見せたのは初めてのことだ。
『女王、ユイ・リア・カイドウ!』
正面の大扉の向こうから、若い女性の声が聞こえた。
次の瞬間、鈍く重たい爆音。
扉の隙間から、爆風が聖堂へ流れ込んだ。
扉の向こうにはカイドウ家の護衛達がいる。
低い轟音が聞こえる。
なんらかの異常を感じ取った参列客がざわめく。
不安、疑念、焦燥。そして不信感。
それらが不協和音のように、誓いを行わないユイに突き刺さる。
司祭は落ち着いた声でもう一度ユイに向けて問いを繰り返す。
震える唇で、ユイが答えようとしたとき。
背後で激しい爆音が聞こえた――。
ミカゲの冷たい手が、ユイを抱きかかえた。
その心臓の音だけは本物だった。
タクマに導かれて、聖堂の中央に引かれた赤い絨毯のバージンロードを歩く。
ユイの視線の先には、黒のフロックコートを纏ったミカゲ。
静かに微笑みながらユイを待っている。
しかしその目は――。
(ミカゲ……?)
会場には大勢の参列客がいた。
メディアのカメラマンも多数いるだろうか。
ミカゲの奥、中央には白い法衣を纏った司祭が立つ。
司祭から離れた左側に「RARUTO」メンバーと合唱団アルゼリス。
ユイの入場と共にレミの美しいソプラノが聖堂に響く。
その旋律に寄り添うのは合唱団アルゼリスによるバックコーラス。
「RARUTO」のトミーが奏でるピアノ伴奏が、ルークの優雅な指揮が、それらを導く。
すべてこの瞬間のために用意された”推し”による祝福の演出。
その“奇跡”に胸が高鳴る。
やがてタクマが離れる。
ユイはミカゲに託された。
当然のように微笑むユイとミカゲ。
しかし、その目は赤紫色ではなく……。
(青紫色――。どうして、今……?)
ミカゲの瞳の変化。
それは、あの夜同様『裏』のマガミ家当主が“同調していることを示す。
同時に右手に僅かな疼きを感じた。
(ミシルシが……)
ユイはゆっくりと小さく息を吐いた。
歩調をそろえて歩き進む。
カザム教の神・シュゼルトを象徴する像と司祭が待つ祭壇へと。
ユイとミカゲが祭壇に到着したタイミング。
ラウルが歌い始めたその瞬間。
ユイは思わず息をのんだ。
壇上の演台。
白布の上の金のロウソク立て。
水晶の花瓶に彩られた白と青の花束。
インクの小瓶に施された細かいレリーフにいたるまで、全ての彩度がぐっと引き上げられて目に届く。まさに、祭壇が光に包まれたかのような感覚。
ラウルの声が響いた瞬間、それは人の喉から生まれた音とは思えなかった。
ずっと聴いてきた推しの声であるはずなのに、これまでとは全然違う。
その違和感よりも、ユイの心を捕らえたのは。
――目の前にラウルがいるという事実だった。
(さすが推し……)
式に集中しようと思えば思うほど、ラウルの声が、その歌詞が心を掴んで離さない。
前にもこんなことがあった。
音楽フェスのステージで歌うヒロトの声を、全身全霊で受けていたあの日――。
あの時もレミはデュエットを歌っていた。
そのレミの声が美しく花ひらく。
今、寄り添うのはラウルの声だ。
決してレミより前に出ることがなく、それでいて、自然にレミを高みへ連れていく。
二つの声はまるで”糸”のように紡がれ、のぼる。
その様子は未来、ミカゲとユイがそうなることを祝福するかのようだった。
ユイの足が祭壇に届くというとき。
指揮を行うルークはその手の動きを緩やかにし、そして閉じる。
入場曲を担っていたレミの旋律もトミーのピアノも静寂にとける。
司祭の祝詞が響き始めた後。
ラウルの声が静かに空気を伝う。
伴奏はない。支える声もない。
その調べはただ、会場の隅々に染み渡る。
ユイは司祭の祝詞を受ける中、ラウルが紡ぐ甘く囁くその響きだけを追いかけていた。
注がれるラウルの視線。
かつての推しが自身だけを視界に収めているという事実。
しかしその眼差しにあるのは、澄み切った「敬意」だ。
新郎と向かい合う。
紡がれる歌詞は、まさに新郎の想い。
なんて純粋で……誠実なのだろう。
幾重にもなった想いの束がユイを包み、そして流れ込む。
想いと重なるもう一つの誓いが。
ワンフレーズ終わった時。
ユイは、フッと正面の人物に吸い寄せられる。
今、ユイの目に映るのは。
『当主』と『裏の当主』。
ふたりはひとりの”新郎”としてユイの正面にいた。
―*―
「ミカゲ・カイ・マガミ。汝はユイ・リア・カイドウを妻とし、神シュゼルトの御名において彼女に永遠の愛を誓いますか?」
数秒置いて、ミカゲは答える。
「はい」
その声は、本来のミカゲの声とは違っていた。
次の瞬間、ユイは確信する。
これは、世界の守護者の声だ。
ミカゲは“同調”を使っている。
ではたった今、永遠の愛を誓ったのは――?
疑念を抱いた瞬間、ユイは信じられない幻視を見る。
目の前にいるミカゲにヒロトがゆっくりと重なった。
青を含んだ、紫色の目。それはヒロトの目。
司祭はユイに同じ問いを投げかけた。
求められる誓いの言葉が、逃れられない現実として迫る。
向けられる紫の眼差しの奥から、もっと大きく、もっと古い何かが。
ミカゲの想いを借りて語り掛けて来る。
永遠の愛を誓うこのタイミングに。
そしてユイは先ほどの違和感の正体にようやく気が付く。
ラウルは“世界の守護者”の声で歌っていた。
何もかも投げ捨てて、自分の元に来い、と誘うように。
(この婚姻式は、最初からミカゲとのものではなかった……)
ミカゲを”器”としただけの、世界の守護者との婚姻式だ。
巧妙に仕掛けられた舞台。ミカゲが紡ぎ出す嘘の愛。
それらはすべて、ユイがこれから放つ「はい」という答えのためにある。
いや、ユイに「はい」と言わせるためのものだ。
実際この場面での正解は、「はい」だ。
そう。何も考えずただ一言、新郎の言葉を繰り返せばいい。
しかし、喉の奥から漏れるのは、細く苦しい空気だけ。
この場で、ユイはわかってしまった。
いま「はい」とその言葉を発してしまえば、自身を構成している決定的な何かが崩壊してしまう、と。
ユイの頬を涙がつたう。
宙を泳いだ視線をMathewが捉えた。
その目は激しい激情に揺れていた。
Mathewがそんな“怒り”を見せたのは初めてのことだ。
『女王、ユイ・リア・カイドウ!』
正面の大扉の向こうから、若い女性の声が聞こえた。
次の瞬間、鈍く重たい爆音。
扉の隙間から、爆風が聖堂へ流れ込んだ。
扉の向こうにはカイドウ家の護衛達がいる。
低い轟音が聞こえる。
なんらかの異常を感じ取った参列客がざわめく。
不安、疑念、焦燥。そして不信感。
それらが不協和音のように、誓いを行わないユイに突き刺さる。
司祭は落ち着いた声でもう一度ユイに向けて問いを繰り返す。
震える唇で、ユイが答えようとしたとき。
背後で激しい爆音が聞こえた――。
ミカゲの冷たい手が、ユイを抱きかかえた。
その心臓の音だけは本物だった。